第47話 巨大な魔群の始末法。

 巨大な、二本足で直立する昆虫。

 そんな形状の魔群だった。

 黒光りをする堅そうな光沢を持つ体表を持っており、体の側面から何対かの脚が左右に飛び出していて、不気味に蠢いている。

 見あげると首が痛くなるほどに背が高い。

 また、面倒そうな。

 オレはそう思いながら、全速でその魔群の足元に近寄り、そのままの勢いを殺さずに手にしていた短剣を振り切った。

 これだけ巨大な体をたった二本の足で支えているとなると、その負担も相当な物になるはずで、その足を傷つければこの魔群もこの場に倒れ、移動しにくくなるだろう。

 と、そのように考えたのだ。

 オレは、この魔群よりも遙かに小さい。

 体重比でいえば、数十分の一とか、あるいは百分の一以下になるかも知れない。

 それくらい大きさが違う生物同士が戦うのだから、一気に片をつけることはどだい不可能といえた。

 ナナシの力をまとったオレの短剣はそのまますっぱりと、妙にゴテゴテした凹凸のある魔群の足に長い切れ目を入れる。

 オレ自身の身長よりも長い切れ目で、斬った瞬間にそこからどろどろろした濃い緑色の体液が吹き出した。

 しかしその体液は、すぐにまるでそれ自体が生きているかのように蠢いて傷ついた箇所を覆い、そのまま素早く硬化しはじめる。

 おいおい。

 と後ろを振り返ってその様子を確認したオレは思った。

 こんな巨体のみならず、そんな修復機能まで備えているなんて。

 こいつは、今までにオレたちが相手にしていた魔群とは、かなり性質が違うような気がした。

 極端に、倒すのが難しくなっているような。

 その魔群はオレの攻撃などなかったように、そのまま大股に歩きはじめる。

 その巨体のせいで歩幅も大きく、オレの攻撃がつけた傷はどうやらその魔群にはなんのダメージになっていないらしいことがわかった。

 どうやって倒すんだよ、こんなもん。

 そう思いつつ、オレはその魔群を追いかける。

 すぐに次の攻撃をするよりは、もっとしっかりと考えて、確実にこいつを倒せる方法を先に見つけた方がよさそうだ。

 そんなことを考えていると、オレが追っている巨体にいくつもの矢が飛んできて、そのまま命中。

 命中した箇所が大きく、球形に消失する。

 シライの秘蹟か。

 と、オレは悟る。

 どうやらシライは、オレが留守にしている間に自分の矢を補充していたらしい。

 巨大な昆虫型魔群の、体のそこここに大穴が開いてねばねばした体液がそこから流出しはじめた。

 今度は欠損した部分が大きすぎて、どうやらすぐには修復できないらしい。

 それを幸いと、シライの矢は次々と続けて飛来してくる。

 一発程度では致命傷とはならないのだろうが、何発、何十発と食らえばこれほど大きな魔群でも、かなりのダメージになるのではないか。

 魔群は歩みを止め、体の左右から延びている脚を振り回してシライの矢を弾こうとする。

 シライの矢のいくつかがその脚に命中して、その部分から脚が分断される。

 剛毛の生えた接触動物の脚、しかし、人間の体よりもずっと大きな物体が、地響きを立てて立て続けに何本も地面に落ちた。

 そうした矢に混ざって、火の玉がいくつか、別々の方向から魔群に向かって飛んでくる。

 どうやら、シライの攻撃に勇気づけられて、何人かの人間がほぼ同時に攻撃魔法を使いはじめたらしい。

 攻撃魔法は、ユウシャもそれ以外の普通の人間も使うことができ、しかも威力は誰が使おうともさして変わらない。

 一度に十発以上もの攻撃魔法をまともに食らった魔群は、大きく身震いをした。

 発声する気管がないのか、悲鳴らしい声こそあがらなかったが、攻撃がかなり効いているように見える。

 特に、シライの秘蹟が穿った大穴に命中した火の玉は、そのまま周囲を焼いて吹きこぼれる体液を固め、露出した部分を焼いていた。

 この魔群が肉体を修復することに優れていたとしても、患部がすっかり焼けてしまったら、普通の傷よりは再生をするのが困難になるはずだ。

 この魔群に攻撃を続けている連中は、着実に、この魔群に対して打撃を与えている。

 そのこと自体は喜ぶべきこことなんだろうが。

 オレは、魔群の動きを不審に感じる。

 あれだけ大仰な出現の仕方をしたやつが、このままあっさりと倒されるとも思えなかった。

 しばらく、人間側の攻撃を受ける一方だったその魔群は、体の左右から延びた脚を縮めて動きを止める。

 なにをするのかと思っていたら、背中から大きな羽が広がり、その羽をものすごい勢いで震わせて周囲の空気をかき乱した。

 魔群のオレはその勢いに抗することができずに、転がり回す寸前で逃げたす。

 見ると、周囲に散らばっていた小さめの瓦礫なども、その魔群の羽が作り出した風吹き飛ばされている。

 嵐だな。

 と、オレは思う。

「ナナシ!」

 その風を背に受けて走りながら、オレは確かめた。

「あいつに飛ばれると厄介だ!

 あの羽を壊すことはできないか!」

「可能」

 ナナシは即答する。

「そのまま、羽に向けて攻撃をすればいい」

「距離が空いていてもか?」

「距離が空いていても、攻撃を届ける」

 それなら。

 オレはその場で足を止め、強風に吹き飛ばされないように踏ん張りながら、振り返る。

 そして、抜き身のままだった短剣をそのまま大きく、上から真下へと振り下ろした。

 透明な、カゲロウかトンボのような巨大な羽が、根元から切断されて落下しはじめる。

 オレはそのまま同じ要領で、もう一度魔群の羽を斬り落とした。

 これまでだってオレは、ナナシの力に追ってこの短剣の刃渡りよりもずっと長い切り口を作っている。

 そのことを考えれば、離れた場所にある魔群の羽を一刀のもとに断ち切ることも、別に不思議ではなかった。

 ナナシができると断言するのだったら、それはできるのだ。

 というように、オレは納得することにしている。

 突然左右の羽を斬り落とされた魔群は、それまでの泰然とした様子とは打って変わって、細かく素早い動作で首を震わせ、左右を見渡す。

 自分になにが起こったの、理解できない。

 そんな風に、戸惑っているようにも見えた。

 通常の意味での知性をあの魔群が持っているのかどうか、オレにはどうにも判断できなかったが、あの魔群にとっても想定外の、理解しがたい事態が起こっていることは、本能的に感じ取っているらしい。

「このままあの魔群の体も切り裂けないものかな?」

「それ自体は可能だが、効果があるかどうかは不明」

 調子に乗ったオレがそういうと、ナナシが即答をする。

 ふむ。

 ナナシの機能としてはあの魔群を切り裂くことはできるのだが、あの魔群に効き目があるのかどうかは、実際に試してみないことにはなんともいえない。

 どうやら、そういうことらしい。

 それなら、試してみるだけさ。

 オレはそう思い、持っていた短剣を渾身の力で、何度も振るった。

 上下に、左右に。

 その度、巨大な魔群の体に長大な亀裂が生じ、脚が切り飛ばされ、ドロドロした体液が周囲に散乱する。

 凄いな。

 短剣を振るいながら、オレはどこか冷静にそんなことを考えていた。

 ナナシの力。

 これはもう、なんでもありではないか。

 巨大な魔群は、立ち尽くしたままその場で解体をされているようなものだ。

 体重を支えていた二本脚も、何度かオレに斬りつけられた結果、ついには自重をささえられなくなり、すぐに無様に横転する。

 自分の体液で全身を濡らしながら、その魔群は細かく全身に生えた脚を震わせて蠢いていたが、その脚も片っ端からオレが切断してしまうと、今度は体を折り曲げて這うような動作をしだす。

 まるで、逃げようとするような。

 と、オレは思う。

 それでも、オレは攻撃する手を止めなかった。

 魔群の胴体を輪切りにしていくつかに分断し、胴体と頭部も切り離し、さらに細かいパーツに細切れにしたところで、ようやくその魔群は動きを止める。

 虫の形をしていただけあって、生命力が強い魔群だったが、生物型である以上、ここまで解体されれば、どうやら普通に死ぬようだった。


 そこまで細切れにされてもまだ動いている部分もあったが、オレはその魔群が無害な存在になった物と判断して手を止める。

 さて、逃げなきゃ。

 と、オレは思った。

 前にこのジガノでナナシの力を使った時は、絶えず高速で移動をしていた。

 仮に、その時のオレの姿を目撃していた者がいたとしても、オレがどんな姿をするのか確認をする前に見失っていたはずだ。

 だが、今回、オレは足を止めて、移動をせずにこの魔群を細切れにしている。

 この場でオレが奇妙な動きをしていたことは、何人かの人間が目撃していたはずだった。

「腹が減った」

 そう思い、オレが足を踏み出す直前に、ナナシの声が響く。

「この倒した物を、食べてもよいか?」

「食べろ」

 オレはいった。

「いくらでも、遠慮せずに」

「了解した」

 その言葉が終わるのか終わらないかのうちに、かなり広い範囲に飛び散っていた魔群の血肉が、一気に消え失せる。

「一気に全部食べたのか?」

 オレは訊ねた。

「一気に全部食べた」

 ナナシは即答する。

 どうやって、と問うのは無駄だった。

 ナナシになにができるのか、どうやってそれをやったのか、説明されたところでオレにはほとんど理解ができない。

 それよりも今が、誰かに止められる前にこの場から逃げ出す方が重要だ。

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