第9話

 月が明けた最初の週末、藤本は思いついたように会社から妻に電話を入れた。

 

「どうしたの、こんな時間、珍しいわね」

「今晩こっち来て一緒に食事でもしないか」

「いいけど最近、都心になんか出ないから着る物が面倒くさくって!」

「何でも構わないよ、裸じゃなきゃ。それと来る時、金を降ろして来てくれ。俺の初任給だからな」

「わかったわ。東口改札六時半ね」


 藤本は六時半ちょうどに駅に行くと、妻は駅に着いて待っていた。

 二人は久し振りに腕を組んで、以前行った事のある中華料理店へ直行した。藤本はメニューを見ると紹興酒の熱燗を注文した。


「久しぶりだなあ、こうして二人で食事をするのは」

 妻は藤本を見つめた。

「あなた、最近顔色良くないんじゃないの。会社で無理し過ぎているみたいだけど、年を考えてね。あまり、むちゃすると体壊すわよ」

「お前、そう思うか。実は、最近つくづく厭になっているんだ」


 紹興酒を一杯、一気に飲み干すと、気を取り直して、

「なあに、すぐ慣れるさ」

 とそれを否定して首を横に振ってみせた。


 妻は怪訝そうな顔をした。


「会社で何かあったの。良かったら話してちょうだい」

「いや大丈夫、今夜はこの後、知り合いの飲み屋へ行ってカラオケでもやろうや」


  陽気に振る舞う藤本であったが、妻は女の直感で、会社で藤本にただならぬ事態が起きているのではないかと、疑わずにはいられなかった。


 その晩は夜中まで二人はカラオケで騒ぎ、といっても藤本一人で歌いまくっていたのだが、相当酔ってしまったので、妻は高くつくのを覚悟の上で、タクシーを飛ばして帰宅した。


 土、日の二日間、藤本は死んだように眠った。

 妻は藤本の寝顔を見て、今の会社が夫にとって苦痛に満ちている事を読み取っていた。

 以前にも、会社の上司や昇進の事など、ちょくちょく愚痴ってはいたが、これほどまでに打ちのめされた夫を見るのは、妻にとって初めてであった。



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