色々な事情
広場に到着すると、家によってあらかじめ場所は決められているらしく、玉蘭の家の家紋を見た会場整理係が爺やを案内し、隋人と共に中へ進め車は固定された。
牛は障りが無いよう綱を解かれ離れた厩舎へ移された。
儀式を見るために前面の扉は開けられたが、一応玉蘭も姫君なわけで御簾は下りたままである。一般庶民からは隠された存在だが、それだけではない様だった。
こんなに大勢の人が何処にいたのかと思う程会場は混雑していた。まるでスタジアム状態である。
そんな喧騒の中に物売りの声や仲間内で呼び合う声などが飛び交いかなり騒がしかった。
牛車は特権階級の象徴らしく、会場へそのままでの入場を許されているのは十台程だけで、人々の羨望に満ちた視線が内心気になる一般家庭育ちの彩季に対して、玉蘭にとっては慣れた事の様で堂々としていた。
二人の乗った車は隋人二人が傍に控え、ほぼ真ん中に陣取っている。
今日行われる儀式は所謂動物霊の調伏だ。守護の家にはそれぞれ役割が有り、今日の様な鰐が元獣の場合には如月家が取り仕切り、人の悪霊にはまた別の家が祭りを行うのだとか。因みに玉蘭の家はそのどちらも出来るのだと玉蘭は当り前のように言った。
そんな彼女が、右へ二台目の取り分け豪華な御所車を見付けて言った。
「あっ、
彩季は玉蘭の目線の先にある車を共に見た。
「李恩君? それは私達の友達ですか?」
彼女の目線の先には、肩までの黒い真っ直ぐな髪を下ろした色の白い子供にしては整い過ぎた顔立ちの男の子がこちらを見ていた。絵に描いた美少年とは彼の事を言うのかもしれない。如月は金髪に青い瞳の和装をしたフランス人形だか、李恩は金襴緞子の雛人形だ。
「そうだよ。ユキとは仲が良いよ。今日はユキのお父上がシテをなさるけど、李恩君のお父上がなさる時も有るのよ。あっ、李恩君がこっち見てる。手を振っておいた方がいいわ。藤間さんが言ってたけど、この間、ユキのお見舞いに来てくれたらしいの。ユキはまだ熱が有ったから帰ってもらったって言ってた。」
「そうですか、それは悪い事をしました。」
彩季は伸び上がると、李恩に向かって徐に手を振った。
「この間は来てくれて、ありがとう!」
李恩は目が合うとハッと頬を染め、小さく頷くのが精一杯な感じで下を向いてしまった。
その様子を見て玉蘭は驚いていた。
「まあいいか。拘って無い所を見せられた感じだからこれで全面仲直り。大丈夫。」
何だか聞き捨てならない語句が飛び出したと、彩季は玉蘭を見た。
「拘り? 仲直りって何?」
「色々有ったの。稚児の舞を踊る役の事で。」
李恩の方は父兄同伴らしく、車の奥から声が掛かり、彼は中へ入って見えなくなった。
こんな子供の世界にも色々な人間模様が有るらしい。
「忘れてると思うから説明してあげるとね、今年で私達七歳に成るの。お祭りで踊るって言うのはつまり、私たちの婚約略式披露って言うんだって。だけど、李恩君の家の方から、ちょっと待って、って、つまり……李恩君のお父上が私の事を李恩君のお嫁さんにしたいって言い出して、お父上達が散々お話し合いをされて、それでも決まらなくて。だって私とユキが結婚の約束をしたのは、私達が生まれたばっかり時の事で、実際二人はどう思っているのかって話になって……私はユキが好きだって言ったの。そんなの当り前でしょ。」
彩季は一瞬思考が空回りしてしまった。
玉蘭と如月が、そんな将来を決められた相手だったとは想像もしていなかったのだ。
「李恩君ともずっと仲良くしていたいけど、私が好きなのはユキなの。李恩君のお父上も分かって下さって諦めるって。」
玉蘭は反応の無い彩季に溜息を吐いた。
彩季は驚きの余り言葉が出ないのだ。
こんな小さい時から後の事まで決められているなんて、どうなんだろう。
いや、そうじゃない。
何だろう……自分の事ではないのに、彩季は何だか混乱してしまっていた。
ともかく子供の頃ってこんなにも素直に好きとか、嫌いとか言えていたのだろうか。少なくとも高校生になっている自分には、中々気恥ずかしくて言い出せない言葉の様な気がした。何故だろう。先に好きになった方の負け。何かそんなペナルティーを相手に対して負ってしまって、それが弱みになり言いなりにならなきゃならないと言う誤解が有る様な、だから素直に好きだと言えないジレンマだが、玉蘭は何時も如月の傍にいたい。単にそう言っている気がした。純粋な好きの基本だ。
「ありがとう、玉蘭さん。私もあなたとずっと一緒にいたいです。私の父と母みたいに、仲良くしていたいと思っています。」
それを聞いた小さな姫は、顔をくしゃくしゃにして笑い、次の瞬間にはそのまま泣き出してしまった。
彩季は慌てて玉蘭の隣へ席を移った。
「……どうしたのですか?」
(この顔、やっぱり拓海に似ているかも。)
彩季が懐から出したチリ紙を受取り、鼻をかむ玉蘭。小さな子に泣かれるのも弟のお陰で慣れているが、今はちょっと違う気がした。
「もうすぐ始まりますよ。当たり前の事を言っただけなのに……そんなに泣かないで下さい。お着物が汚れてしまいます。」
「だって、ユキが……そんな風に言ってくれた事一回も無かったもん。」
彼女の言葉に彩季もドキリとしてしまった。思わず彼女の肩を抱き寄せながら、その様子を李恩がじっと見ている事に、目線を上げずとも彩季は気付いていた。
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