第6話 いつまで生きるつもりですか?

〈登場人物〉

アイチ……高校2年生の女の子。

クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。



クマ「どうしたの、さえない顔して?」


アイチ「うーん、友だちのことでちょっとね」


クマ「喧嘩でもした?」


アイチ「そういうんじゃないよ。友だちのおじいちゃんがガンで、入院しているのね」


クマ「ふうん」


アイチ「で、家族は告知はしてないんだけど、本人は、なんとなく分かっているみたいで、そのおじいちゃん、情緒不安定になっているんだって」


クマ「なるほどね」


アイチ「それを話してくれたんだけど、かける言葉が無くてさ」


クマ「そりゃそうだよ。同じ立場になったことがなければ、どんな言葉をかけたって無意味さ。で、その他に何をしてあげられるか、迷ってたの?」


アイチ「ううん、何をしてあげることもできないことは分かってるの。でも、何かしてあげられたらいいのにってね。ないものねだりをしているわけ」


クマ「アイチはいいヤツだね」


アイチ「そうかな」


クマ「そうさ……まあ、でも、できないことはできないからなあ……ところでさ、そのおじいさんっていくつくらいの人なの?」


アイチ「75歳だったかな」


クマ「ああ……75歳か……」


アイチ「平均寿命は確か80歳くらいだと思ったから、まだ早いよね」


クマ「いや、確かに早いと言えば早いかもしれないけど、逆に言うと、平均寿命からしたら、あと5年くらいのものじゃないか。おじいさん、情緒不安定になってるって言ってたね。死を意識してそうなっているんだろうけど、じゃあ、一体、そのおじいさんはいつまで生きるつもりだったんだろう」


アイチ「そうは言うけどさ、おじいさんにとって、75歳になるっていう体験は初めてのことなんだから、しょうがないんじゃないの」


クマ「ああ、それはその通りだ。でもなあ……75歳だよ……たとえば20歳くらいからカウントしたって、55年間もあったわけだよ。その間、自分が死ぬっていうことを全然考えなかったのかなあ。ボクは、人が死ぬっていうことよりも、死について考えない人がいるってことに、より深い悲しみを覚えるね」


アイチ「死ぬのを気にしてたら生きていられないんじゃない?」


クマ「まあ、そうかもしれないな。でも、それは確実に訪れるんだよ。生きている間にする『べき』ことがあるとしたら、死について考えることくらいなんだ。それをしていないんだもんなあ……驚くべきことだけど、人は自分の余命を医者あたりに宣告してもらわないと、自分の生が有限であることに気がつかないんだよ」


アイチ「うーん……実はね、わたしも、死についてはうまく考えられないんだ」


クマ「て言うと?」


アイチ「いつまでも生きているつもりってわけじゃないよ。そうじゃなくて、死ぬっていうことがイメージできないのよ。死ぬっていうのは、自分っていうものがいなくなるってことだよね。でも、いなくなった自分なんて考えることができないじゃん? だから、よく分からないわけ。死ぬことを、永眠って言うよね。死を目覚めない眠りだって考えると、イメージできるような気がするけど……でも、目覚めない眠りって矛盾しているでしょ。眠りっていうのは、目覚めるからこそ眠りって言うわけだから。とするとさ、死っていうものがどういうものか全然分からないのよ。それを表す言葉が無い感じ」


クマ「それは、考えないどころか、よく考えていると言えるな。分からないってことは、怖がることだってできないわけだ」


アイチ「そうだね」


クマ「今みたいに考えられれば、おじいさんも心乱すことなく最期に向かえるんだろうけど、まあ、こういうことは、自分で考えるしかないからね」


アイチ「実はね、わたし、死についても不思議なんだけど、もっと不思議なことがあるんだ」


クマ「て言うと?」


アイチ「死については実はそれほどは考えないんだけど、こっちのことは、時々考えるのよ……考えるって言うか感じるって言うかね」


クマ「どんなこと?」


アイチ「うまく通じるか分からないんだけど……わたしね、あるものがどうしてそのようにあるのかっていうことが不思議なのよ。たとえば、ここにペンがあるけど、ペンってどうしてこういうものなのか、ってね。これがペンじゃいけなかった理由なんかあるのかなって。もっと言うと、そもそもペンなんてどうして在るのか。もっともっと言うと、在るものだけが在るのはどうしてなのか……言っていること、分かるかな?」


クマ「よく分かるよ」


アイチ「よかった。本当言うと、今言葉にしたことが、自分が感じていることをちゃんと表現できているか分からないんだけどね。この頃では、それほどではないけど、小中学校のときはそれをずーっと考えて……ううん、考えるというよりは感じていただけなんだけどさ」


クマ「在るもののみが在るように在るっていうことは、本当にすごく不思議なことだね。そういう不思議を感じることができると、人生に対する見方っていうのがガラリと変わる。とは言っても、不思議だと思わない人に、不思議だと思えと命令することはできないからな」


アイチ「そんなに大層なことじゃないと思うけどなあ」


クマ「まあね、いずれにせよ、生きて死ぬということに変わりがあるわけじゃないからね」

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