入浴タイム ソレ等とコレは別次元なの
脱衣場で着物を脱ぎながら、彩季がふと横を見ると案の定、如月は背中のブラホックが上手く外れなくて四苦八苦していた。目が合った。
「取ってくれないか?」
彩季は、しょうがないなぁと手を伸ばした。
「如月さん。あんまりジロジロ観察しないでよ。それ嫁入り前の私なんだから。」
しみじみ少年彩季を眺める如月。
「お前こそ、何日入浴を回避していたんだ。風呂嫌いでもなかろうに。」
腰に手拭いを巻いて腕を組む彩季。
「だって藤間さんとなんて。」
「何故ダメなんだ? 入ればいいだろう。」
「分かんない人ね。相手は男の人よ。」
真剣な顔で言われてようやく、彼女も一応まだ純粋な乙女だったと如月は苦笑した。
「一人で入るって言っても、ケガが直ったばかりだからダメだって言われるし。」
「そう言えば、藤間がそんな事を言っていたな。いつの事なんだ。何処をケガした。」
「ここへ飛ばされて来た時。もう十日程かな。気が付いたら全身打撲状態だったの。」
徐に背中を向ける彩季。
大きな内出血痕はまだ少し青い。それを見て眉を寄せる如月。
「それでこの有様か。大丈夫だったのか?」
「二三日は動けなかったけど、もう平気。」
如月は彩季を先に歩かせて浴場に入った。
「馬から落ちたみたいだったわ。」
傍目に見れば高校生のお姉さんと小二男子。
「馬? 銀嶺が私を落とす訳が……そう言えば、そんな事が有ったな。」
如月はすっかり失念していた事に気が付いた。全てはそこから始まっていたのだと。
「みんなそう言うわ。銀嶺はいい子よね。」
互いに見ているのは自分の姿だ。
「それにしても、お前の子供の特権発動には参ったな。父のあの顔を見たか?」
クスッと笑いを洩らした如月。
彩季は、笑った顔のままに凍り付いた公隆氏を思い出した。
「だって、この場合奥の手しか無いでしょ。」
如月も考えている事は同じのようだ。
「でも母が来ていたら、万事休す。いやっ、それはもっとダメだ。私が女風呂に?」
彩季が如月を横目で見る。小二男子中身は女子高生。
「……お母様と入った事ないのね? やだぁ。確かに、お母様まだお若いし。ドキドキね。」
如月は目を逸らし、やや頬を赤くしている。
「バカな事を言うな。相手は母だぞ。それに女の裸など嫌ほど……見慣れている。それにこうやって上から見るとだな、余計な出っ張りが二つ見えているだけで、何も面白いモノなど無い。かえって見慣れた物が無くて奇妙な光景だ。……なっ何だ、その顔は。」
膨れっ面の小学生。
「何よ! 余計な出っ張りって!」
勢い良く達観したように言った割に、如月は彼女の怒った顔に何故かドギマギしている。
「そもそも、こっ、こういう物には見え方と言うのが有るのだ。」
確かにそうだと想像し、真っ赤に成り、
「もぉ! やらしいんだから!」
小さな手を精一杯振り回す彩季。
如月は叩かれまいと逃げ回る。
「分かった、分った。やめろ。」
その姿を見て更に目を吊り上げ、彩季は手拭をサッと取って如月に押し付けた。
「もっと恥じらいなさいよ。今は女の子なんだから。胸とか前とか隠してよ!」
言われて立ち止まり、ハッとして手拭いで胸を隠し、彼女が差し出した手拭を見る。
「すまん。でも、言っちゃなんだが、お前は前のが見えてしまっているじゃないか。男風呂は恥ずかしくて嫌なんだろう?」
如月の言葉に彩季はじっと下を見下ろした。
何の言葉も無い彩季に念を押す。
「だから、そっちは隠さなくていいのか?」
「大丈夫。小っちゃくて可愛いから。拓海もこの間までこんなだったから。いつもお風呂一緒に入ってたから見慣れてるわよ。そもそもソレ等とコレは別次元でしょうが。」
とは言ってみたものの徐に手拭を巻く彩季。
「都合のいい別次元だな。」
何だかんだ言いながら、並んでお湯を掛け合い、そのまま並んで湯に浸かる。
「はぁ~家族以外の男の人と初の混浴なのに、相手は自分なのよね。コレってどうなの。」
実感の篭り過ぎな女子高生の発言。
この頃は、当然自分も風呂は何時も藤間と一緒だったと唐突に思い出す如月。他の誰かと共にと言うのは記憶に無い気がした。
「まったく同感だ。女子は女子としても、幼い私の姿とは。そこに座れ、先に洗ってやる。髪も梳かして洗った方がいいな。随分埃が付いている。上がったら藤間に結ってもらえ。」
如月を見ている内に、部活の合宿的な気分になってくる彩季。姿は筋肉質で男っぽい先輩でこうやって見ると精悍な女子だ。
「先に洗ってあげるよ。お客様だから。」
「そうか……じゃあ、遠慮なく。」
女子高生如月は、胸の手拭いを取って風呂椅子に腰掛け背中を向けた。
彩季は海面に石鹸を付け泡立てる……
如月が少し後ろを向き加減で言った。
「運動は何かやっていたのか?」
唐突に聞かれるが、手を止めず答える彩季。
「ずっと体育会系の部で、陸上とかテニスとか掛け持ちさせてもらってたよ。どう、この上腕二等筋。後ろ姿は男の子みたい。自分の背中なんて見た事ないわよね~。」 反響する声
「それでも魂刀は重かっただろう?」
「そうね……急にドスンと重くなって動かなくなったわ。そうしたら青い光の渦が私の周りを取り巻いて三太夫の口射砲の一撃も跳ね返しちゃった。でもその後、物凄い光の斧みたいなのが出て、三太夫もそれこそ空間も切っちゃったみたい。でもアレ死んでないと思うよ。それこそ成仏させてやらないと消滅しなさそう。もう知らない、あんなバカ亀。」
背中を洗う小さな手の感触に、
「三太夫は死ぶとい。本来なら儀式を行って昇天させてやればいいのだが、難しいな。」
「あいつ、やっぱり元は鰐だったのね。」
「鰐ではなくて精霊と言うやつだ。天聖界で問題を起こして現世へ逃れ出てしまった為にやむなくあちらで封印した。」
「それが勝興寺の池だったのね。名前も前向きで縁起が良さそうよね、あのお寺。」
「封印の場所としても、枯れずの清湧水があって大きさも丁度だった。」
「逃げたって事は、湧き水が枯れかかっていたのかしら。」
「どの道もう一度封印をやり直すか、天聖界に連れ戻してさっきの狼の様に昇天させてやるかだが、上手く行くかどうか。」
「そうね。美味しい亀
「亀用も食べた事有るのか。」
「自分が食べられない物は与えられないよ。」
「確かに。鰐相手に犬用食を食べて見せてたな。そんな手が有ったかと少し感心したぞ。」
野良犬を手懐ける彼女の常套手段なのだが、褒められるは思わず照れてしまう彩季。
「お前の夢は三太夫にとってどんな味だったんだろうな。天聖界での記憶と、現世での記憶が交ざった美味しいとこ取りだったとか。」
喰うとサンドラに言われたが、あれは本気だったのだろうか。
「手加減も無くて魂刀の威力も凄まじかったのか。このコンパクトな体で脚力も男子並みだからな。鰐に蹴りを入れた時は、まさかアレが引っくり返るとは思わなかった。」
「無理させないでよ。ここん所トレーニングもろくにしてないんだから。」
風呂屋の三介並みに手馴れた気持ち好さで洗ってくれる彩季に、彼女の弟を思い出す。きっとこの有無を言わせない姉に、幼い弟は耳の裏まで洗ってもらっていたのだろうと思うと微笑ましくなった。
「運動は辞めたのか?」
「辞めたわけじゃなくて、エリに付き合って今は生物部掛け持ちなのよ。描きたい絵も有るし。」
「生き物と絵か。およそ武術とは真逆だな。」
「どうしても描きたい絵が有ったから。」
如月は小二男子彼女を見た。
「描きたい絵? 誰かの顔とか?」
「風景よ。明るい月夜の満開の枝垂れ桜。見上げるくらいの大きな老木で、不思議な事にその花は季節を忘れて咲き続けるの。散った花びらが敷き詰められて雪の様に降り積もっても花は散ってはまた蕾を綻ばせ咲き続ける。そんな風景を夢で見たの。あんまり綺麗だったから忘れない内に描きたいって思って。」
それを聞いた如月は、鼓動が一際大きく鳴るのを覚えた。
「満開の……枝垂れ桜か。もしかしたらこの屋敷の近くに有る老樹の姿かもしれないな。」
「えっ、ここに有るの?」つい声が弾む。
後で見に行くか? と言ってしまったが、行きたくない裏腹な思いが彼の何処かに有った。
「うん、もちろん行く。」
自分から招いた事だったが、彼女の好奇心一杯の笑顔に、如月の選択肢は無くなってしまった。彼女がその桜に無意識にも惹かれる理由に彼は心当たりが有るのだ。
「さて、洗うの代わるか。海面を貸せ。」
彩季を椅子に座らせ、如月はその小さな背中を眺めた。父の公隆を和ませた様に子供の頃の自分の笑顔にも、そんな力を持っていただろうか。少なくとも今の彼女の様には笑えていなかっただろうと彼は思った。
洗ってもらいながら如月を見る彩季。ずっとこのまま何気なく一緒にいる。そんな関係でいられないだろうかと思うと、彩季は少し切なくなった。あのもどかしさの理由が分り解消したのはいいが、最初から如月とは普通の友達関係と言うわけには行かないだろう事ぐらい理解に容易いからだ。
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