奏攻のメル

亜未田久志

chase to answer


「レーダーに反応有り!」

 大量のモニターが並び、その下にコンソールが並び、その前に人が並ぶ場所。

 そこには、様々な数値、グラフ、映像が映し出されていた。

識別コード妖精フェアリーか?」

 コンソールを操作するオペレーターに、この場所の一番後ろ、一番高い場所に居る人物から声がかかる。

「過去の数値と比較……間違いありません」

「よし、追跡者チェイサー、出番だ」

『了解』

 黒い鎧の様なモノを纏った人物が返事をすると共に、虚空へと姿を消した。

「相変わらず、行動が早いな。今度は逃がすなよ」

「隊長、どうして妖精は、ああも自由に時空を移動できるのでしょう?」

 一人のオペレーターが上の人物に尋ねる。

「それが分かれば苦労はせん……」

 隊長はため息を吐くと、追跡者を映したモニターへと視線を向けた。


 高いビルの並ぶ街だった。

 そこに銀の髪を揺らして歩く、白いワンピースの少女が一人。

「ねぇ、エクリス? ここはどこ?」

 首に巻いたチョーカーに手を置きながら、少女は囁く。

『時空座標――』

 その後、チョーカーから英数字の羅列した謎言語が吐き出される。

「そっかぁ、また違うとこに来ちゃった」

 どうしたものか、と辺りを見回す少女。

「なんか、お腹すいちゃった。エクリス、近くにお店ない?」

『検索中、ヒット、カフェ「レイン」すぐそこの青い看板です』

「あれかぁ、ねぇ私の持ってるお金使える?」

『はい、メルの持つクレジットが問題なく使えます』

「じゃあ行こっか」

 高いビルの間に小さく建つ青い看板の喫茶店へと入っていく。

 中に入ると、淡い照明に照らされた木製の店内が視界に入る。

 奥に居るマスターであろうエプロンを着た茶髪の男性が「いらっしゃいませ」と優しく声をかけてくれた。

 入ってすぐの席に座った。

 置いてあったメニューを開く。

 一心不乱にお目当てのものを探す。

 それを見つけるとメルは思わず、ごくりと喉を鳴らした。

「すいませーん」

 マスターへ声を掛ける。

「はいはーい」

 ペンとメモを持って席へと来るマスター。

 今時、紙を使ってるなんて珍しいと思いながらメルは注文する。

「カフェオレを一つと、ビッグプリンサンデーを一つ」

「はいはい、カフェオレと……ビッ……えっ?」

「ビッグプリンサンデーを一つ」

 無表情に繰り返すメルに、マスターはどこか困ったような顔をしていた。

「えと……ホントに食べきれる? かなり大きいんだけど」

「問題ない」

「そっか……、よし、カフェオレと、ビッグプリンサンデー一つですね。少々お待ち下さい」

 マスターは奥の扉へと向かって行った。

 表情は変わらないメル、だがその身体は左右に少しだけ揺れていた。

「楽しみ」

 その時だった。

 ピーッピーッと甲高い電子音が鳴り響く。

 その音はチョーカーから発せられていた。

「エクリス?」

『敵性存在の接近を確認』

「……またあのストーカーか」

 メルはカフェの外に出る。

「サンデーが出来るまでにケリつけてやる」


 高いビルの影に消えそうなほどの黒の鎧がそこに居た。

「また来たんだね、ストーカーさん」

追跡者チェイサーと呼んでもらおう、妖精フェアリー

「……変なの、エクリス! マシンモード!」

 チョーカーに手を当て、叫ぶ。

 するとメルの体を光が包み、銀の巨人が現れる。

 メルはその中のいわゆる操縦席にいた。

 目の前にあるコンソール、その中心には窪みがあった。

 メルは頭に付けていたリボンを取り外すとそれを窪みにはめ込んだ。

 これは一種の鍵、セキュリティのようなものだった。

 メル以外にエクリスが使えないようにするために、チョーカーとリボンはワンセットではなくてはならない。

『マシン・ブラック起動!』

 黒の鎧も呼応するように叫ぶ。

 現れるのは先ほどまでの姿がそのまま巨大化したような黒の巨人。

 銀と黒の巨人は、一瞬で虚空に消える。

 戦場は時空を超えて行われる。


 極彩色の乱気流。

 そう表現するしかないような場所。

 対峙する二機は同時に動く。

 銀の巨人エクリスが手に持つのは、光の鞭、いや蔦だった。

 その証拠に光で出来た葉と花が付いていた。

 対する黒の巨人ブラックは拳銃を握る。

 四角いそれに銃口はなく、代わりにレンズのようなものがあった。

 そこから放たれるのは赤い光線、しかしそれをひらりとかわすエクリス。

 返す刀で蔦を振るうエクリス、黒の巨人もそれを避けようとする。

 しかし、そこで蔦の花から白い光線が放たれた。

 ブラックはそれをかわせずに手足にダメージを受ける。

 それだけではない、蔦から葉が分離し、回転し、ブラックへと飛んでいく。

 光線を受けたばかりのブラックはその攻撃をもろに喰らう。

『チィッ!』

『いつもこうだね、いい加減諦めたら?』

 通信を開き、呆れたように話すメル。

 極彩色の乱気流に巻き込まれ遠のくブラックの中から、追跡者は悔しげに返す。

『お前は、何者なんだ!』

『……別に、話してもいいんだけど』

 どこか面倒くさそうなメル。

『どうして、自由に時空を移動出来る? そのマシンだけの力ではあるまい? お前はどこから来た!』

 しばらくの沈黙。

 どんどんと離れて行く二機の距離。

 メルはため息をついて、話し出す。

『時空転移実験体第一号メル・アイヴィー、それが私の本当の名前』

『……ッ!?』

 息をのむ音が聞こえた。

『それは、我ら時空保全機構の前身であった研究所の記録だ……。お前は我々より過去の存在だというのか!?』

『そうだよ、まさか未来がそんな風になるなんて思わなかったけど』

『ならばお前の目的はなんだ! 時空を乱してまで何をしようとしている!』

『第二号に会いに行く』

 声のトーンは変わらない、しかし、その言葉からはそれまでの声よりも力強さを感じられた。

『馬鹿な、お前以外にも時空を動き回っているものがいるというのか!?』

『そうだよ、私にもあなた達にも見つからないようにね』

 いよいよ二機の距離が、通信が不可能なほどに離れて行く。

 通信にノイズが混じりながら追跡者はなおも質問を止めない。

『……ぜ、二号……会おう……する』

 目的の次は、恐らく理由を聞いている。

 だから、答えた。

『好きだから』

 通信は途絶えた。

 だが、それでもメルは話すのを止めなかった。

『ずっと一緒だったんだ……』

 過去を思い出し、静かに涙が頬を伝った。

 実験体だった二人、それでも共に過ごした。

 一緒に遊んだ、一緒に本を読んだ、辛い実験も二人なら怖くなかった。

 だけど、ある日、突然、あの人はいなくなった。

 だから自分も研究所を抜け出した。

 エクリスを盗み出して、時空を超えた。

 ホントは一人でも、出来た事だったけど、少し不安だったから。

 それ以来、ずっと探し続けている。

 いまだ会えずにいた。

 それでも諦めない。

 そう思いながら、エクリスは極彩色の乱気流を抜け出した。


 カフェの中に戻る。

 時間にして一秒もかかっていない。

 時空を移動出来るものの特権だ。

 メルはサンデーが出来るまでの間、歌を口ずさんだ。

 目を瞑り、歌い続ける。

 いつの間にか、本当に大きなプリンの乗ったサンデーが目の前に置かれていた。

「いい歌だね、なんて歌?」

 マスターがカフェオレを置きながら聞いてくる。

「名前はないの、私のオリジナル」

「へぇ、それはすごいな。もしかして歌手だったりするの?」

「……何かお願いしたい事が出来た時、自然と歌が浮かんでくるの」

「そうなのか。じゃあさっきの歌も?」

「うん、会いたい人がいるから」

「会えるといいね」

 それ以上、マスターは何も聞かず、奥へと戻っていった。

 メルは黙々とビッグプリンサンデーを食べ始める。

「おいしい」

 少女の束の間の日常が再開される。

 次の旅までの少しの休憩。

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