time to forward
二人が最初に出会ったのは、研究所の中庭だった。
申し訳程度の遊具が整備もされず置いてあるような場所だった。
そこで、急に降り始めた通り雨を、二人、真ん中に生えた大きな木の下で雨宿りした。
研究所の中には戻りたくなかったのだ、だって、それが二人にとって初めての雨だったから。
降り立った場所、何の変哲もない公園。
そこは研究所の中庭ではない。
街の中にある普通の公園だった。
だが、この座標だと思った。
エクリスが、少ない情報から候補を絞り込んで、メルが勘で決めた。
ここは、あの中庭によく似ていた、錆びついた遊具、真ん中に大きな木。
予報通りの雨が降る。
メルは迷いなく、木の下に入っていった。
二号の姿はない、だけど、きっと来る、そう信じた。
その時だった。
『やあメル、久しぶり』
声がした方に振り向く、それは木の後ろ、メルの居る場所の反対側、急いで回り込む。
そこにいたのは――
『残念だけど、これはホログラム映像だ……ごめん』
確かに二号だった。
だけど、その姿は透けていた。
よく見れば足元に円盤型の小さな投射装置が置かれている。
「……どうして?」
どうして直接会ってくれないのか、そう聞いた。
二号は一瞬、顔を伏せた、だが、すぐに起こし真っ直ぐこちらを見つめる。
『会う事は出来ない、どうしても……いや、絶対に』
「どうして……私が、あの時っ!」
『違うっ! 君のせいじゃない!』
二号の叫び、思わず身体をビクッと震わせるメル。
「……じゃあ」
なんで、分からない、分からないと首を振る。
『メル。どうして君に名前があって、僕に名前がないか知ってるかい?』
急な話題転換、思考が追いつかない。
「……分からない」
考えたこともなかった、研究所のやることなんて、分かりっこなかった。
『僕が処分される予定だったから』
あまりの言葉に、呼吸が止まりそうになる。
研究所は確かにひどい場所だった。
それでも、あんなに一緒に過ごしていたのに、処分が決まっていたなんて。
メルは驚きながらも、口を紡ぐ。
「だって、そんなのおかしい、二人でいつも遊んで、一緒に実験も……」
『その時に分かったんだって』
その先を聞くのは、怖かった。
二号がいったいどんなことを言うのか不安になる。
『僕も偶然聞いてしまったんだ、だけど、アレを聞いたらもう、メルとは一緒には居られない、それに処分もされたくなかった。だから僕は逃げた』
「……それって、なんなの?」
震える声で聞いた。
『時空転移体が二人以上同じ時空に存在する、それだけで、その時空は、傷つき壊れ、いずれ消滅することになる』
信じられなかった。信じたくなかった。
一緒にいるだけで、ただ存在するだけで、そんな事が起きるなんて。
「……だって研究所は、無事で」
紡ぐ言葉に自信はない、ただ必死に否定したかった。
『あの時空はもう限界だった。後身の時空保全機構が設立されたことが何よりの証拠……彼らが最初に行った仕事は、自分達のいる時空の修復だったんだろうね』
もう何を言っていいか分からなかった。
否定の言葉が浮かばない、悪い冗談ならいいのに、そう願うばかりだった。
その時、雨の降る公園に、水溜りを踏む足音が響く。
「貴重な話を聞かせてもらった。なるほど、ほとんどデータが残っていない我が組織の前身が、まさかそんな事になっていたとはな。だが納得出来る。数少ない記録にもメル・アイヴィーや時空修復事業の事が載っていた」
白い軍服の男だった。
『……よくここが分かったね。時空保全機構の隊長さん。メル、彼はね、あの研究所のいじわる所長の子孫なんだ』
どこか楽しげに話す二号。
メルはそれどころではない。
衝撃の事実を知ったところに、敵が現れたのだ。
辛い再会になったけど、直接ではないけれど、やっと会えたのに。
どうして邪魔するのか、そんな思いや、今まで二号から聞かされた話を忘れてしまいたいと思うような感情が入り混じってどうにかなりそうだった。
「我々の捜査能力を舐めないでもらおう。しかし、ははっ、いじわる所長か、私の先祖はさぞ君達に嫌われていたらしい」
『それで? 何しに来たの?』
「もちろん、君達の捕獲だとも」
『話、聞いてなかったの?』
「同じ時空に置かなければいいのだろう? 今のように、ならばいくらでもやりようはある。研究所の頃とは違う、我々にはその技術がある」
少しの沈黙、その場に緊張が走る。
『逃げようかメル』
優しげに二号が微笑んだ。
その笑顔には、勝てなかった。
少し泣いていた自分に気づく、涙を拭う。
「うん」
エクリスが銀の巨人へと変わる。
二号の足元の照射装置が巨大化する。
それを見ながら隊長が呟く。
「マシン・ゴールド起動」
極彩色の乱気流。
そこに浮かぶのは銀の巨人と銀の円盤、そして――
『これは……厄介そうだねメル』
黄金の要塞とも呼ぶべき巨体だった。
十分巨大なエクリスや円盤の何倍もあった。
だけどメルはそんなことはどうでもよかった。
「ねぇ、そこに乗ってないの?」
二号本人がそこにいるのではないか、そう考えた。
『いや、これは無人機だ。ごめんよ』
儚い希望は打ち砕かれる。
だけど落ち込んでる暇はない、前を向く。
ゴールドが、その巨体に搭載した兵器の砲口をこちらに向ける。
『ファイア!』
隊長の叫びと共に、凄まじい弾幕が放たれる。
エクリスと円盤は必死に避けようとするも、どんどんと逃げ場は狭められていく。
『ここであの隊長を倒してしまえれば、しばらくは機構も僕達を追ってはこなくなると思う』
二号からの通信、だがこの弾幕では近づくことも出来ない。
「どうやって?」
『エクリスを円盤に乗せてメル。そしてライブモードにするんだ』
「無理よ、こんなに攻撃されてたんじゃ……」
『この円盤には、シールドが搭載されてる。君の歌う時間は稼げるよ』
二号がそう言うならば、やるしかない。
いい加減、追いかけられるのはうんざりだった。
「わかった」
レーザー、砲弾、ミサイルの雨あられの中を掻きわけて、二号の円盤の元へとたどり着く。
無傷とはいかなかった。
流石に、機体のそこらじゅうがボロボロだった。
それでもやるしかない。
『何を歌うの?』
「……名前のない歌、この前、思いついたばっかりだから」
喫茶店で思いついたあの歌、二号に会いたいと願って浮かんできたあの曲。
この状況を打破するのはぴったりだと思った。
円盤の上にエクリスが立つ。
二号の言うとおり半透明のシールドが、円盤とエクリスを包み込む。
「エクリス、ライブモード」
花が、開く。
『魔女から報告のあった時空操作か! 対策ならばしているぞ』
ゴールドの装甲が開く、そこから現れたのは――
「……スピーカー?」
『あれで歌をかき消す気か……メル、あれに勝てそう?』
こんな状況だというのに二号はどこか楽しげだ。
いや、自分も少し楽しかった。
本当は離れているとしても、二号と話しながら同じ事をしている。
それは一緒に遊んでいたあの頃のようだと、そう思った。
「二号と一緒なら!」
曲が流れ始める。
前奏に合わせ、身体を揺らすメル。
息を整え、口を開く。
「聞いてください――」
歌が、始まる。
その歌は、黄金の要塞に向けられたものではない。
二号に向けて歌った。
あなたに会いたかった。
ずっと会いたかった。
一緒に中庭で遊んだね。
一緒に星の図鑑を読んだね。
一緒に怖い実験を受けたね。
ずっと一緒だったね。
だから、もう一度。
メルは歌に夢中だった。
二号に想いを届けたくて必死だった。
曲が終わった後も、目を瞑り、息を切らして、思わず座り込みながら、この想いが届いていますようにと願っていた。
『メル、終わったよ』
目を開く、そこには、黄金の要塞はいなかった。
それどころかいつもの極彩色の乱気流は無かった。
どこまでも広がる花畑。
メルの時空操作が、ここまで世界を変えてしまったのだ。
『すごいねメル……とても、とっても素敵な歌だった。それとごめん』
「……謝らないで」
『じゃあ、もう通信を切るよ』
「どうして……」
『このまま話してたら、僕だって、会いたくなる……でも話したろ、それはダメなんだ。だからさよならだ』
「待って!」
通信が切れる。
無音。
何も聞こえない。
マシンモードに戻ったエクリスの操縦席で膝を抱え込む。
「……ねぇ、エクリス。私と二号が一緒に居ても大丈夫な時空とか、ないかな」
ダメ元で聞いた。
『検索中……。一件ヒットしました』
「え……?」
思わず飛び上がりそうになる。
『ですが、その時空に辿り着ける可能性は0,001%です』
自由に時空を移動出来るはずのメルでもその確率。
そこはいったいどんな場所だろう。
でも、希望が見えた。
「……ゼロじゃないんだね?」
『はい』
時空の花畑を見る。
この先にある、二人で居られる場所が。
「だったら行こう。二号を見つけ出して、機構も振り切って、その時空に」
エクリスのコンソールに触れる。
「一緒に来てくれる?」
答えは分かっていたけれど、改めて聞いた。
ここまでずっと一緒だった相棒だから。
『どこまでも』
銀の輝きは、希望を携え二人が共にある未来へと飛んでいった。
奏攻のメル 亜未田久志 @abky-6102
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