第18話 恋愛とコスパの関係

〈登場人物〉

アイチ……高校2年生の女の子。

クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。



クマ「恋愛はコスパが悪いっていうことで、恋人を作らない若者が増えているみたいだけど、アイチはどう思う?」


アイチ「『コスパ』ってなに?」


クマ「コストパフォーマンスの略だよ。ある物を買ったりあることをするために負担したお金や時間や労力に対して、どれだけ返ってくるものがあったかっていうことだね。負担が少なくて、返ってくるものが多ければ、コスパが高いってことになる」


アイチ「ふうん……コスパ……わたし、そんなこと考えたことも無いなあ」


クマ「この考え方を恋愛にも当てはめるとね、たとえば、アイチに好きな人ができたとして、その人に対して色々アプローチするわけだけど、それが確実に成功するなんていう保証は無い。いや、おおよそ好みなんていうのは一致しているわけだから、その人にはほぼ必ずライバルがいると見ていい。そうすると、アイチのアプローチが成功する確率は低くなるわけだよ。色々アプローチして、お金や時間や労力を使ってもそれが報われないとなると、恋愛はコスパが低いってことになるわけさ」


アイチ「なるほど……でもさ、好きになっちゃったらしょうがないんじゃないの?」


クマ「この主張に対しては、まずはその点が問題になるだろうね。好きになっちゃったら、コスパがどうの言っていられないし、そもそも、そういう状態こそが、好きになったそのことだと言うこともできるわけだ」


アイチ「コスパが低いって思っている人は、絶対人を好きにならないって固く心に決めているわけ?」


クマ「まあ、『お金や時間がかかるから人を好きにならんぞ』って断固たる決意を持っている人もいるかもしれないけど、恋愛に代わる行為の方で満たされる人もいるみたいだね」


アイチ「恋愛に代わる行為って、たとえば?」


クマ「アキバ系のアイドルの応援とかね。確実に会いに行ける彼女たちの方が、かけたお金と時間の分だけ、好意を返してくれるわけだから、コスパがいいってことになる」


アイチ「ふーん……わたしは、アイドルにも興味無いから、それもよく分からないなあ。ただ、わたしだったら、人を好きになったら、その人から何を返してほしいとも思わないけどな。だってさ、わたしが好きな人っていうのは、話をしていて楽しい人だもん。その人とただ話しているっていうそれだけで楽しいんだから、特にそれ以外に返してほしいものなんかないよ。現に、こうやってクマと話していると楽しくて、その他に何をしてほしいとも思ってないもん」


クマ「おっと、それはありがたいね。まあ、アイチにはそのうちいい人が見つかるさ」


アイチ「ありがとう」


クマ「問題は、そのただ話をしているだけで楽しい人っていうのが、いつもキミと話をしてくれるわけじゃないってところにあるんじゃないかな。だから、その人を手に入れるために、色々アプローチしなくちゃいけなくなって、コスパの話になる」


アイチ「でも、わたし、別にいつもその人にわたしと話をしてほしいとは思わないけどな。だって、話をしていて楽しいってことは、わたしと同じことを考えていて話が通じるってことで、同じことを考えているなら、本当は話をする必要も無いからね。この同じ世界にいてくれるだけで満足っていうか」


クマ「いやいや、それは、だいぶ高尚な恋愛観だね。互いに自立しているがゆえに、ひっそりと通う魂の交流……相手に向けられるというよりも、同じ神に向けられた恋愛か……世の人がみんなキミみたいな恋愛観を持てば、コスパなんていう考え方は綺麗に消滅するだろうな。そもそも、コスパなんていうのは、相手から何かを返してほしいと思うから成立するわけだけど、それを望まないわけだから」


アイチ「まあ、本当にそう思うかは、その時になってみないと分からないけどね」


クマ「キミみたいな人はちょっと例外として、普通、世の人は、自分が思いを込めてあれこれやった分だけ、相手からもそれに見合うものを返してほしいと思うものなんだな。でも、それはやっぱり難しいんじゃないかな。相手は、自分じゃないからね。そういう意味で、もともと、恋愛っていうのは、コスパが悪いものなんだ」


アイチ「そうすると、しない方がいいってことになるわけ?」


クマ「コスパを重視する人はしない方がいいだろうね。昔はね、『好き者』っていう言葉があって、風流を解する人っていう意味なんだけど、この風流の中には恋愛も含めたんだよ。これは、つまりね、恋愛っていうのは、誰にでもできることじゃなくて、特別な人じゃないとできないってことを言っているんだ。風流を解する人しか、恋愛はできないってわけだね。そうしてね、そういう風流を解する人っていうのは、思いが叶わない恋愛の苦しみそれ自体を味わっていたんだ」


アイチ「苦しみを味わう?」


クマ「そうさ。思いが届かなかったり、届いたあと疎遠になったり、裏切られてしまったり、そういう苦しみこそが、恋愛の妙味だったのさ。そういうものが無い恋愛なんて、カラメルソースが無いプリンみたいなもので、かえって味気なかったんだよ。それが証拠にね、そういう、昔の『好き者』は和歌を詠んだけれど、恋の和歌の中で、恋の楽しさなんてものを歌ったものは一つも無いんだ。みんな、恋の苦しさを歌ったものばかりなんだよ」


アイチ「わたしはカラメルソースなしでもプリンいけるけど……まあ、それはともかくとして、じゃあ、そういう人たちは思いを返してもらうこと自体はどうでもよかったってこと?」


クマ「いや、どうでもよくはなかっただろうけど、それだけでは全然無かったってことなんだな。そういう風にね、恋愛っていうのは、昔は、そもそも苦しむ覚悟があって、しかもそれを楽しむことができる人だけが入れる道だったのさ」


アイチ「心得が無いものは、恋愛の道には立ち入っちゃいけないってことだね?」


クマ「そういうことだね。だから、コスパを気にする人は恋愛はできない。でも、こう言うこともできる。恋の苦しみを覚悟して、それを楽しむ気持ちになれれば、恋が成就してもしなくても、どっちに転んでも、返ってくるものはあるわけで、こんなにコスパのいい話は無いってね」

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