ゴーストイメージ

亜未田久志

時空の残像


 時計の針が逆に回る。

 いくつもの数字が乱舞する。

 だけどそれは私にはそう見えているというだけの話。

 時空を超える。

 理由は一つ。

 『あの人』に会いたい。

 ただそれだけだった。


 公園。

 何度も来た思い出の場所。

 大きな滑り台、鉄棒に、シーソー、ジャングルジムに、ブランコ。

 大きな木が真ん中に生えていた。

「……いない」

 ここにいたはずなのに。

 『あの人』はいたはずなのに。

 この時の、この場所に。


 ギーコギーコ、ギーコギーコ。

 ブランコを揺らす音がする。

 でも、そこにいるのは『あの人じゃない』

 黒い影。

 真っ黒い『私』の影。

『ここに来るのは何回目?』

「……え?」

 影が話しかけてくる。

『ああ、もう覚えてないんだね。

「……あなたは、何回目なの?」

 ずっと見つめていたはずなのに、ブランコにいたはずの影が消えている。

 辺りを見回すと、ジャングルジムに登る影がいた。

『私は、あなたが何度も此処に来るから生まれた。この場所に、この時に焼き付いた残像』

「……どうして、『あの人』がいないの?」

 また消えた、こんどは鉄棒で逆上がりをしている。

 真っ黒の影とはいえ、私と同じ姿のワンピースでそれは止めて欲しい。

『さあね、そもそも時空を超えるなんて無理だったのかもね。タイムパラドックスってヤツ?』

「……あなたは、よく喋るんだね」

 自分の影というには、私と比べて、その影は口が回り過ぎていた。

 今度は滑り台の上に移動していた。

『何度も何度も、同じ事を繰り返したからね、そりゃあその分、お喋りにもなるよ』

 その理屈はよく分からなかった。

「……私、行くね」

『次の場所に?』

 目の前に現れる、自分に瓜二つの顔。

 黒く塗りつぶされた鏡を、覗き込んでいるみたい。

 見えないはずなのにうっすらと、その表情が見える。

「……あの人に会いに」

『……行ってらっしゃい、気を付けてね』

 手を振る残像、それに答えずに、時空の狭間に戻る。

 後ろは振り返らない。


 砂浜、どこまでも広がる青い海が目の前にあった。

 ここも思い出の場所。

 だけど、やっぱり――

『やあ、は何回目?』

「……あなたたちって、皆、同じ事、聞くのね」

 波打ち際を歩く影。

『あなたたち、か。全部、君で私、なんだけどな』

「……私の残像、でしょ?」

 今度は堤防の上を歩む影。

『やっぱり、ここにもいないね』

 問いには答えない。

「……どこに行っても、いるのはあなたたちばっかり」

『それだけ、私が何度も時空を超えたってことだね』

「……どうして会えないの?」

『さあね、失敗したじゃ分からないよ』

 いつの間にか、海にぷかぷかと浮かんでいる影。

「……私も、いつかあなた達みたいになるのかな」

『そうならないように、願ってる』

 砂浜を後にする。

 時計の針、数字の乱舞。

 この光景も見慣れてしまうのだろうか。


 駅のホーム。

 ここは――

『また来たんだね』

 もう声の方を振り向く事もない。

 ベンチに腰掛ける。

「……やっぱり、いない」

『そうだね』

「……ここに、この時の、この場所に、居たはずなのに」

 少し、泣きたくなる。

 影が焼き付くほどに探しても、あの人に会えないのか。

『あ、ここの自販機、『振って飲むプリン』売ってるよ。飲む?』

「……お金持ってきてない」

『奢るよ、っていっても私の、あなたのお金だけど』

 ガコン、缶が落ちてくる音がする。

 影が、私の前にそれを差し出す。

 受け取って、悲しさと怒りをぶつけるように振りまくる。

『あーあ、おすすめの振る回数超えちゃってるよ?』

「……いいもん」

 カチャっと缶を開く。

 ゴクゴクと飲み干そうとするが、いわゆるシェイクのようなものなので、そう簡単には流れてこない。

 あれだけ振ったのにまだ少し、まだ少し塊の残ったプリンをかみ砕いて味わう。

「……やっぱり、普通のプリンのがいい」

『確かに』

 いつの間にやら影も隣に座り、同じモノを飲んでいた。

 その時だった。

 遠くから、音が、近づいてくる。

「……え?」

『どうしたの?』

『なにかあった?』

 いつの間にか、影が二人に増えている。

 両隣に座られていた。

 それにも驚いたが、それどころではない。

「この時間に、まだ電車は来ないはずなのに」

 来るまでには、まだ時間があったはずなのに。

『それは変だね』

 今度は目の前に、三人目の影が現れる。

「……どうして増えてるの?」

『どうしてだろうね?』

 自販機の前に四人目。

 いや、今度は影が列になって並んで現れた。

 それはまるで電車を待つ客そのもの。

「……あなたたちは、あの電車に乗るの?」

『あなたは』『乗らないの?』『なのに』『は』『乗るよ?』『あなたも』『も』『行こうよ』

 影が、駅を埋め尽くす。

 ラッシュ時の混雑よりひどい黒の群れ。

 首のチョーカーに触れる。

 どうしようもなく不安になった時の癖だった。

 電車が近づく。

 影たちが私に手を伸ばす。

 私を掴む、捕まえる。

『『『行こうよ』』』

 影が口を揃えて言う。

「い、いや。そっちに『あの人』はいない……!」

『いるかもしれないよ?』『いるかもしれないじゃない』『きっといるよ!』『だから行こう?』『私達が連れて行ってあげる』『連れて行こう!』

 電車が、到着する。

 ドアが開く。

 一斉に影が乗り込む。

 その流れに巻き込まれる。

「いやだ、行きたくない! 『あの人』に会うまでは!」

 黒に飲み込まれ、電車の中へ、ドアが、閉まる。

 電車がゆっくりと発車し始める。

 世界が遠のいていく気がする。

 これが時空を超えた罰だというのだろうか。

 まだ『あの人』に会えてもいないのに。

 意識さえも遠のきそうな感覚の中で。

 声が、聞こえた気がした。


「メル、あの歌を聞かせてよ」


 あの人の声だった。

 私はそれが気のせいだとは思えなかった。

 真っ暗な影の中。

 私は静かに歌い始める。

 願うは一つ。

 『君』に会いたい。

 影の中に光が輝く。

 銀の輝きは私の髪を服を身体を包んでいく。

『行くんだね』

 影が言う。

「うん、やっと分かった。私の行くべき場所!」

『……それは、良かった』

 残像が消えていく、私は超える。

 時も、世界も超えて、あなたがいる『未来』へと飛んでいく。

 残像もない、まだ真っ白な場所へ。

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