第7話 ライフハックは、ほどほどに

〈登場人物〉

アイチ……高校2年生の女の子。

クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。



クマ「何読んでるの?」


アイチ「これ? カスガが貸してくれた雑誌だよ」


クマ「どれどれ? 『ライフハック特集――あなたの人生に幸運をもたらす小さな習慣』か。 ……彼、高校生だよね? 本当は社会人なの?」


アイチ「いつでも社会に適応できるように、高校生のうちから、色々と読んでおくんだって。わたしは、別に興味無いって言ったのに、無理やり押しつけられちゃって」


クマ「読んでみたらどうだった? 面白い?」


アイチ「うーん……まあ、面白いって言えば面白いよ。内容がどうってことよりも、みんな、色々工夫して生きているんだなあって思って」


クマ「どれどれ? ボクにも見せてよ……キーボードのショートカットに、to doリストの上手な作り方……これは、なんだろう、自己肯定感の高め方……?」


アイチ「自分自身のことを肯定的に受け止めることで、人生を今よりも楽に生きていきましょう……ってことらしいよ」


クマ「なるほど、人生を楽に、ね。そんなことが本当に可能なのかな。アイチは、楽に生きたいって、考えたことある?」


アイチ「無いよ。だって、そもそも生きていることがどういうことか分からないんだもん。だから、楽に生きたいなんて話になるわけないよ」


クマ「そうだよね。楽に生きたいっていうのは、生きていることがどういうことなのか分かってないと、本当は言えないことなんだ。でも、みんな現に生きているから、何となく、生きていることがどういうことか分かった気になっている……まあ、それはいいとして、この自己肯定感を高めることで、人生が楽になるって話だけど、その時、一体何が節約できたんだろう」


アイチ「うん。楽になるっていうのは、作業にかかる時間や労力が節約できたってことだけど……人生ってどう控えめに考えても作業じゃないよね」


クマ「そうだね。自己肯定感を高めることで、自分に自信を持って、毎日楽しく好きなことができる……結構なことかもしれないけど、そうやって死ぬまで楽しく暮らしていければ、その人はそれで満足なのかな。ボクは、そこが素朴に疑問だね。それに、楽をするってことは、必ずそこには失われるものがあるんだ」


アイチ「苦しむ経験だね?」


クマ「そう。驚くべき当たり前のことだけど、楽をするってことは、苦しまないってことなんだ。楽をすることばかりに目をやると、苦しみにも固有の価値があるってことを忘れてしまう。日常の細々したことなら実害は少ないさ、でも、ことが人生全体に及ぶことなら、その害は計り知れないよ。ボクなんか、明るく元気で楽しそうにバリバリ仕事ばかりしている人を見ると、ちょっとゾッとするんだ。彼らは一体何のために何をやっているんだろうって。ライフハックして節約できた時間なり労力なりを、さらなるライフハックに使ったり、余暇に使ったりするわけだろ。そうして仕事と余暇で人生を終えてしまって、それで満足なのかな」


アイチ「だからって言って、苦労は買ってでもしろ、っていうのは違うでしょ?」


クマ「まあ、自ら買う必要はないね。買える苦労なんていうのは、投資のための苦労であって、それも一つのライフハックだろうしね。効率的に成長するために苦労を買ってみよう、みたいな」


アイチ「みんな、人生をいいことだけにしたいのかな。でも、そんなことあるわけないよね」


クマ「ああ、あるわけないよ。いいことも悪いこともあるのが人生なんだ。自己肯定感なんてチャチなものをいくら上げたって、悪いことを起こらないようにできるわけないんだ。豪雨は降るし、時には大地震だって起こる」


アイチ「天寿を全うして死ぬのも、災害で死ぬのも、同じ死でしょ。どうして、人生ってこういう作りになっているんだろう」


クマ「ボクにも分からないよ。でも、なんでかこういう作りになっているっていうところから始めないとね。ライフハックで稼いだ時間は、こういうことを考えるのに利用することをボクは勧めるね」

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