第5話

「そうでしたかあ、全くうちの連中は礼儀も何もなってない。このとおりです」

 村井は藤本に頭を下げて謝ると、藤本のグラスにビ-ルを注ぎ直した。


「しかしですなあ。うちのような零細は、大手さんと違って、なかなか細かい点まで行き届かないのが現実でして。しばらくは現状把握の為にも頑張って貰えますか。大川には私からも良く言っておきますので」


 村井の話す言葉を聞いていた藤本は、一応納得した顔をして頷いた。



 次の日から藤本はコンピューター室に直行して、大川の言った事をクリアーしようと、必死に頑張った。


「これを来週の月曜日までに終らせて、大川にたたき返してやる」

 とぶつぶつ一人言を言っていると、


「このおやじ何言ってんだ」

 と言うのが藤本の耳に入った。藤本はカッとなり、その場に仁王立ちになり、


「そこの君、文句があるのか!」

 と怒鳴った。


 怒鳴られた相手は、

「オーコエ―」

 と言って肩をすぼめて部屋から出て行った。


 藤本は振り上げた拳の降ろす場所を失った思いで椅子に座り込むと溜息をついた。



 藤本は土曜、日曜も出勤してパソコンと格闘したが、残念なことに半分も仕上がらなかった。

 月曜日の朝、藤本は大川に事情を説明した。


 土、日を返上して出勤したこと、今までに、コンピューター関係の事はすべて部下に任せていた事等、誰が聞いても納得の行くように熱心に説明した。そして大川の返事を待った。少しは同情的な返事が返って来る事を期待して。


「まあ、しょうがないでしょ。時間がかかっても最後までやってしまって下さい」


 そう言って、もう一度その資料を藤本に手渡した。


 藤本は、内心この仕事は誰かに任せてくれと言いたかったが、今、愚痴を吐いたら今後にさわると思い直し、


「わかった」

 と言って、コンピューター室に引き返した。


 昼食の後、休みも取らず藤本は急いでコンピューター室に戻り、未だ慣れない手付きで作業を進めていると、そこへ村井が入って来た。


「今、大川から報告を受けました。藤本さん、知りませんでしたよ。まさか貴方がパソコンを使いこなせないとは。そんなんで今まで良くZ社に勤まってましたね...

いや全く失望しましたよ。私はてっきり...今はパソコンは営業畑の人間でも必須ですからねえ。とにかく早急にマスターして下さいよ。これじゃ部下に説明も付かないし、私の立場も少しは考えて下さい」


 一方的に言い終えると、バタンとドアーを閉めて村井は出て行った。藤本は一言も反論できなかった。疲れと焦りを必死に取り除こうと両目を力いっぱい閉じて右手で目の上を押さえてみた。


 しかし目の中にパソコンの画面が焼き付いてしまい、次から次と記号や文字が藤本に襲いかかって来る。

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