第51話 ユウシャたち

 タマキ神官長の走りは、速かった。

 今までにオレが見てきたどんなユウシャたちよりも、速い。

 タマキ神官長とカガ神官長とは、ユウシャたちの中でも最古参だと聞いていたが、その経験がそのまま能力に反映しているだろうか。

 あっという間に魔群がいる場所にまで到達し、そのうちの一体の足元にしがみつく。

「ああ!」

 次の瞬間、オレはため息とも感嘆ともつかない声をあげていた。

 タマキ神官長の体が瞬時に紅蓮の炎に包まれたのだ。

 その炎はそのまま、すぐに大きくなる。

 一瞬でタマキ神官長が取りついた魔群の体全体を包み込み、さらに横に広がって、周囲の魔群までも飲み込んでいった。

「腕だ」

 トダがいった。

「炎でできた両腕が、魔群を抱き込んでいる」

 確かにその業炎は、両腕を広げているようにも見えた。

 白熱した炎はそのまま左右に広がり、オレたちを包囲していた魔群を次々と、半分以上も焼き尽くしていく。

「あれがタマキ神官長の奥の手だ」

 カガ神官長が、そういった。

「わしが知る限り、ユウシャが持つ秘蹟の中でも最大の破壊力を持つものだが。

 それでも、何体かは残ったか」

「全部で六体っすね」

 チドリがいった。

「一人あたま二体も倒せば、ミッションクリア。

 これまでに比べれば、楽勝っしょ」

「あの六体だけでも、ジガノに来られたらこっちが全滅しかねないからなあ」

 カドタも、そういう。

「最後の一体まで、倒しきらなければ。

 これまでにやってきたことが、無駄になる」

「次はわしがいく」

 カガ神官長が、そう宣言した。

「これでもわしの生業は戦士でな。

 今残っている中では、一番頼りになる戦力のはずだ。

 わしが倒しきれなかったら、その時は頼む」

 いい終わるのと同時に、生き残った魔群へと突進していく。

「どいつも、こいつも」

 オレは、短剣を振るいつつ、そういった。

「揃って死に急ぎやがる」

 オレは、生き残っていた魔群を攻撃していた。

 ナナシの力は、一度に十体以上を始末したタマキ神官長の秘蹟ほどには爆発的な破壊力を持たない。

 一度の斬撃であの巨大な魔群に致命傷を与えられない場合もある。

 しかし、残った魔群に突入していったカガ神官長の援護くらいはできる。

 いくらカガ神官長が戦士として秀でているといっても、体が自分の十倍以上大きい複数の敵を一度に相手にするのは、分が悪い。

 あの魔群の注意をこちらにも引きつけておく方が、いいに決まっている。

 カガ神官長が魔群の足元にとりつくまでに、オレは二体の魔群の片腕を、根元から切断することに成功する。

 魔群の方も、これまでの戦いでオレの動きを注意するようになったのか、それとも疲れのせいでオレが自覚する以上に動きが鈍っていたせいか、少し前と比べるとオレの攻撃は空振りに終わる率が多くなっていた。

 魔群の足元にとりついたカガ神官長は、腰の剣を抜いてそのまま大きく振りきった。

 その動作が終わるのと同時に、カガ神官長の体よりも大きい、魔群の脚部が切断され、そのまま横転をする。

 それも、カガ神官長の左右にいた二体、同時にだ。

 切断をされた魔群の脚部は、どう見てもカガ神官長が手にした剣の長さよりもずっと太い。

 どうやら、あれがカガ神官長の秘蹟であるようだった。

「すげえ」

 その様子を見ていたトダが、ぽつりと呟く。

 カガ神官長は、その後も動きを止めなかった。

 目で追うのも遅れがちなほどせわしなく動き続け、倒れた二体の魔群の体を、斬り刻んでいく。

 残った四体の魔群もカガ神官長を脅威であると認識したのか、カガ神官長の姿を求めて集まりはじめた。

 魔群たちがそちらに気を取られていた隙を狙って、オレはそのままこちらに背を向けた魔群に斬りつけていく。

 カガ神官長は剣一本で魔群に立ち向かい、結局四体の魔群をどうにか倒した。

 しかし五体目の魔群の片足を切断したところで、残った一体に捕獲され、そこで終わり。

 カガ神官長が魔群たちを倒している間、魔群たちの方も無抵抗で突っ立っていたわけではなく、カガ神官長もそれまでにかなりの手傷を負っていた。

 これまでのユウシャたちが、数人がかりでようやく一体の魔群に対抗できていたことを考えると、たった一人で四体の魔群を倒しきったカガ神官長の働きは、めざましいものであるといえる。

 オレは、カガ神官長が傷を負わせ、動きが鈍くなった魔群を速攻で倒した。

「残り一体!」

 チドリがいった。

「ここまで来たら、最後まで倒しきるよ!」

 その間、他の生き残り連中も遊んでいたわけではない。

 残った連中は、戦闘用の秘蹟こそ授かっていなかったが、そのかわりにこれまでに学んできた知識と経験を持っている。

 それに、オレもいた。

 最後の魔群は、まっしぐらにオレたちがいる場所へと向かってくる。

 凄い速度だ。

「いけぇ!」

「ほらよ!」

 トダとカドタが、そんな魔群に向かって、攻撃魔法を放った。

 カガ神官長が稼いだ時間をかけて練りあげた、特大の攻撃魔法だ。

 二人が放った光球は、まっすぐこちらに向かっていた魔群に直撃して、魔群も一度たじろいだかのように動きを止める。

 その魔法の効果が消えないうちにと、オレは短剣を大きな動作で振りおろした。

 魔群の体に、斜めに大きな亀裂が生じ、その傷がそのまま焼けただれて、煙をあげはじめる。

 オレはさらに短剣を何度も振るって、魔群の体を切り裂いた。

 手足が切断された魔群は、その場に倒れる。

 最初の魔法ほど強力なものではなかったが、早口に呪文の詠唱を完了したトダとカドタ、それにチドリの攻撃魔法が、次々と倒れた魔群へと降り注いだ。

 オレも執拗に短剣を振り、魔群の体を切り刻む。

 魔群の体は徹底的に分断され、破壊され、完全に沈黙した。


「終わった、のか?」

 トダがそういって、その場に膝をついた。

「にしても、犠牲が大きすぎるな」

 カドタがいった。

「あれだけいたユウシャが、この場に残った三人きりになっちまった」

「でも、これからがきついなあ」

 チドリがいう。

「あれが最後の魔群とも思えないし」

「おい!」

 オレは、鋭い声を出してしまう。

「不吉なことをいうなよ!」

 事実であるにせよ、今、この場でいう意味がない言葉というのはある。

 ユウシャのほとんどを失う羽目になったあの魔群たちも、おそらく、魔群全体から見ればごく一部の、ありふれた連中なのだ。

 オレたちがあれだけ強力な集団に遭遇してこなかったのは、単なる巡り合わせでしかない。

 つまり、運がよかっただけで、その幸運がこれからも続く保証などはどこにもないのだ。

 ただそんな事実は、大勢のユウシャたちを失ったこの場所で、改めて確認をする必要がなかった。

 なんといっても、不吉だ。

 そんなオレの思考が終わらないうちに、どこからか、いや、頭上から、聞き覚えのある異音が響いてくる。

「おい、これは!」

「まさか、そんな」

 トダとカドタが狼狽した様子で左右を見渡した後、顔を真上に向ける。

「チドリ!」

「お前が変なことをいうから、新手が来ちまったじゃないか!」

「そんなの、魔群のせいに決まってんでしょうが!」

 チドリは大きな声で抗弁する。

「そんなことまでこっちのせいにしないで!」

「とはいえ、出て来ちまった以上は、どうにかして始末をするしかないわな」

 地響きをあげて、かなり遠くに着地した魔群は、これまでに倒してきた二本足歩行の虫型だった。

 ただし、その大きさは。

「今までのやつよりは、よほどデカいな」

 トダが、そう指摘をする。

「二倍、とはいわんが、一・五倍くらいはある」

「そのかわり、今度はたった一体だ」

 カドタがいった。

「もう一働き、いくぞ」

「最後までやりきらないと」

 チドリも、そういう。

「これまでにやってきたことが全部無駄になっちゃうもんね」

 こんな状況であっても、やつらは決して弱音を吐かなかった。

 オレの存在を意識して、虚勢を張っていたのかも知れないが。

 しかし、オレの含めたこの四人だけで、あの特大の魔群を倒せると信じていた人間は、実は誰もいなかったのではないか。

 オレはといえば、この時点でもう本当に疲れ切っていて、なにもかも放棄してこの場で寝そべって、そのまま眠りたい気分だった。


「おれ、こっちに召喚される前は長いこと失業中だったんだ」

 カドタが、早口のニホンゴでそんなことをいだした。

「おれは三浪中、実家が開業医でな」

 トダは、そういう。

「わたし、引きこもり」

 チドリは、そういった。

「こっちに来てから、死ぬような目にも遭ったし、何度か死んだし、今度こそ本当に死ぬだろうけど」

 カドタはそう続ける。

「それでも、後悔はないな。

 元の世界にいても、半分死んでいるようなもんだったし」

「同感」

 トダは、そう続ける。

「少なくとも、ここでおれたちがやって来たことには意味がある」

「こっちに来てからだよ」

 チドリはいった。

「自分がやったことを、誰かに喜んで貰えたのは」

 三人はそんなことをいい合って、頷き合う。

 オレは、立場上、ニホンゴをかなり聞き取れる。

 もちろん、ときおりオレが知らない言葉は混ざっているわけだが、少なくとも大意は掴める。

 しゃべる方は片言もいいところだったが。

 そのことを、オレとつき合いが浅かったこの三人は知らなかったようだ。

「なんとしても、この三人だけであれを倒すぞ」

 トダがそういうと、他の二人は深く頷いた。

「これ以上、こっちの世界の人間が死ぬのを間近に見たくない」

 そうした会話を間近に聞きながら、オレはなにもいえなかった。

 疲れていて、頭がよく働かなかったということもある。

 が、それ以上に、そこまで決意をした人間に対して、かける言葉が見つからなかった。

「さて、そろそろやつがこっちの射程内に入る」

 カドタが、迫り来る魔群に視線を据えていった。

「生き残りのユウシャがどこまでのもんか、あいつに教えてやろうじゃねえか」



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