第3話 発信力は何のため?

〈登場人物〉

アイチ……高校2年生の女の子。

クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。



アイチ「ええっと、これかな……あ、これだ、これだ。で、検索してっと……」


クマ「パソコンで何してるの?」


アイチ「うん、友達がカクヨムっていう文章を投稿できるサイトに参加して、早速、文章を投稿してみたから、読んでほしいって言われてさ。これから読むとこ」


クマ「ふうん。ボクにも見せてよ……この文章がそれ? なるほど、エッセイを書いているね」


アイチ「よし、読んだ、と。わたしも誘われてるんだ。書きたいことを書くとストレス発散になるよって」


クマ「参加してみるの?」


アイチ「わたしは特に書きたいことって無いからなあ。文章を書くのは嫌いじゃないけど」


クマ「ちょっと、他のも見せてよ。……いやあ、みんな実に色々なことを書いているね。まあ、それは別にこのサイトに限った話じゃないけどね」


アイチ「カスガ、覚えてる?」


クマ「隣の席のちょっと面倒くさい男の子、だろ?」


アイチ「うん、あいつがね、『現在は発信力の時代だ! そういうサイトでどんどんアウトプットして、発信力を磨かないといけないんだ!』って、わたしの友達と意気投合してたわ」


クマ「その発信力っていうのは何だい?」


アイチ「自分の意見を相手に分かりやすく伝える力、らしいけど」


クマ「ふうん」


アイチ「SNSが発達しているから、その発信力が上がれば上がるほど、他人に影響を与えられるようになるんだって」


クマ「なるほどね。アイチは発信力を鍛えようと思わないの?」


アイチ「わたし、特に自分の意見なんてないもん。この前、友達とサッカー日本代表の話になったときにね、意見を求められたんだけど、そもそも知らないから、意見なんて持ちようがなくて、そう言ったら、呆れられちゃった」


クマ「今は何にでも意見を持たなくちゃいけないっていう風潮だよね。それで、ますます広範に意見を持つようになる。サッカーの話だけじゃない。政治・経済・外交・歴史・芸術・アニメ・文学・哲学、近頃話題になった本に、有名人のゴシップなんてものまで、人は実に色んなものに意見を持っているもんだって、感心するよ」


アイチ「それも、SNSのおかげだってさ。情報をインプットしやすくなったからだって」


クマ「そんなに情報ばかり入れてどうするのかな」


アイチ「その情報に自分の意見を加えて、発信するんでしょ」


クマ「うん、まあ、そうなんだけど。その『意見』っていうのは、その人自身がそう思ったってだけであって、絶対確実なものじゃないよね?」


アイチ「そうだね」


クマ「もしかしたら、間違っている可能性だってある」


アイチ「うん」


クマ「だとしたら、間違っている可能性があるものを、SNSによって、広く拡散するのは、世の中のためになるのかな。そんなの病原菌をまき散らしているようなもんじゃないか」


アイチ「そのまま受け取る人はいないんじゃないの。それを読んで考えるわけでしょ?」


クマ「考える人っていうのはね、『意見』なんて持たないんだよ」


アイチ「そうなの?」


クマ「そうさ。物をしっかりと考える人っていうのはね、『意見』なんてものは持たない。どうしてかと言うと、『意見』っていうのは、あくまで、その人がそう思うってことに過ぎないものだからだ。対して、『考え』っていうのは、単にそう思うってことじゃなくて、確実にそうだって言えることだ。『意見』は主観的、『考え』は客観的、って言ってもいい。考える人が持つのは、『考え』であって、『意見』じゃない」


アイチ「『意見』を持っている人は、考えていないってこと?」


クマ「徹底して考えてはいないな。だから、『意見』なんていう中途半端なものを持つんだよ。ボクには、それらの、意見を持ったり、他人の意見にうなずいたり批判したり、なんていうのが、ゲームみたいに見えるね。当人は真面目にやっているつもりなんだろうけど」


アイチ「そういうことならちょっと分かるかな。だって、考えるってことは、自分が考えるってことだからね」


クマ「そうなんだ。考えるってことは、その人が考えるってことなんだよ。その人が一人きりでできることで、というか、本当の意味では一人きりでしかできないことだな。古代ギリシャの哲学者にヘラクレイトスっていうヤツがいてね、『私は、自分自身を探求した』っていう言葉を残してるんだけど、これは、自分の目の前にある世界に向き合ったっていう意味なんだ」


アイチ「それって、そんなにすごいことかな」


クマ「いや、ただ現実を見つめたっていうただそれだけのことさ」


アイチ「そんなら、わたしいつもしているけど」


クマ「確かにね。こんなに簡単なことは無いはずなんだけどなあ。誰の前にだって、現実っていうのは開かれているんだから。それをじっと見つめれば、あれやこれやの意見を持つ必要なんてなくなるんだけどな」


アイチ「自分が物を考えるのに、他人は必要無いよね?」


クマ「無いな」


アイチ「カスガは、自分が成長するためには、他人がいた方がいいって言ってたわ」


クマ「それ、暗に告白されてるんじゃないの? 『キミにはボクが必要なんだ』って」


アイチ「いやだ、やめてよ」


クマ「自分が成長するために他人が必要だなんていうのは、人間を馬鹿にした甘えた考え方だね。もちろん、幼いときは必要だよ。でも、せいぜい高校生くらいになったら、そんなものは必要無いさ。自分が見ている現実をしっかりと見つめるだけで、いくらでも成長なんてできるんだから」

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