第46話 轟音と突風。再度破壊された町。元凶の正体。

 人間が大勢いる場所に住んでいれば、それなりに安心感は得られるのだが、すでにナナシの力を手に入れたオレの場合、それが賢い選択であるのかは慎重に考えた方がいい。

 ベッデルでだって、ユウシャとその他の普通の人間たちの関係は決して円滑なばかりでもなかった。

 基本的に人間というものは、特に集団としての人間は異物を排除しようとする傾向があり、オレはこれまでベッデルなどでその実例を何度も目撃している。

 ベッデルでのユウシャたちがまがりなりにも暮らして行けたのは、他の住人よりもユウシャたちの方が圧倒的な強者であったこと、そのユウシャの側がなにかと他の住人たちを立てて、風波が立たないように留意していたこと、それに神官長などのユウシャの中でも強い力を持つ者がしっかりとユウシャたちを監督していたからである。

 さらにいえばベッデルでは、そうした努力を持ってしても、ユウシャと他の住人との関係は、決してそのまま褒め称えられるようなものではなかった。

 立場上、オレはユウシャとその他の住人、その両方について観察する機会があったわけだが、表面的に円滑な関係のように見えて、一度ユウシャのみ、他の住民のみになるとかなり露骨にもう一方の側に対する嫌悪感をあらわにすることも決して珍しくはない。

 基本、人間とは自分とは違う他者を受け入れがたい生物なのだと、オレはベッデルで学んだ。

 翻って今のオレ自身のことを考えると、ナナシの力を手に入れたオレは、客観的に見てもユウシャ以上に普通の人間からかけ離れた存在になってしまっている。

 魔群が存在するから、その魔群に対抗する人材として共存すること自体は可能だと思うのだが、仮にそうしたとしてもそれはあくまでオレ以外の人間が妥協しているから可能になるのであって、オレ個人に対する反発心は時間が経つにつれて募っていくだろう。

 オレを便利に使うために表面上はちやほやと持ち上げるのかも知れないが、そうする時間が長引くほど、オレという怪物への嫌悪感は蓄積され、そして多分、いつかは暴発をする。

 魔群では同じ人間同士で争わなければならないとしたら、それはそれでかなり暗い未来図であるといえた。

 やはり、オレはこのジガノに長く留まるべきではないな。

 と、その夜、ジガノの外にあるなにもない場所で野営をしながら、オレはそう結論する。

 幸いなことに、ロノワ砦の吸魂管の回収が終わった今、オレがやるべき仕事はこの土地にはほとんど残っていない。

 この先、ユウシャたちとジガノの町の住人がどういう関係を結び、どういう結末に至ろうともオレ自身は関知せず、このまま早めにジガノの町から離れるつりだった。

 その後のことは、また改めて考えればいい。

 ベッデルやジガノのように、まだどこかに人間が集まって暮らしている場所があるかも知れないし、そんな、オレのことを誰も知らないような場所にたどり着くことができれば、ナナシのことを隠したまま普通の人間として暮らしていける可能性もある。

 だが、オレのことを知っている人間が多いこのジガノでは、駄目だ。

 いい未来が思い描けない以上、オレはこの土地を早めに離れるべきだった。

 それこそ、明日の朝にでも、誰にも告げずに立ち去ろう。

 そう決心をして、オレは眠りについた。


 そしてまだ夜が明ける前に、オレは轟音と地響きで目を覚ます。

 凄まじい音と風が、ジガノの方からオレの野営していた場所にまで到達してそのまま去って行った。

 なんだ?

 と疑問に思い、オレは身を起こす。

 突風に煽られて、オレが使っていた天幕はそのまま吹き飛ばされていた。

 ジガノの町の方に視線をやると、悲鳴や怒号が聞こえてくる。

 どうやら火災も起きはじめているらしく、あちこちの建物の天井付近いにちらちらと蠢く炎が見え隠れしていた。

 なにが起こったのか、詳細についてはわからなかったが、今、ジガノの町が現在進行形で災厄に遭っていることは理解できる。

 どうするかな。

 と、一瞬、オレは考える。

 このまま知らぬふりを決め込んで、ジガノから離れてしまうのもひとつの選択ではあるのだが。

「ああ!

 もう!」

 考えていた時間はごく短く、オレは勢いよく立ちあがると急いで自分の荷物をまとめてジガノの町へとむかった。

 オレがナナシの力を得る前ならば、かえってオレはそのまま悩むことなくジガノを離れてしまったはずだ。

 しかし今のオレは、自分が無力な人間ではないことを自覚している。

 ナナシの力を持ったオレならば、今のジガノの状況を少しは好転させることが可能なはずだった。


 ジガノの町は、控えめにいっても混乱した様子だった。

 時ならぬ騒ぎに誰もが起き出して叫び声をあげている。

 いや、実際に町のあちこちで火事が起きているのだから、恐慌を来して逃げ出すの当然だったが、それを統制しようとする者がいる様子もなく、みんながみんな、それぞれの判断で勝手に騒ぎ、より安全な場所へ逃げようとしてあちこちで衝突し、揉み合いが起こっているような状況だった。

 つまり、見える範囲に今なにが起こっているのか、理解している人間がいなそうだった。

 仕方がないか。

 しばらく、人混みから離れて周囲を観察したオレは、ボイネ神殿へと足を向ける。

 あの急造の神殿がまだ無事だとは思わないが、誰かしらは残っているだろう。

 その時、オレのいた場所から一番近い神殿が、ボイネ神殿だった。

 オレがボイネ神殿を目指したのは、それ以外の意味はない。

 神殿にいる神官長の誰かならば、なにかと修羅場に慣れているし、この状況についても知っている限りのことを説明してくれるだろうと、そう予想したのだ。

 ボイネ神殿は、オレが予想をしていた通り、無事ではなかった。

 急造の、あり合わせの材料を組み立ててどうにか神殿の形に仕立て上げた建物はとても脆く、このジガノの町を襲った災厄には耐えられなかったらしい。

 そんな急造の神殿だけではなく、元からこのジガノにあった建物も、いくつかは倒壊していることを移動の途中でオレは確認をしていた。

 もともと、巨大な魔獣の襲撃を受けた時に相応のダメージを受け、それを補修してどうにか使用していた建物が多かったことも関係しているのだろう。

 あの時の騒ぎで完全倒壊した建物については、その在外は撤去されて更地になっていたのだが、かろうじて残っていた建物もかなりの部分、今度こそ、完全に壊れていた。

「なにが起こった?」

 壊れたボイネ神殿の跡地に立っていた人間を捕まえて、オレは訊ねた。

「わからん!」

 そいつは、怒鳴るような声で答える。

「いきなり大きな音と、それに突風が吹いて周囲の建物を薙ぎ倒していった!」

 風の力で、か。

 その音と風は、町の外にいたオレも観測していたが、そこまでの被害をもたらすようなものだとは想像していなかった。

 いくら壊れかけたのを補修して、無理矢理使っているとはいえ、周囲の建物を根こそぎ倒していくような突風の存在を、オレは知らない。

 知らないものは、想像のしようがない。

「そこにいるのはユイヒか!」

 その時、オレの知っている声が聞こえた。

「ああ!」

 オレは声がした方に顔をむけて返事をする。

「ここでなにが起こったんだ!」

「わからん!」

 カガ神官長は叫んだ。

「これから確かめにいくから、ついて来てくれ!

 どうやら、なにか巨大な物体が落ちてきたらしいんだが!」

「隕石か!」

 オレは訊ねた。

 ごくまれに、そういうことが起こることがある、とは、聞いたおぼえがある。

 ただ、滅多に起こることはないし、たまに起こったとしては大半は人里から離れた場所に落ちるとも、聞いていたが。

「そうかも知れんし、そうではないかも知れん!」

 カガ神官長はいった。

「これからそれを確かめにいくんだ!」

 カガ神官長は、タマキ神官長経由でオレがナナシの力を手に入れたことを聞いていてもおかしくはない。

 いや、きっと、聞かされていたのだろう。

 だから、今回のような場合、オレのを指名して同行させるのは理にかなっていた。

 オレにしても、なにが起きたのか知りたかったので、カガ神官長に同行することには、抵抗を感じない。


 オレたちは連れだって原因が起こった場所へと急ぐ。

 建物が倒れている、その逆の方向にいけばよかった。

 そうした建物は、突風によって薙ぎ倒されたからだ。

 進むに従って倒れている建物が多くなり、ある地点まで進んだところで、オレとカガ神官長は足を止めた。

「魔群、だと!」

 カガ神官長が、吐き捨てるような口調で叫ぶ。

 直立して二本足で立っている昆虫のような物体が、遙かに上からオレたちを見下ろしていた。

 ただしその大きさは、このジガノのどんな建物よりも大きい。

 カガ神官長が不機嫌になるのも道理、この自体は想定できるうちで最悪に近い物だった。

 どうやら一瞬でジガノを壊滅させたあの突風は、この黒光りする肌を持った昆虫型の魔群がどこか、途方もなく高い場所から落ちてきた衝撃波だったようなのだ。

「ナナシ!」

 瞬間、オレは叫んでナナシの力を解放する。

 今、このジガノであの魔群をどうにかできるのは、多分オレ一人のはずだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る