第4話 差別のススメ

〈登場人物〉

アイチ……高校2年生の女の子。

クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。

カスガ……アイチのクラスメートの男子。



カスガ「ああ、本当に残念だ! あの世紀の物理学者アインシュタインが、人種差別主義者だったなんて! 1920年代にアジアを旅行した際の日記に書いてあったんだよ。特に中国人に対する記述がひどい! あれほど理性的な人が、差別を行うなんて、本当にがっかりする。人間は、差別意識から逃れることができないのか! ……いや、そんなことはない! 僕は信じている。いつの日か、この世界に真の平等が実現されることを! ……君はどう思う? アイチ」


アイチ「なんで休みの日まで、カスガの話を聞かなきゃならないんだよぉ……あーあ、カフェになんて来なきゃよかった」


カスガ「何をブツブツ言ってるんだよ。さあ、差別に対して、大いに語ろうじゃないか。君の意見を聞かせてくれよ」


アイチ「差別に対してって言われても……わたし別に何とも思わないから」


カスガ「な、何とも思わないだって! 差別に対して何とも思わないってことは、その差別に荷担しているのと同じ事なんだぞ! 君は差別主義者なのか!」


アイチ「ちょっと待ってよ。なんでそういうことになるのよ。それだったら、戦争に対して何とも思わなかったら、戦争に賛成していることになるわけ?」


カスガ「それは極論だ」


アイチ「どっちがよ」


カスガ「とにかく、差別というのは絶対にあってはならないものだ。百歩譲ってこれまでは興味が無かったことを許してあげてもいいけれど、これからは興味を持たなければいけない。反対していかなければいけないんだ」


アイチ「なんであんたに許されなくちゃいけないのよ……」


カスガ「さあ意見を聞かせてくれ。差別反対という意見を」


アイチ「聞かせてくれって、もう結論が出てるじゃん……クマ、これがカスガよ。わたしの気持ち、ちょっとは分かったでしょ?」


クマ「ああ、よく分かったよ。なかなか面白い子じゃないか」


アイチ「どこがよ」


カスガ「ぬ、ヌイグルミ……?」


クマ「アイチの代わりに、ボクがキミと話をしようか、カスガくん?」


カスガ「ヌイグルミが僕と話をするだって?」


クマ「キミは、ヌイグルミだからって、ボクのことを差別するのかい?」


カスガ「ば、バカな! 何を言っているんだ! この僕がそんなことをするわけがないだろう! ちょっと驚いただけだ」


クマ「だと思ったよ。じゃあ、今からボクと話をしよう。キミは差別というのは絶対にあってはならないものだって言ったけれど、そもそも差別というのはどういうものなのかな?」


カスガ「差別っていうのは、本来の価値が同じなのに、差を付けて取り扱うことだよ。決まっているじゃないか」


クマ「なるほど。それじゃあ、もともと価値が違っていたら、差を付けて取り扱っても、差別には当たらないのかな?」


カスガ「それはそうだけど、いいかい、クマくん。今、僕は人種差別の話をしているわけだけれど、そもそも人種による価値の違いなんてものは無いだろう? だから、それによって差別をすることはおかしいんだ」


クマ「うん、それは全くキミの言うとおりだ」


カスガ「ふふん。じゃあ、君も差別にはもちろん反対だね?」


クマ「人種差別にはね」


カスガ「どういうことだい? もしかして、君は男女差別を肯定しているのか? それとも部落差別? 障がい者差別?」


クマ「いや、その辺りの意識もボクにはないよ」


カスガ「学歴差別? 言語差別? それとも……血液型差別とか?」


クマ「随分色んな差別があるもんだなあ」


カスガ「それらでもなかったら、差別なんてしていないってことにならないか……それとも、僕が知らない差別があるのか?」


クマ「その話に行く前にさ、キミは恋人はいるの?」


カスガ「えっ……い、いや、いないけど。それが差別の話と何の関係があるんだよ」


クマ「じゃあ、もしもだよ。今キミに二人の女の子が告白してきたとする。一人は美人で頭もいい。もう一人も美人だけど頭のよさはイマイチだ。キミはどっちと付き合う?」


カスガ「えっ……それは、他の条件が一緒だったら、美人で頭もいい方かな」


クマ「じゃあ、こっちだったらどうかな。キミにやっぱり二人の女の子が告白してきたとして、一人は頭がよくて美人、もう一人は頭はいいけど容姿はイマイチだ。キミはどっちと付き合う?」


カスガ「頭がよくて美人の方だよ」


クマ「どっちも前者を選ぶわけだね?」


カスガ「まあね」


クマ「ところでキミは、人間の価値は同じだと思うかい?」


カスガ「当然だよ」


クマ「だとしたら、価値が同じであるにも関わらず、第一のパターンでは、キミは頭のよさがイマイチの子を、第二のパターンでは容姿がイマイチの子を、もう一方の子に比べて、差を付けて取り扱ったってことにならないかな。キミは、第一のパターンでは知力差別を、第二のパターンでは容姿差別を行ったことにならないか?」


カスガ「な、何を言ってるんだ! こんなこと、差別なんて話になるわけないだろ! 大体、一夫多妻制でもない限りは――もちろん、僕はそんな制度には反対しているけれど――ひとりとしか付き合えないわけだから、どっちと付き合っても差別していることになってしまうじゃないか」


クマ「確かにどっちか一人としか付き合えないけれど、でも、キミはさっき即答したよね。少なくとも即答するのはおかしいんじゃないかな。決められないって、悩まなきゃおかしい」


カスガ「おかしくなんかない!」


クマ「じゃあ、恋人の話はやめよう。キミは友達は多い方かな?」


カスガ「普通だよ」


クマ「キミはその友達をみんな平等に取り扱っているかい?」


カスガ「……しているさ」


クマ「本当かな? 友達って言ったって、色んな人がいるわけだよね。自分とよくよく気の合う人もいれば、あんまり合わない人もいる。まあ、仮にキミ自身は取り扱いに差を設けていないとして、他の人がその人の友達全員を平等に取り扱っていないとき、キミはそれを責めるのかな?」


カスガ「ちょっと待ってくれ! 君が言っているのは個人レベルの話だろう。差別っていうのは、社会や国家がするものなんだよ! 権力者側が行うのが差別なんだ!」


クマ「なるほど、でも、だとしたら、おかしなことになるな。だって、アインシュタインはいかに著名な物理学者だと言っても、政治家じゃないだろ。権力者じゃない民間人だ。ということは、彼が差別的なことをしていたって、構わないことにならないかな」


カスガ「色々と話をすり替えないでくれないか!」


クマ「ボクは何もすり替えてなんていないけどな」


カスガ「……分かった。じゃあ、アインシュタインの話は置いておくことにする。彼に対しては残念ではあるけどね。差別それ自体について、君は反対なのか、賛成なのか」


クマ「さっきキミが列挙したような差別には反対だよ。反対というか、そんなものしても意味が無いんだ。人間ってのは……まあ、ボクはヌイグルミだけどね……現にそうやって性別・人種・健康の程度を違えて、生まれてくるわけだからね」


カスガ「よかった、じゃあ、僕と一緒にこれから差別反対運動をしっかりと――」


クマ「いや、実はボクは、ある差別を行っているんだ」


カスガ「えっ、な、なんだって?」


クマ「ボクはね、高潔な人間と低劣な人間を、差別する。そうして、高潔な人間とだけ付き合って、低劣な人間とは付き合わないようにしているんだ。魂の優劣による差別を、ボクは、はっきりと行っている」


カスガ「……クマくんには、人間の魂の優劣なんてものが分かるのかい?」


クマ「もちろんだよ。でも、それはボクだけの特殊能力ってわけじゃないさ。アイチ、キミにだって、分かるだろ? ……って、寝てるの?」


アイチ「……ふぇっ? え、あ、お、起きているわよ、モチロン。えーっと……で、なに?」


クマ「キミには高貴な人間と下品な人間の区別がつくよな?」


アイチ「当たり前でしょ。そんなの分からない人いるの?」


カスガ「……高貴っていうのは、つまり皇族とかセレブってことなのかな? 下品っていうのは一般庶民っていうことかい?」


アイチ「えっ、カスガ……それ、本気で言ってるの?」


カスガ「えっ……い、嫌だなあ。ジョークだよ、ジョーク。ほんの冗談さ……はは」


クマ「ボクはヌイグルミだから、はっきりと言うけど、人間にはその魂が優れている者と、そうじゃない者が存在する。今の差別の話で言えば、性別や人種によって取り扱いを変えるようなことが無い人が優れた人で、それによって取り扱いを変える人がそうじゃない人だ。ボクは、この二人の人間を、はっきりと差別する。差別する者は、差別される者よりも、優れている必要がある。みんながみんな、魂の優劣差別を行おうとすることで、その分自分の魂を優れたものにしようと努めれば、よほど清潔な社会になると思うけどな。そういう意味でボクは、どしどし差別を進めてもらいたいんだ」

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