第50話 死闘と、神官長。

「へい、ユイヒ!

 聞こえているかな?」

 唐突に、オレの耳に聞き覚えがある声が響く。

「ユウシャにして伝達の秘蹟持ち、チカゲちゃんでーす!

 トリイにあんたの位置を教えて貰ったんで、この声を送っています。

 知っての通り、こちらの秘蹟は一方的声を届けるだけのものなので、返事をしてもこちらには届きません。

 とりま、今の状況から知らせていくね」

 えらく軽い口調だった。

 チカゲらしいといえばらしいのだが、正直にいって今の状況には不似合いでもある。

「今、虫型巨大魔群は一目散にそちらに向かって進んでいます。

 全部だよ、全部!

 凄いねえ、ユイヒ!

 どんだけ魔群のヘイト集めたらこんだけタゲられるんだよ!

 でもそのおかげで、つまり魔群が一斉にそっちに向かったせいで、ジガノはどうにか壊滅せずに済んだ。

 これはまあ、いいことといえばいいことなんだけど、諸手をあげて喜ぶほどでもない。

 っていうのは、魔群もそっちが片付いたら、速攻でこっちに引き返してくるはずだから。

 だからユイヒはそのまま魔群を引きつけておいて欲しい。

 具体的にいうと、いつまでも沈まずそのまま魔群を倒し続けて欲しい」

「それができれば世話ないんだがな!」

 オレは短剣を振るいながら、叫ぶ。

 チカゲにその言葉が届かないのは承知の上で、それでも叫ばずにはいられなかった。

 こっちはさっきから、かなり体力の限界に近づいている。

 仮に今の時点で魔群がいなくなったとしても、これ以上活発に動ける自信はなかった。

 いや、動くべき理由さえなくなれば、その瞬間に地面に転がり、そのまま意識を失うように寝てしまうと思う。

 気軽にいってくれるな。

 というのが、その時のオレの率直な感想だった。

「もちろん、ユイヒだけに任せておくつもりはないから!

 トリイがそっちに着いていると思うけど、生き残っているユウシャたちが全員そっちに向かっているからね!

 こっちにしても、ここで魔群を倒しきらないとお終いなわけで!

 だからユイヒももう少し、彼らが到着するまで踏ん張ってみて!」

「ユウシャが全員こっちに来ても、ここで全滅するのがオチだぞ!」

 オレは叫んだ。

 チカゲがいうことも理解はできるのだが、オレが見る限り、今ジガノに残っているユウシャが総力を結集しても、おそらくこの魔群にはかなわない。

 全力で抵抗をする。

 そのこと自体は間違っていないと思うが、実際の戦力差はそう簡単に逆転しないのではないか。

「とかいっているうちに、二番手のシライちゃんが着いた!

 流石は貴重な斥候、戦士たちより断然足が速い!

 今、シライちゃんは魔群からは距離を取って、次々矢を射かけています!」

 チカゲの解説は続く。

 というか、この異常時に他にやることはないのか、あいつは。

 とにかくそのチカゲの解説通りに、オレの前の魔群の一角が、オレが攻撃をする前に体勢を崩す。

 どうやら背後からの攻撃を受けたらしく、それですぐに倒されるほどの打撃は受けていなかったが、歩みを止めてその攻撃が来た方に注意を向けていた。

 その隙をオレは見逃さず、オレは背後を振り返った魔群から斬撃を送って倒していく。

 トリイの乱入もだが、魔群に対する直接的な攻撃よりも、そうして魔群たちの注意をオレから分散してくれることの方が、その時のオレにはありがたかった。

 なにしろこちらはいい加減、疲労により注力が散漫になっているのだ。

 全周囲を埋め尽くしている魔群にしても、そのすべてに気を払うのは不可能になっている。

 いや、正直にいえば、トリイが乱入してくるのがもう少し遅れて入れば、気力が保たなくなって、どこかで抵抗することを諦めていたはずだ。

 その意味で、つまり、オレを生かすという目的から見れば、ユウシャたちの介入は奏功しているともいえる。

 チカゲもいっていたように、そのユウシャたちにしてみても、あくまで魔群を殲滅するための方法として、オレの存在を利用することが上策であると判断したから、そう動いている部分もあるのだが。

 無駄な抵抗に終わる公算も、多々あるのだが。

 と、オレは思う。

 ここまで来たら、やれるところまでやってみるか。


 それからはもう、泥仕合だった。

 オレと、ユウシャたちと、魔群たちと。

 死力を尽くして、といえば聞こえはいいが、やっていることはずぶずぶの泥沼だ。

 オレ自身、意識が朦朧とするほどに疲れていたので、細かいことまではおぼえていないのだが。

 敵も味方も、大勢死んだ。

 結果を見れば、そういうことになる。

 ユウシャたちは、当初オレが予想していたよりは強かった。

 というより、全員が全員、命懸けで普段以上の力を出したのか。

 とにかく、オレの予想以上に粘って、魔群に攻撃を続けていく。

 それでも、その時点で生き返っているユウシャの中に、ベテラン勢や神官長クラスの割合は少なく、一撃で巨大魔群を倒せるユウシャは皆無だった。

 比較的非力な、実戦経験もさほどないユウシャたちが互いに連携して何度も攻撃を叩き込み、ようやう一体の魔群を始末することができるような有様で。

 そして、魔群の方は、まだ何十体も残っている。

 ユウシャたちは頑張った。

 オレが予想した以上の働きを示した。

 それは、紛れもない事実だったが、同時に、そうしたユウシャたちの働きは、目の前の現実を覆すほどの力も持っていなかった。

 オレの見ている前で、あるいは、視界に入らない場所で、ユウシャたちが次々と倒されていく。

 その様子を、チカゲの秘蹟によってオレは逐一知ることになった。

 どうもその時のチカゲは、遠見持ちのカドタと連携して、把握できた限りの戦況を実況していたらしい。

 もちろんそれは、感傷的な理由などではなく、オレをはじめとしてその時、魔群と対決していた人間全員に、効率よく戦況を伝えるためだった。

 だがその結果、オレたちが知ることになった内容は、非情にもオレたちの状況がどんどん不利な方に傾いていくことを知らしめた。

 確かに、ユウシャたちは当初予想していた以上に多くの魔群を倒してくれた。

 だが同時に、それと引き換えにして、もっと大勢のユウシャたちがこの戦いで倒れていった。

 実態に即していえば、そういう結果だった。

 そういう過程を経た結果、ついに生き残ったユウシャは十名以下になる。

 トリイもシライも、その途中であっさりと死んでしまった。

 カガ神官長とタマキ神官長はまだ健在だったが、生き残った他のユウシャたちと同様、どこかに傷を負っている。

 対する魔群の方は、まだ二十体以上も残っていた。

 そのほとんどが傷ひとつ負っていない状態であり、戦況はかなり厳しい。

 いや、率直にいえばほとんど勝ち目はないと、そう思ってきただろう。

 オレと生き残りのユウシャたちがこれ以上の死力を尽くしたとしても、そのうちの半分を始末できればいい方か。


「へい、ユイヒ!」

 いつの間にか、オレのそばまで来ていたチカゲがいう。

「そんなにしけた面をしているなよ!

 いざとなればこのユウシャ様がお前のことを守ってやる!」

「お前らは戦闘向きの秘蹟を授かっていないだろう!」

 オレはチカゲとトダ、カドタを見渡してそういった。

「なんでこんなところにまで来ているんだよ!」

「結果は同じだからな」

 予知の秘蹟を授かっていたトダがいった。

「ここで破れれば、おれたちも終わりだ」

「ならばいっそ、最後の瞬間までお前を守り続けていた方がいい」

 遠見の秘蹟を授かっているカドタがいった。

「たとえ無力ではあっても、ユウシャとはそうしたものだ」

「お前ら全員、馬鹿野郎だ!」

 オレもいった。

「元はといえば、オレたちが勝手に召喚したんだぞ!

 勝手にバタバタ死んじまいやがって!

 なんでそこまでやるんだよ!」

「そんなことをいわれてもな」

 チカゲはオレの方に顔を向けて、にやりと笑った。

「こうして召喚されてしまった以上、最後までユウシャしているしかないじゃない」

「そうそう」

 カドタがいった。

「どう転んでも、元の世界には戻れないらしいしな」

「これまで、生き返ることができたことの方が異常なんだ」

 トダがいった。

「そのボーナスがなくなった途端、弱腰になるっていうのも格好悪いだろう」

「そう悲観することもないぞ、ユイヒ」

 それまで黙々とスリングで投石攻撃を続けていたカガ神官長が、口を開く。

「なんといっても、まだ神官長が二人も残っている」

 カガ神官長の投石は、たかが投石とはいえないレベルの物だ。

 十分に勢いをつけて放った石は、高速で飛んで魔群の巨体を貫通している。

 その時に穿たれた穴も、石自体の大きさよりも何倍も大きかった。

 それだけで魔群を倒しきるほどではなかったが、魔群に対してかなりの打撃を与えて弱らせている。

 このカガ神官長の攻撃でできた隙を他のユウシャたちが突く形で、これまでにかなりの魔群が倒されていた。

 今、オレたちがこうして持ちこたえていられるのも、カガ神官長が継続的に周囲の魔群を投石攻撃により、牽制していたからだろう。

 問題なのは、攻撃用の秘蹟を持つユウシャが、この時点でカガ神官長以外はすべて倒れていることだ。

 それのように、カガ神官長と連携して魔群を倒すことが不可能になっている。

 オレ自身についていえば、疲労によって動きがかなり鈍重になっており、魔群を倒す効率もかなり落ちていた。

「そろそろ頃合いだと思いますので」

 それまで、他のユウシャたちの回復役を務めていたタマキ神官長が立ちあがって、カガ神官長に挨拶をする。

「わたしも、そろそろ失礼しますね」

「そうか」

 カガ神官長は、神妙な表情で頷いた。

「先に行くか。

 なに、わしらもすぐ後に続く」

「おい!」

 思わず、オレは叫んだ。

「なんだってあんたまで!

 あんたは、戦闘用の秘蹟なんか、授かっていないはずじゃないか!」

「これでも秘密にしていたからあなたは知らないでしょうけど」

 タマキ神官長は、なんともいえない、柔らかい笑みを浮かべた。

「これでもたったひとつ、とっておきの秘蹟があるんですよ。

 それにこういう時くらい、格好をつけさせてください。

 たまには母親らしいことをさせてくださいね」

 オレにそういい残して、タマキ神官長は魔群の方へと走り去る。



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