ガールズ
次の日の授業はやけに早く終わった気がした。
おまけに内容はちゃんと整理され、記憶の一番取り出し易い場所に知識として保存されていた。これもアドレナリンの成せる技だろうと、彩季は何故かすっきりした気分でそう思った。
放課後はエリ達と一緒に焼き芋をほお張り、やっぱ芋は紅誉れが一番、などと分かったような批評を垂れ、彩季はお土産のたい焼きをさっさと買い込むと、今日は寄る所有るから、と言って別れ、例の廃屋に向かっていた。
特にエリには知られてなるものかとさえ思っている。
彼女に知られたが最後……いや、巻き込んではいけない気がすると感じているだけだ。何せ相手は非現実の権化なのだし。
しかし彩季の後を付ける彼女の友人達の誰もが彼女を、臭い、何か有ると睨んでいた。
「五個よ、たい焼き五個。誰と食べるって言うのよ?」
彩季の明らかに隠しハイテンションな立ち居振る舞いに気付いた友人達、小野田舞と自称行動分析官の加藤優衣が、尾行しようと言い出したのだ。
「昨日も授業中そわそわしてたしさ、心がどっか行ってるみたいだったじゃない。」
「きっと、誰かに会いに行くんだよ。何だか心配なんだけど、余計な事かな。」優衣
舞がウンウンと頷きながらエリを見た。
そんな中でエリは一人火消し役に回った。
「心配ご無用。約束の相手は如月先輩だ。昨日学校で会ったのだ。単純に考え給えよ、諸君。」
優衣が、そうかなぁ~と首を傾げる。
「 あの彩季だよ。自分から、如月先輩の所へ行く、って言うと思うよ。言わないから、怪しいんだよ。」
彼女は首を傾げて思い出すように言った。
「僕は、毎朝先輩が高級車で送って来てもらってるのを見たよ。逆に歩いていたり、自転車に乗ってたりするのは見た事が無い。家は近くじゃないと思う。」
優衣は同意を求める様に一同を見た。
舞はそうだそうだと頷きながら、誰の真似か前髪を掻き上げ、
「先輩には、髪とか振り乱して乗って欲しい自転車だけどね、残念ながら私も見た事無いわ。」
舞はともかく優衣の心配顔にエリはしかめっ面をした。
「何故彩季が他の男の所行くと思うのかな? 有り得んでしょ。相手が犬や猫ならこっそり餌をやりに行くパターンで有りだ。しかし、たい焼きは人用だ。如月先輩以外なら、自宅用に決まっている。」
「分かった、イケメン獣医さんとか。鉢合わせしての修羅場とか期待しちゃうんだけど。」
舞の発想にさすがの優衣も呆れている。エリは溜息を吐きながら、ゴシップ好きな体質はオバちゃんへの道が短い証拠だと分析し、
「あの子ん家のワンコには
そう言いながらエリは、視界の中の彩季が自転車を停め、片足だけ付いて、何時もの様に空き家の庭をしげしげ覗いているのを目の端に留め、相変わらずだな、などと思いながら、他の二人と共に塀の影に隠れたが、そんな接近した中で舞がいきなり何の脈絡も無く切り出した。
「彩季って言えばさ、中学ん時、三年生の部活の先輩と彼氏の事でもめたって事有ったよね。あれってどうしてだったの?」
エリは、何で今それが出るのか、関係無いだろう、と言いたかった。
「名は確か、仁科と言ったかな。その男の方が彩季の趣味に同調しての事だろうが、その彩季の先輩は彼女が何の事か分からないと言っても聞く耳持たず、騒ぎ立てて困ったと聞いている。彼氏をあの彩季が取ったの取らないのと、全く有り得ん話だと思わんかね。」
そう言いながらも、エリの脳裏に事件の渦中にいた時の彩季の顔が浮かぶ。
その彼氏と言う男が誰なのかさえも知らない始末だったのだ。
彼女は小学生の頃から完全なる二次元星人。男の理想がとにかく別世界。
背が高く頭脳明晰。超美形でスマートな金髪青い瞳の
そんな男子がいる訳が無いと友達心で強く言ってやったのに、それが出現し今や彼氏と来たもんだ。
世の中は不思議だとその時は思ったが、彩季の事情に通じる内に、その有り得ない理想の男像が実は、以前近所に住んでいて彼女の個人的幼馴染の如月の事だったのだと分って得心した事を反芻するエリだった。
そうでもなければ最早奇跡と言うべきだろう。
「その人、現在行方不明ってのは本当なの?」
優衣は高校まで同じ組になった事が無かったせいであまり彩季の事を知らない。
幼馴染と言うコネのお蔭で超美品の彼氏なんてのが存在しているが、彩季は完全晩熟なのだ。
エリは視界の端に彩季を見ながら言った。
「ただの転校だろう。とにかく、彩季に浮気は無縁。あの変わり者が、朗らかな笑顔で如月先輩と仲良くお弁当を広げてるのを見たのは私としても記憶に新しい。考えてもみよ。二人は古い付き合いらしいが、先輩は家柄も良し、成績優秀、品行方正。容姿超端麗。おまけにスポーツ万能だ。他のどんな男が太刀打ち出来ると思うのかね? 数値で言っても釣り合わんよ君達。」
彩季が、廃屋の花を見るのを止め、自転車を発進させた。
何気無く尾行しつつ噂し合う友人達に当人はまるっきり気付く様子も無く、自転車を何気なく漕いで行く。と、二十mほど先の角を曲がり……いきなりの加速!
「えっ!」
彼女らも急発進したが一歩遅く、次の角を曲がった所で軽く見失ってしまった。
「しまった、逃げられた。」
慌てて辺りを見回し、ポニーテイルの後ろ姿を探したが、彼女はどこにも見えなかった。文字通り掻き消えたのだ。
自転車を停める二人。悔しそうに舞が呟く。
「相変わらず素早いわね。」
「彩季、今年も運動会のクラス対抗リレーに出てくれるよね。本当、敵に回したくない。」
「趣味の事だけ聞いたらそんな感じしないのに反則よ。現実逃避型二次オタ廃墟好きのくせにスポーツも出来るなんて。」舞
「僕ら彼女の何処が好きなんだろう。」優衣
「正直で分かり易い所……かな? 今日だって彼女の挙動不審が面白いからだったでしょ。」舞
「確かに。でも、今は何で美術部なわけ?」
二人に追い付きながらエリが何かを思い付いたようにピカリッと目を輝かせ、彩季が消えた道の端まで視線をやると言った。
「あれは元々生き物オタクでもある。この私より植物も生き物についても詳しいのだが、描きたい絵が有るのらしい。さあ、この事はもういいだろう。如月先輩といちゃいちゃする所なんて見たいのかね? それより諸君、コンビニ関係に耳寄りな情報を得たのだが興味は無いかね? 地域限定チョコパンが出たらしい。今から行こうではないか。」
焼きイモの次はチョコパンですかと、呆れたくなるだろうが、女子高生はよく食べるものだ。
これ以上追求して欲しくないと、彩季に言われているも同然だとエリは感じての話題変えだ。
「それ、僕も知ってる。」優衣
「何、地域限定って?」舞
「ウチの県と両隣の県で別々のが出ているらしい。最近はB級グルメとか、ご当地メニューとか、ゆるキャラやアイドルなんかで町興しに必死だからな。コンビニは全国展開だ。コラボが出来れば鬼に金棒と言う戦略だな。」
「高校生のお小遣いを毟り取る作戦ね。」舞
「そのフレーズ許せないけど、僕は美味いなら簡単に許すよ。行こう、エリ、舞!」
三人は笑って話しながら、大通りの方へ道を曲がって行った。
昨日の雪も既に解けて残っていない。
彩季は角の家の生垣の間から追跡者達が通り過ぎる様子を、息を殺して見ていたが、彼女らの気配が消えるのを待ってその場を出た。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます