如月少年 彩季


   鎮守の祭りへのいざな


 数日後、村人と雪貴少年彩季を襲ったらしい鰐が捕らえられた。元は質の悪い狼だったと推測され、所謂特殊部隊のような者達が召集されて、急遽中央広場において除霊の神事が行われる事になったらしい。玉蘭が心配していたは、中止どころか子供達の手を離れ本格的な物になったのだ。

 元来、は退治された鰐の鎮魂の儀式であり、鰐など出なければ、その年は選ばれた子供達が晴れやかに稚児舞を披露するだけの祭事となる。

 今年も平穏無事であれば、雪貴少年と玉蘭が踊る事になっていたのだとか。


 そんなこんなで村人達は俄かに祭りの準備を始めた。

 儀式が行われる広場の一角に櫓が立ち、白い幅2m余りの胴幕がぐるりと広場を囲む会場は念入りに石や木の葉、雑草が刈り取られ、白木で出来た一辺が20m程の舞台が造られ本番の時を待っていた。 

 玉蘭が見学に行こうと誘いに来たが、心配性のお世話係藤間は渋い顔だった。彩季は祭りと聞いた当初から実は興味津々で、この時とばかりに長い睫毛を羽搏かせてお強請りに転じた。

「ねえ藤間、行ってもいいでしょう? 包帯も全部取れたし、もう何処も痛くないから。ねっ。」

 口調を少し子供っぽく変えると、彼が面白い反応をするのが分かってから、彩季は頼み難い事が有ると、つい弟の拓海を真似て使ってしまうのだ。

 藤間は、如月雪貴少年彩季に見詰められて終始赤面しつつ、少々しどろもどろになる。

「では、殿に、外出の許可を願い出て下さい。それが叶えば、私は、何も進言致しません。」

 玉蘭も、雪貴少年彩季の戦法にドキドキしながら観ていたが、如月の父の名が出た瞬間、何故かがっかりした様にうな垂れた、しかしその横で彩季は目を輝かせ立ち上がった。

「お父様に許可を頂けばいいのですね? 分かりました。玉蘭さん少し待っていて下さい。急いで行って来ますから。今朝は何かお忙しそうだったから……早く行かないと。」

 彩季は何故か目を丸くしている二人を部屋に残し、笑顔でパタパタと走って行ってしまった。

 その後姿を見ていた玉蘭が同意を求める様に藤間を見た。

「藤間さん。ユキったら絶対今日の事も忘れているよね。始めから乗り気じゃなかったけど、私は精一杯やりたかったのよ。でも、さっきの見た? の所へ走って行っちゃったわ。この頃絶対変よね。」

「そうですね。言葉遣いも以前とは全く違っておられますし、稚児舞の事をお忘れになられているのも確かです。しかし、ご様子が変かと言われれば、下働きの者達にまでお気遣い下さるようになられ、皆もその点は鰐に襲われた影響だろうと結論付けております。」

 目頭を押さえた御傍用人もまだ二十歳前。

「姫様は、お優しい若はお嫌いですか?」

「エッ?」

「私としては、その点について若の前では触れたくないのです。若は仮にも誇り高い守護の守のご長男。それが鰐に襲われ負傷したとなれば密かに心に傷を負っておられる筈です。今は何とかそれを癒そうと必死になられているのだと思うと、お労しくて。どうかそっと見守って差し上げて下さい。」

 そうこう話す内に、雪貴少年彩季が手には菓子水筒などかなりの大荷物で戻って来た。

「どうしたの、それ?」

 頬を紅潮させてニッコリ笑う雪貴少年。

「お母様が、花束を玉蘭さんにって。お菓子と扇子はお父様から。お弁当もすぐに出来ますから。さぁ、行きましょう。今日は忙しいから、藤間もお父様を手伝うようにって伝言です。えっ……二人ともどうしたんですか?」

 涙ぐんでいる藤間に首を傾げる彩季。

 玉蘭は不審げに彼女を見ている。

「ねぇ、あなた本当にユキなの?」

 詰め寄る玉蘭に花束を差し出し、引きつり笑う彩季。本当の事なんて言える筈がない。

 疑う乙女心は歳には関係無い。彩季は逸る心を抑えて、花束を拒む彼女の小さな手をさりげなく握って瞳を覗き込んで言った。

「私は私ですよ。他の誰かに見えますか? さぁ、玉蘭さん参りましょう。貴女の爺やさんが牛車の準備をしてくれていますから。」

 雪貴少年の微笑みに頬を赤くする玉蘭を、思わず、可愛い、などと思ってしまう彩季だった。

 花束を渡さされ何も言えなくなった玉蘭の手を引いて彩季は藤間を振り返った。

「後の事は宜しく頼みます。」



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