夢喰いと呼ばれた亀

 学校にまで乗り込んで来た割に、もしも三太夫に襲われて助けが必要になった時の為と渡されたのは、電話番号が書かれたたった一枚のメモだけだった。これにそんな御利益が有る様には見えないと思いつつ、家に帰った彩季は、うっかりそのメモを食卓に置き忘れた事に気付き、もう一度母が夕食の準備をしている台所に戻った。彩季が何気なくそれをポケットにしまったところで、母が玉ネギを刻む手を止めにこやかに振り返った。

「如月君、今夜あたり来るのかな?」

「エッ……?」

 母も如月による記憶改竄の呪に掛かっているらしい。

「何が好きだったかしら。ご飯食べるよね。」

 .......ご飯 ?

 ともかく話を合わせ様子を見るしかないと思った彩季は顔引きつらせて言った。

「来ないわよ。三年生にそんな暇無いって。」

「そうなの? 残念。」

 口元が自分の適当さに呆れて表情筋の不自然さを消せないまま、彩季はメモを回収してさっさと台所を出ようと後退った。

 そんな娘を母は目ざとく観察しながら言った。

「その携帯番号の字、如月君のでしょ。」

「みっ、見たの?」

「やっと携帯買ってもらえたんだね。」

「これからはあまり会えないからって……教えて……くれたの。」

「そっか、今って受験生は学校に殆ど来ない時期か。それで何? 試験も終わるから、今度何処かに出掛けようって約束でもしたの?」

 改竄の見事さに呆れて黙り込んだ娘とは裏腹に、自分の顔を見て、したり顔をする母に、それこそ、違う、と真っ赤になって手を振り回すが、ハイハイ分かった分かった、と笑われ彩季は何も言えなくなった。

 自分には何も影響しないが他の者たちには効果絶大である。自分と如月はどんな設定になっているのか、家によく来ていたとか……ご飯まで……勘弁してよ。

 そこへ弟の拓海がドアからひょっこり顔を出した。

「姉ちゃん、如月の兄ちゃんいつ来るんだ? ゲーム機とうとう電源入んなくなっちゃってさ。直すのを手伝って欲しいんだけど。」

 コイツもかぁ、と思いっ切りドキドキしながら、冷静さを装ってみせる。

「アッ、アンタまで何よ。」

 弟、拓海14歳中学生は、照れているのか頭を掻きながら目を泳がせる。

「ちょっと聞こえたからさ。兄ちゃんが来るならヒートガンで炙る方法を教えてもらおうかなって。」

「ヒートガンって、受験生に何を頼もうって言うのよ。電気屋じゃないんだから。」

 彩季は段々肩が凝ってきた。

 勝手に身内並みの設定にされているのは、この家に出入りが自由になるメリットなのだろうが、後の始末はどう付けてくれるのだろうか。 



   「夢喰いと呼ばれた亀」


 あれこれ考えながら自室のベッドに横になった途端、彩季は浅い眠りに落ち、子供の頃よく見た夢を随分久しぶりに見た。


 一面の野の花。芳しい風が頬を撫でる。

 彩季は、お気に入りの振袖に袴を着けている。

 少しはしゃいで誰に見せようと言うのか、器用にくるりと回ってみせる。

 胸と袖に染められている牡丹の花が大好きなのだ。

 自分と同じくらいの背丈の見慣れた少年が何か言っている。

 自分では袴姿が様になっていると思っているのに彼は仏頂面だ。

 それに対して膨れっ面で幼い彩季も返事を返した。

 御世辞にも愛想がいいとは言えない彼に促され、彼が手綱を操る白馬の背に一緒に乗った彩季は、彼の金色の髪を見ている。

 馬の歩調に合わせて揺れる袖。

 彼は白地に小さな桜花と四季の歳時記を絵柄にした着物に袴を付け、その背中には金糸で刺繍された彼の家の家紋が入っている。

 彩季は見慣れたその紋を改めて見ていた。

 ふと少年が彩季を振り返り何か言った。

 彩季はハッとして彼の腰に回した手をよりしっかりと結び直した。

 その結んだ手を少年が確かめるように触った途端、馬が早駆けで走り始めた。

 速度が上がり、風を切るように走る馬の背で彩季は、少年と一つになっている様に感じ、ずっとこうしていたいと思った。

 


 さて、天音家一階のリビング。


 壁際のソファーで読書をしている拓海の向かい側に、当然のように足を組んで寛いでいる如月がいた。

 拓海が本をパタンと畳んで如月を見た。

「だからさ、集中力なんて今じゃもう必要としないわけ。僕の場合ね、アニメとか見なくても、ODさんとかMNさんとか好きな声優さんが頭ん中で夏目漱石でも太宰治でも何でも読んでくれるようにチューンナップしたの。つまりは本を読めば勝手に本格的バーチャル名作朗読劇場開幕なのさ。誰でも選り取り見取り連れて来られるから普通の十倍楽しいんだよ。脳内だから出演料はタダだしね。」

 感心したように如月は頷いた。

「なるほど。そこへ少しばかりの想像力を働かせて映像を作り上げれば、もっと嬉し恥ずかしか。毎日楽しそうだな、中学生。あんなに読書嫌いだったのに、暫く来なかったら虫みたいに本読んでるから、おかしいなぁとは思ったんだ。下手なアニメよりも文豪作品なら物語も練り込まれていていいかもな。国語の成績は鰻登りだな。でも、ODって誰?」

「姉ちゃんが好きな声優だよ。知らないの? この方法を僕に伝授したの姉ちゃんだからね。姉ちゃんの脳内本読みは完璧ODさんだな。」

「彩季の好きな声優?」

「本当に知らなかったの? そう言えばODさんの声って、兄ちゃんに凄く似てる気がする。」

「私に?」

「姉ちゃん耳凄く良いんだ。声だけで人を当てるの百発百中だからね。あの声優さんが好きなのも兄ちゃんに似てるからだよ、完璧。きっとそう。」

「声を聴き分けるか……特技だな。」

「兄ちゃんはさ、勉強も出来るから脳内再生劇場なんてやんなくても、スイスイ読書出来るかもしんないけど、本当はさ、僕等みたいに二次元専門チャンネル的な頭脳は、そうでもしなきゃ進まないのさ。苦肉の策だよ。」

「活字を読みながら頭の中ではアニメ観てる気分とは、さすが彩季の弟。素晴らしい想像力だ。私も今度やってみるか。」ふふっ!

「そこは笑う所じゃないでしょっ。もお!」


 階下からの拓海の突拍子もない笑い声に飛び起きる彩季。

 ほんの数分間ウトウトしていたらしい。

 が来ているなら、呼んでくれてもいいのにと、思いながら慌てて一階に降りて行くと、如月が何食わぬ顔をしてちゃっかり居間のソファーに腰掛け、人見知りのはずの拓海が纏いつくように秘伝の「読書嫌いの為のスーパー読書法」を力説していた。彩季は弟の一人称が、いつものではなくになっている事に密かに笑いを噛み締めた。 

「ちょっと中学生、世間の子供ら全員アナタみたいな二次元オタク設定なの? 如月さんと話しが有るから、さあ、あっち行ってて。」

 時刻は午後四時半を少し過ぎた頃だ。

「僕の為に呼んでくれたんじゃないのかよ。」

「違うわよ。ほらほら、向こうへ行って。」

 自分より上背の有る弟を急かして部屋から出すと、足音が自分の部屋へ入って行くのを確かめ、改めて如月を見た。

「……私、電話掛けてないよ。」

「分かっている。三太夫の動きを捉えたのだ。君、何か夢を見ていなかったか?」

「えっ……どうして?」

 如月は何かを警戒しているのか、開け放された部屋の入り口を気にするようにチラリと見た。さっと隠れる人影が有った。

「拓海。覗きは禁止だ。」

 如月の呆れた声に、さっき二階へ上がったはずの弟が柱の影から出てきた。

「弟の立場としてはね、嫁入り前の姉の純潔が守られてるのかが心配なだけで……」

「拓海! アンタ、意味分かってて言ってんの? さっさと部屋行ってろ! この耳年間二次元オタク中学生がぁ!」

 耳まで赤くして彩季は拓海に、階段を上がるように尻を叩いて追い立てた。

「後でゲーム機は見てやるから、ちょっとだけ姉上と話しをさせてくれ。」

 如月の言葉に拓海は満面の笑みを投げて寄越し、タタタッと階段を上って行った。

 溜息を吐く彩季。

「如月さん。どんな設定なの? あの気難し屋のうちの弟を手懐けるなんて。知らないわよ。みたいにされても。」

「ぶら下がり?」

 彩季の言葉に一抹の不安を覚える如月。

「ところで、さっき私の夢が何とかって言ってたけど、私が夢を見るとアイツが動くの?」

 如月は小さく頷いた。

「何事も無い様だな。奴はなりの割に動きは素早く居所を掴むのも容易ではない。三太夫は別名と呼ばれている。西洋にも似たようなと言うのがいるが、あれは夢を食べてもその夢の主までは喰いはしないが、三太夫は魂まで食い尽くす時もあるとか。そんな奴がどうも君の夢を狙っているらしいのだ。」

「そんな風には見えなかったわよ。普通のクサガメだと思ったのに。確かにボロボロで汚い野良だったけど。実体は有るんでしょ?」

「 ああ。体は小さいが、霊体はあの通りだ。」

 あんなモノを、よくも幼気な女子が拾ったものだと我ながら感心する彩季。

「あいつを拾ったのは七年前程よ。平安時代から有るこの辺りじゃ一番古い寺が修理された時、見付けたのよ。その寺には七不思議の池が有ってね。多分そこから出て来たの。」

 顔を上げ、如月は彩季の話を遮った。

「ちょっと待て。もしかしてあの寺の池で捕まえたのか?」

「近くの道で転がっていたのを拾ったのよ。」

 如月は、そうだったのかと呟き目を瞑った。

「君の言う通り、あの大亀は君が世話をしてやった亀に間違い無いようだ。例え改修工事が行われ池が壊されても、呪縛陣が奴を逃さない筈なのに、何があったんだ。」

 一層険しい表情を浮かべながら、如月は窓の外を見た。彩季も同じ方向を見る。

「だから、甲羅に名前が白いペンキで書いて有るんだって言ったでしょ。って。」

 如月は記憶の中の何かを見ているらしい。

「そう言えば、随分剥げてはいたが、あれは君の家の苗字、天音か。」

「脱走ばっかりするから、母さんが白ペンキで書いたの。お陰でお向かいのお婆ちゃんに何度捕まって戻されて来た事か。」

 如月は感心したように言った。

「消えない強力な呪だな。君の母上も一種の術者の様だ。ここからあの寺はかなり離れている筈だが、何故そんな所に行ったのだ。」

「写生大会よ。有名な銀杏の木が有ってそれを書くのがここらの小学校じゃ定番なの。アイツ、ペンキが剥げて名前が読み難くなった頃にいなくなったのよ。あのバカ亀が。」

 彩季の脳裏に、割れた爪と甲羅から血を流した亀が道端に落ちていた光景が蘇った。暴れる元気も無い亀をそっと手提げに入れて連れ帰ったのだ。言わば亀の命の恩人だ。

「君のお蔭で少しずつ力を回復していたらしいな。周りで亀を拾ってから何か変わった事は無かったか? 夜中に大きな音がしたとか、雷が落ちたとか。」

「いなくなるちょっと前、拾ってから七年も経った頃かな。近所の泰山木が台風で夜中にいきなり倒れたわ。神社の大柊に雷が落ちて燃えたのもその夜だった。アイツがこの地域に滅多に来ない台風を呼んだって事? それこそ直撃だったのよ。」

 参ったなと溜息を吐く如月。

「泰山木も神社の柊も、我々にとっては各地に立てたセンサーのような役割を担う木だ。対象が大きい物だとばかり思っていた監視する側の我々に対して、わざと微力な亀になり泉から逃れ出て、君の所で力を回復させ、更に逃げおおせる際にそれら神木を破壊して完全に我々の目を逃れた訳だ。泉にいるとばかり思っていたのに、まさか民家に七年も飼われていたとは想像もしていなかった。何たる事だ。」

「前にアイツが元々居たのは だって言ってたけど、そんなものこの近辺には無いわよ。」

「交易港が有るだろう。あの辺りだ。元は小さな川が長い年月の末に作った浅く広大な汽水沼だった。現在火力発電所の有る海辺に小高い堰が有って、明治の頃に干拓され今は殆どが農地になっている。その後大型貨物船も就航できる新しい港が必要になり海側の堰は分断され、海岸近くに残っていた部分は深く掘り下げられ、今では見る影も無くなった。」

 彩季は記憶の奥を探る様に目を閉じた。

「そう言えば、この辺りは昔全部腰まで沈む沼の田圃だったってお婆ちゃんに聞いた事が有る。今度はそこに大きな橋が架ったわね。」

「橋か……橋脚建設の為に海底を掘り返したか……例え鎮魂礎石の一つが破壊されようとも、あの池の水脈が枯れない限り逃しはしない筈なのに……改修工事で何が壊れたのだ。」

 如月は深い溜息を漏らした。彩季は、

「呪縛陣って、閉じ込めておけなかった理由は、お寺と橋の工事時期が重なったせいじゃないかな? 一つ一つなら良かったのに二つ同時に弱くなったからとかね。」

 如月は彼女を見た。

「なるほど。こちらも確認を怠るなど、慢心が有ったのは否めない。地上に有った奴の存在を感知出来なかったのは、君の母上に強力な呪文字を背負わされ、封印されたも同然の状態になっていたからと言う事だな。」



 結局、何だかんだと拓海にまで付き合って、如月が帰って行ったのは、夕食のカレーを共に食べ終えてからだった。

 記憶をいじられたのは、彩季の家族、父母はおろか犬にまで及んでいた。家族以外の他人には全く懐かない彩季の愛犬のサクラまでが如月に擦り寄る始末なのだ。

「如月さんを送るついでに、ワンコの散歩に行って来るね。」

 了解、との返事を聞き、それに対して、ご馳走様でした、と声を掛けた如月と一緒に家を出た。暫く歩いた所で如月が立ち止まった。

「後ろを向いてくれ、守護符印と言うのを背中に書いておく。君が睡眠中まで狙われる以上、無防備ではいけないからな。私が常に一緒にいるわけにもいかないし。」

「そうね。これ以上非日常が日常化するのもちょっと困るから。」

 言われた通り彩季は如月に背中を向け、あの開陣印とやらを描いた時と同じように、彼が何か呪文のようなものを呟きながら、自分の背中に守護符印なるものを書いて行く指の感触を確かめていた。それは不思議な感覚だった。温かい様な痺れる様な。背中から徐々に広がって腹、そして腕、足の先や指の先までを包んでいった。

「人の夢を食べたり台風を呼んだり、サンドラって案外凄いやつなのね。」

「君が異空間に紛れ込む様な事は今までにも有ったのか?」

「よく分かんない。夢と区別付かないし。」

「因みに、さっきはどんな夢だったんだ?」

「どんなって……最近は見なくなってたんだけど、小さい頃には毎日の様に見た夢だったわ。まるで私はそこに住んでる感じで自然なの。さっきのは、男の子と一緒に一面花が咲いてる野原にいるの。二人で一頭の白い馬に乗って、どんどん駆けて行く。それだけよ。」

 如月は何故か一瞬の間を置いた。

「その男児は……実際の幼馴染なのか?」

「それが、久々に見て思い出したの。彼は夢の中にだけ現れる友達で、小学生頃まではどんな夢でも登場したわ。学校にいる授業中の夢も、友達と公園にいる夢でも。もちろん家にいる夢の時も。いつも彼が側にいるのが私にとって普通だったのよ。」

 彩季は改めて如月を見た。

「その男児の名は覚えているか?」

 あの少年の名前を夢の中で自分は何度も呼んでいたが、忘れてしまっている事に気が付いた。

 あの男の子は如月と似ていないか ?

 それであの子と如月を見間違えたのかもしれない。

 いや、そうではなくて、彼は如月なのではないだろうか。

 自分から「天音彩季」と名乗った時、何かが違うと感じたのは、何時も違う呼び方をされていたからだ。しかし、それを説明出来ずに彩季はすぐに口に出来なかった。ただ否定されるのが怖かったのだ。

「その夢には昔から音が無いの。子供の頃は知ってたのかもしれないけど。」

「そうか。」

 彩季は、言葉を選びながらやや遠回しに言おうとしたが上手く行かなかった。

「その男の子着物の背中に金糸で紋が入っていたわ。あなたの陣羽織と同じだった気がするだけど。」

 サクラのデレデレな仕草に笑みを漏らしながら、如月はその小さな頭を撫でた。

「夢には亀が欲する程重要な要素は無さそうだな。紋章は私の着物を見た影響だろうと思うが。」

「本当はね、私、あなたに亀の前で会った時、ずっと前から知ってる人だと何故か思ったのよ。はじめは何処で会ったのか分からなくてモヤモヤしてたけど、さっきの夢で思い出したのよ。あなたは彼にそっくりなの。」

 今夜の月は特に蒼く冴え渡っていた。

「……私に会って、以前からの夢の登場人物の顔が着物同様に変化したのではないだろうか。職務上でも現世に住む者と夢を共有するなどと言う事例は聞いた事が無いし、幼い頃の記憶は曖昧な事が多いしな。」

「そっか……やっぱりそうだよね。」

 何でもない様に言いながら、彩季は下を向いた。

 如月は乗って来た自転車に跨った。

 彼の後を追い掛けようとするサクラを手繰り寄せ、彼女は小さな声で言った。

「ねえ、サンドラの封印が済んだら、みんなの記憶も元に戻るんでしょ?」

「まあな。」

 目線も上げられなくなって、早く如月が行ってしまって欲しいと彩季は思った。

「そっか。よかった。おやすみなさい。」

「おやすみ。」

 しかし、如月が背中を向けた途端、とうとう涙が零れ彩季は手で顔を覆った。

 彼女の様子に気付いた如月は、困った顔をして自転車を降り彼女の前に戻って来た。彼は自分から泣き顔を見せまいとする彼女に薄いチリ紙を差し出した。

「悪かった。自分達の都合ばかりを君に押し付けて。やはり平気な訳が無いな。」

 時代遅れのティッシュでもないその紙を受け取り、涙を無造作に拭きながら彩季は涙を止めようと必死だったが無駄だった。

「違う。そんなんじゃない。亀だって元は私のペットだから全然怖くない。何で涙が出るのか分かんないだけ。」

 顔を上げる事も出来なくなった彼女を如月はそっと抱き寄せた。

「大丈夫。全て上手く行くから。」

 父母や友達にさえそんな風にされた事が無く驚いた彩季だったが、しばらくして不思議とざわついていた何かがほどけた様な心持ちになった。

「君が通学路に使っている旧道沿いに、古いポストが有る廃屋は分かるか?」

 頷く彩季を解放し、如月は少し屈んで目線を合わせると静かな声で言った。

「我々はその家を弁天堂と呼んでいるのだが、あそこへ明日にでも来てくれないか。これからの打ち合わせがしたい。」

「弁天堂? 学校が終わったら行くわ。」

「待ってる。じゃあな。」

 彩季を見上げサクラは、心配そうに尻尾を少しだけ振っていた。


 自転車を走らせながら如月は風に髪を解いた。彼女が泣いている事に気が付いて自然に出た行動だったが、そんな自分に彼自身が一番驚いているのだった。



                        つづく










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