watch to witch
「ねぇ、エクリス……あの人はどこに行っちゃったんだろう……」
眼下に広がる満天の星空。
銀の巨人エクリスに乗ったメルは、今、宇宙に居た。
『反応は検知できません』
機械的な返答、機械だから当たり前なのだが。
「……よく、星の図鑑を読んでたっけ」
それはメルではなく、二号のことだった。
研究所の窓から見える星空を眺めながら、星の名前や星座の事を話してくれた。
「エクリス、南十字星ってどれ?」
『モニターに映します』
丁寧に、線で囲って、その場所を示してくれた。
教えてもらった時と同じ光。
南十字星が一番好きなんだと、二号は言っていた。
「銀河鉄道の夜に出てくる天上の場所、ジョバンニ達は降りなかったけれど、どんなところか見てみたいんだ」
そんな彼の言葉を思い出す。
「あそこに、居たりするのかな……」
『反応はありません』
機械的なエクリスの返答。
「……あんな遠くの反応まで拾えるんだっけ?」
『はい』
さすがは時空を超える機械だ、宇宙空間でもなんともないのだから、それくらい出来るのかもしれない。
だけど、宇宙中にセンサーを広げても、その存在が確かめれないなんて、本当に二号はどこへ行ってしまったんだろう。
「そういえば、さすがに宇宙までは来なかったね」
時空保全機構、彼らも宇宙空間まで追いかけてくるつもりはないらしい。
来ないならそれは良いことなのだが。
「行こっか」
宇宙から虚空へと消えるエクリス。
その姿を、遠くから見つめる円盤があった。
極彩色の乱気流を超え、エクリスを巨人からチョーカーに戻して、ふわりと着地する。
そこは、夏の浜辺と、それをなぞるように広がる街だった。
エクリスのコンソールにセットしていたリボンを頭に付けようとするメル。
その時だった、はらりとメルの髪が流れ落ちる。
「あれ?」
編みこんだ髪が解けてしまったのだ。
「……どうしよう」
実は、メルは自分で髪を編みこんだ事がない。
あちこちの世界に行って、お風呂に入ったりして髪を解いた後は、その世界の美容室などでやってもらっていたのだ。
エクリスには、生活機能もあったりして、身体洗浄機能とか、だがさすがに髪を編みこむ機能はなかった。
万能というわけではないのだ。
「エクリス、近くに美容室はある?」
『検索中、ヒット。五キロ先にバーバー「ランド」、赤白青の縞模様が回転するポールが目印です』
「……五キロ、ちょっと遠いなぁ。エクリス、サイクルモード」
メルが言った途端、黒のチョーカーは自転車へと変わる。
それに跨って、ペダルをこぎ出す。
潮風が、銀の髪を揺らす。
進みながらふと、海の方を眺める、どこまでも広がる水平線。
海の青と空の青、研究所に居たままでは、見れなかった光景。
二号も色んな景色を見れているだろうかと、思いを馳せる。
例のポールが見えた。
「ふう……」
自転車に乗るのは久しぶりだったメルは少し疲れていた。
とはいえ、エクリスのアシスト付きだったのだが、まあ要するに電動自転車のようなもので。
それでも疲れるのは少し運動不足かもしれない。
バーバー『ランド』の扉を開く。
白い蛍光灯の光、白い床、二つの鏡、その前に椅子が並ぶ。
「いらっしゃいませー……あら?」
女性の理容師が、迎えてくれたが、そこで小首を傾げられた。
「? あの?」
「ああいや、ごめんなさい。今日はどうしたの?」
気を取り直してといった感じで理容師が聞く。
「……ここの髪を、編んで欲しいんですけど」
頭の一部分を指差し、その後、リボンを差し出した。
「……なるほど、わかったわ。そこに座って?」
理容師がリボンを受け取る。
言われた通りにする。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「はい」
「この後も、この辺りにいる? 海の周り、海で遊んだりとか」
「いえ……すぐ、帰ると思います」
結局、ここにも二号はいないだろうと思ったから、メルはそう返した。
「じゃあ、ちょっと髪洗っていかない? 潮風浴びちゃったでしょ?」
「……あ」
確かに、少し髪がゴワゴワとしていた。
エクリスの洗浄機能を使ってもいいのだが、ここはお言葉に甘えることにした。
「お願いします」
「りょーかい、じゃ、始めますか」
理容師が椅子を倒し、洗面台に近付けたメルの髪をお湯で濡らしていく。
その心地いい手つきに、疲れも相まって、つい眠りに落ちてしまう。
夢を見た。
あの頃、研究所に居た頃の夢。
研究所にもいい人は居た。
最初に、メルの髪を編みこんでくれた、女性の研究員が居た。
リボンを付けた、その姿を鏡で見せられても、最初、メルはどう思っていいか分からなかった。
「似合ってる?」
「そりゃあ……、あっ、そうだ! 二号に聞いてみなさいな」
自分でやったくせに答えをはぐらかす研究員を不審に思いながら、言うとおりにした。
「ねぇ、二号。これ似合ってる?」
二号は星の図鑑を読んでいたが、頭をあげてこちらを見た。
微笑んで言ってくれた。
「似合ってる。とっても」
「はい、終わったよ」
「……あ」
理容師の言葉で目を覚ます。
そこには前と全く同じ、編みこみがあり、リボンが付けらていた。
「……すごい、ただ編んでとしか言ってないのに」
「こう見えてもね、昔、都会の美容室に居た時には『ヘアメイクの魔女』とか呼ばれてたのよ?」
「すごい、でも、じゃあ、なんで今はここに?」
「……ここは、父の店なの。父が死ぬ前に、継いでくれって頼まれちゃってさ、断れないよね」
「……そうだったんですか」
少し、気まずい思いに包まれるメル、しかし理容師はほがらかに笑う。
「気にしない気にしない、自分のこと話始めたのは私だし、まあ、じゃあちょっと代わりに質問していい?」
「質問……ですか?」
なんだろう、と首を傾げる。
「ちょっと前にさ、君と同じような銀髪の男の子がここに来てさ……」
その言葉に思わず椅子から立ち上がり、バッと後ろを振り返る。
「それっ、ホントですか?」
「えっ、うん、いや、それでさ……」
「あのっ、私、行かなくちゃ……お支払い、このカードで……」
鼓動が早まる、焦ってカードを出す手が滑りそうになる。
「そうそう、そのカードね、ウチじゃ使えないのよ」
「えっ」
そういえば、エクリスにその事を確認するのを忘れていた。
「でも大丈夫、多分、その子が、写真を見せながら『もし、メル・アイヴィーって銀髪の子が来たら、こういう風に髪を編んであげてもらえませんか? お金は、僕が出します』って、あなたの事なんでしょ?」
メルは驚いた、とても驚いた。
二号は自分がここに来る事が分かっていたのかと。
というか、髪を全く同じに編みこんだのは魔女だからではなかったのかと。
まあそれは置いておく。
それよりもなぜ二号は、会ってくれないのか。
「……そうです、私が、メル・アイヴィー……あの、その人がその後どこに行ったとか、どこに行くとか言ったりとかしてませんでしたか?」
どうしても、会いたいという衝動が止まらない。
思わず、いつもより口数が増える
「そういえば、伝言も頼まれてたっけ」
「なんて!」
思わず、理容師に詰めよってしまうメル。
「えっと、『どうしても、どうしても、僕を探し続けるなら、それを諦めないなら、公園で待ってる』……だったかな」
「ありがとう! ございました!」
もういてもたってもいられずに店を飛び出した。
海の景色も今のメルの目には、ただの景色にしか映らない。
さっそく、エクリスをマシンモードにしようとした時だった。
『見ぃつけた』
そこにいたのはとんがり帽子をかぶったようなシルエットだった。
まだ明るい時間だというのに、本当にシルエットのようにしか見えないのだ。
「……あなたたちって、皆、変な格好なのね」
思わずさきほどまでの激情が、急激に冷めて冷徹なモノに変わってしまう。
時空保全機構、どうしてこう、最悪なタイミングで現れるのか。
いつもの無表情に近い顔の中に、静かに怒りが見える。
『こうしないと、時空を超えられないのさぁ、イヒヒ、さあ
「あなたは、悪い魔女ね」
エクリスが銀の巨人へと変わる、魔女のシルエットが紫の巨人へと変わる、その巨人もとんがり帽子をかぶっていた。
極彩色の乱気流。
先手を取ったのはメルだった。
振るう蔦は真っ直ぐ魔女へと向かう。
だが、それは空を切る。
『イヒヒ、パープルに、そんな攻撃は当たらないよ』
紫の巨人は、その数を増やしていた。
分身が、エクリスを取り囲む。
「……これだけじゃない」
エクリスは、光の蔦を掴み、輪を作り、それを掲げた。
その花の冠から、光線が一斉に放たれ、葉が分離し回転し、それも一斉に飛んでいく。
全てのパープルの分身を捕らえる。
そして全弾が命中する。
だが――
『イヒヒ、ここだよ』
パープルの本体は、エクリスの真上にいた、攻撃の死角に。
冠を蔦に戻し、パープルを狙おうとするエクリスの動きが止まる。
その手足には鎖が巻かれていた。
先ほどまで、分身がいた場所から、それは伸びてきていた。
「……はぁ」
『イヒヒ、どうだい、観念したかい?』
「あなたたちは、私をどうするつもり?」
『機構はアンタの力を有用なモノだと考えてる。イヒヒ、まあ悪いようにはしないさ、こっちの言う事さえ聞けばね』
それじゃ研究所に居た頃と同じだ、そう思ったメルは決断する。
「……そんなの、まっぴら。エクリス、ライブモード!」
エクリスが形を変える。
蕾が開き、花が咲くように。
それは、メルのために用意されたステージだった。
もう鎖の拘束は解けている。
『何っ!?』
メルは息を吸い込んで、言った。
「……聞いてください『StarTrain』」
ステージと化したエクリスから曲が流れ始める。
メルの歌が、極彩色の乱気流に響き渡る。
星空が広がっていく、極彩色の乱気流を塗り替えていく。
その小宇宙に引き込まれていくパープル。
『イヒ、イヒヒ、まさか、時空操作!? 歌で時空を操るっていうのかい!?』
歌は続く、パープルは星空に飲まれ、その姿を消した。
メルが歌い終わるころには、満点の星空が、極彩色の乱気流の中に形成されていた。
メルが一息つく、その場に座り込む。
「エクリス……マシンモード」
ステージが銀の巨人へと戻る。
星空も、きらきらと粒子状になって消えていく。
メルは、その顔に少し汗を浮かばせながら、真剣な表情でいた。
「このまま行こう、公園に」
エクリスは、極彩色の乱気流を抜け出した。
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