祝宴は厳かに、そして賑やかに始まった。


 形式としては純和式でも洋式でもない。現代的に言うなら長い掘り炬燵形式だろうか。両壁側に一mほどの幅の上がりのような形でお客の席が並び、椅子式に足が下ろせる造りになっている。その前に長テーブルが有る。

 中一列幅三mは少し低く配膳の者が料理のワゴンをそのまま運び入れられ作業し易くなっている。またそこは余興の場にもなった。

 如月と彩季は隣同士の席に座っていた。

 出席者の名前を如月が彩季に事前に教え、彼らが前に来た時は、如月少年彩季が何食わぬ顔で彼らを現世人の女子高生如月に紹介する。そんな具合で打ち合わせをした。如月にとっては何だか妙な感じだろうと思う。どの人も親しさの度合いは有るだろうが知った顔だ。初対面を上手く演じなければならない。反対に彩季の方が色々と見聞に忙しかった。

 如月の父母にしてみれば、息子の昼間の働きについては何とか納得したが、こんな場に自ら出席を願い、恩人の女性を諸々の知人に紹介するなど信じられない思いだったのだ。つまり、少年時代の如月は、家人の前では酷く引っ込み思案の子供だったらしい。それについて本人も否定はしない。

 現世人の天音彩季が調伏の舞を知っていた件は、如月の思惑通り藤間が公隆に伝えたらしく、列席者からも特に聞かれずに済んだ。

 一通り料理が出揃い、余興も楽しみ、時刻はそろそろ九時を回る頃だろうか、彩季の所へ如月の母が呼んでいると侍女が伝えに来た。

 彩季に如月は小さく頷いた。

「行って来い。上手くやれよ。」

 如月の母は、彼によく似た美しい金髪の気品に満ちた女性だ。こんな席にいても清楚な華やかさは群を抜いている。

 公隆と並んで座る彼女の所へ行くと、微笑みながら手招きされた。彼女の手の届く所へ入った途端、抱き寄せられ頬にキスをされた。驚いているのは、彩季よりもその光景を離れた所で見ている如月の方かもしれない。

「天音様は、お食事はお済みになったご様子かしら?」

 親にさえハグされた事も無い気がする上にキスまでされ、おまけにそれが嗅いだ事も無いいい匂いで、彩季は半分彼女に見惚れながら、心ここに有らずな返事をしてしまった。

「……は……い。」

「そう、それじゃ月の間にお通ししてあげて。もうお部屋の準備は出来ているから。きっとお疲れよ。貴方ももうお休みの時刻ね。お邪魔してはダメよ。……お父様もおっしゃっていたけど、今日の雪貴はどうしちゃったの? じっと見詰めたりして、私の顔に何か付いているかしら?」

 一瞬彩季がぼっとしていたのを彼女は見ていたらしく、首を傾げて顔を覗き込んできた。彩季はドキマギしながら、

「だって……お母様、今夜はまるで天の川の天女の様にお綺麗だから……」赤面……

「まあ、天女? 褒め過ぎよ、雪貴……」

 隣の公隆までが目をぱちくりさせている。

 雪乃はそんな公隆を見た。

 彩季はハッと口を押さえ、慌ててペコリと頭を下げた。

「おやすみなさい、お父様、お母様。」

 小二男子彩季が女子高生如月の元へ帰って行く後姿を、二人は呆気にとられて見ている。

 雪乃は堪え切れずに笑みを漏らした。

「本当にどうしちゃったのかしら。まるで殿のお小さかった頃みたいだわ。」

 彼女に釣られて公隆も笑う。

「まさか。私はあそこまで口達者ではなかったと思うよ。」

「鰐が雪貴の何かを食べてくれたのかしら。とか言う虫を。たまには役に立つのかしらね……」


 笑いに包まれ、二人が楽しそうにしている様子を見ている如月の元に彩季が帰って来た。

「もう部屋で休みなさいって。」

 彼女はそう言いながら会場内を見回した。宴たけなわとはこう言う状態なのだろう。ここで中座となると、やっぱり挨拶するしかない。仕方無いなと、彩季は徐に居ずまいを正し、少し大きめの声で、場内の大人達に向って改まった口調で言った。

「皆様!」

 その声が聞えたのか、公隆が彩季を見たと同時に会場内の大人達が一斉に彼女を見た。その視線にビクリとする如月の横で平然と、

「私と天音様はこれにて失礼させて頂きます。この後もお時間の許す限りお楽しみ下さい。おやすみなさいませ。」礼~

 公隆が瞬時に満面の笑みを返した。

「おやすみ、雪貴、天音さんも。」

 如月はハッとして公隆を見たが、ゆっくりと頭を下げた。

「思いがけず参加させて頂き、ありがとうございました。おやすみなさいませ、皆様。」

 場内の雑踏が止んでシンとしている。

 彩季は、何故か頭を下げたまま動かない如月を立たせると、彼の手を取って戸口へ向った。

 静かになってしまった会場内の大人達の顔を見るのは怖かったが、出口に立って振り返った彼女に、公隆と雪乃が笑顔で合図を送ってくれていた。彩季も笑顔を返し戸を閉めた。

 二人がいなくなると場内に拍手が起こった。

 公隆が拍手をしている一同を見回し小さく会釈する。

 そんな公隆の隣、雪乃の反対側に座っている玉蘭の父、陵栄芯が彼を見た。

「ご子息は、暫くお見掛けしない内に随分とご立派になられましたな、公隆様。」

「いえいえ、まだまだ子供です。」

「実は今日、娘が調伏の儀式から帰ってくるなり熱を出しまして。」

 それを聞いて雪乃が心配そうに、

「まぁ、玉蘭さんが? そう言えばお茶にお誘いした時にもお元気が無かったわ。大丈夫なのですか?」

 玉蘭の父は何故か照れるように笑うと、

「まあ、熱と言っても、どうも知恵熱です。間近で見た公隆様の調伏の舞と、雪貴君の稚児の舞に感動しきりの様子で、何時もの様に元気に話しておったのですが、何だか様子がいつもと違うと、母が気付きそっと聞いてやると、雪貴君に、ご夫妻のようにずっと仲良くしていたいと、言われたと申しておりました。この間の時は娘の一方的な想いだとこちらも思っておりましたが、ちゃんと言ってもらえたと嬉しそうに涙を零したのです。恥ずかしながら、もう娘は幼いながらも益々雪貴君にぞっこんな様子です。」

 公隆は目を細めて雪乃を見た。

「これは、改めて正式に二人の事を決めさせてもらった方がいいね。」

 雪乃も何だか頬がいつもより桜色に染まって嬉しそうである。

「そうですわね、あなた。今日は何てめでたい日なのかしら。」

 玉蘭の父も嬉しそうに笑っていた。

「それでは、日取りについて……」



:::::::::::::::::

 いつもお読み頂きありがとうございます。

 これから先は少々ペースを上げて行こうと思っております。

 最後までお付き合い下さいましたら幸いに存じます。

                       桜木


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