第19話 秋風と人生の意味

〈登場人物〉

アイチ……高校2年生の女の子。

クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。

〈時〉

初秋の候。



アイチ「何となく秋めいてきたね」


クマ「残暑があってまた暑くなるかもしれないけど、まあ、真夏は過ぎたよね」


アイチ「風が気持ちいいなあ……何だかさ、こういうふうに秋風に吹かれているとね、このまま、ありのままでいいんじゃないかなっていう気がしてくるの」


クマ「そうだね。何もかもありのままでいいって気がしてくるね。ボクはヌイグルミだからとりわけそう感じるんだけど、世の中の人は、キミみたいな高校生も含めてね、みんな忙しすぎるよ」


アイチ「いろいろやることがあるからねぇ……でも、いろいろやることあったって、行く先はみんな同じっていう気がするなあ」


クマ「それが同じこの世に生まれたっていうそのことなんだろうね。『一蓮托生』っていうのは、死後のことじゃなくて、今のこの場で成立している事態を表しているにすぎないのさ」


アイチ「行く先みんな同じって言ってもね、実は、どこに行くのかなんて、わたしは全然知らないんだけどね。でも、なんでか、同じっていうことだけは、知っている気がするんだ。たとえばさ、向こうを、お母さんと女の子が手をつないで歩いているのが見えるけど、お母さんにもあの女の子くらいのときがあって、女の子も成長してお母さんの年になるわけでしょ。みんながみんな、そうなんだとしたら、みんな同じだよね?」


クマ「全くその通りだ。この現在の中に、すでに未来も過去も含まれている」


アイチ「どうしてそんなことになっているんだろう。だって、未来が現在にあったらそれは未来じゃないし、過去が現在にあったらそれは過去じゃないはずでしょ?」


クマ「そうだね。未来と過去は現在じゃない。にも関わらず、現在に含まれている。どうしてそんな風な作りになっているんだろうね」


アイチ「秋風に吹かれてこんなことを考えていると、もう学校の勉強とか手につかなくなっちゃう。だって……ねえ?」


クマ「何のために何をやっているんだろうという気持ちになるわけだね。世の人は、そういう気持ちにあまりならないみたいだけどね。だからこそ、『人生どう生きるべきか?』なんていう問いが立てられるんだね」


アイチ「どう生きるべきかなんて、生きるっていうことそれ自体がどういうことか分からないんだから、そんな問い、わたしは立てようがないなあ」


クマ「全くだね。ボクは、『人生はこう生きるべし』って主張する人を決して信用しない。それは、生きるっていうことへの感受性がごっそりと欠落した人だからだ。秋風に吹かれたとき、吹かれた自分がどこへ行くのか。そういうことに思いを馳せられない人が、人生について語るなんて、ちゃんちゃらおかしいよ」


アイチ「学校の勉強が手につかなくなるって言ったけどね、実は、逆の気持ちもあってね、全てがありのままでいいなら、わたしは学校の勉強をしていてもいいんじゃないかって」


クマ「一周回って来たわけだね。でも、その地点は、前と全く同じ地点じゃないな。らせん状に少し上昇したそこであるはずさ」


アイチ「こういうことを考えていると、なんか……何て言うんだろう……深く腑に落ちるんだけど、すっきりする感じじゃなくてね、まるで隠れん坊してどこかに隠れているときのようにね、頼りないんだけど安心していられるような、そんな気分になるんだ」


クマ「昔の人は、そういう気持ちを、『あはれ』って呼んだんじゃないかな。『あはれ』って言っても、かわいそうっていう意味じゃなくて、物事に心が深く感じ入る状態のことを言うんだ」


アイチ「生きてここに在るって不思議なことだね」


クマ「本当にね。ボクらはなぜだか存在した。なぜ存在したのか。そんなこと分かりっこないんだよ。だって、存在したからこそ、なぜ存在したのかなんていう問いが問いうるわけだから。初めから答えなんて出るわけないんだ。でも、どうしてか、『なぜ存在したのか』って、そういう風に考えてしまうよね」


アイチ「なんでだか存在して、なんでだか存在について考えて、なんでだかそれをクマと話して、そういうことの全部がさ、いったい何にとっての何なんだろう」


クマ「本当にね。それが分からなければ、人生に意味があるともないとも言えないことになるね」


アイチ「ああ、気持ちいい風……もうちょっと風に吹かれていたあと、学校の勉強に戻ることにするよ」

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