第45話 回収。ナナシの扱い。今後のこと。ジガノへの帰還。

 結論からいうと、オレはナナシの力を使うことにした。

 ジガノでの時のような緊急時ではなかったが、よくよく考えれば今のオレに惜しむようななにかはない。

 強いていえば自分の命くらいのものだが、これだってこんななにかと不安定なご時世では後生大事に抱えるような価値があるのかどうか、かなり疑問だった。

 現にこのガジノで回収した吸魂管などは半分以上が破損をしていて、つまりはオレが回収に来た時点ですでに生き返らせることができないような状態であったわけだが、つまりはこんな世の中では生死の境などちょいとした弾みでどう転ぶのかわからない、それほど軽いものでしかないわけで。

 さらにいえば、ナナシの力を借りなければ、そうした吸魂管のほとんどはオレには回収不能なまま放置をされていたわけで、オレが自分の命を惜しんでまでそうした吸魂管を回収することを諦めるのは、どう考えても不釣り合いではないのかと、そう考えたのだ。

 つまりは、

「死ぬべき時には死ぬし、生きるべき時は生き延びる」

 という一種の達観した部分がオレの中にはあったので、別にナナシという得体の知れない存在に対する警戒心が薄れたわけではないのだが、

「利用できる力を利用しないまま死ぬよりは、利用し尽くしてから死ぬ方がいくらかはマシではないか」

 と、オレはそう考えたのだ。

 こんな世の中では生死の境を分けるのはものの弾み程度の、ごく些細な差でしかない。

 そのことが身にしみているので、たまたま自分に与えられた力をあえて使う。

 使わないうちに死ぬよりは、使った上で死に近づく方がいい。

 というのが、その時点でナナシについてのオレの選択だった。

 もちろん、頻繁には使うつもりはなかったし、それなりの必要性に迫られない限りは乱用するつもりもなかったが。

 いざとなればナナシの力に頼ることができる。

 そう考えていただけでも気持ちに余裕ができることは確かであり、ジガノへ来る道のりでもその事実が随分とオレの気持ちを軽くしてもいた。


 数日をかけてオレはロノワ砦の中を探し回り、瓦礫を除けて、吸魂管を回収する。

 ベッデルほどには人の数が多くなく、つまりはユウシャの人数も限られていたはずだが、それでもロノワ砦自体がそれなりに大きかったので、探索を終えるまでには数日の時間を必要とした。

 それだけの日数をかけてどうにか破損していない吸魂管を集め、持参してきたかなり大きな布袋に詰め込む。

 量的なことをいえば、どうにか一回ですべて回収できそうだった。

 ただし、荷物としてはかなり重く、オレの力では持ち帰るのにかなり苦労をする。

 帰路は無理をせずに、休み休み移動するしかないようだ。

 オレは来る時に狩った獣の肉を時折ナナシに与えながら、再び重たい荷物を背負ってジガノの町を目指す。

 帰りは、来る時の倍以上の時間をかけたので、様々なことを考える時間があった。

 歩きながらオレが考えていたのはもっぱら自分のこれから、将来に関することで、このナナシを背負ったままではあのジガノの町に居続けるのも難しいかな、とか思っていた。

 限られた期間内、あのジガノに滞在するくらいならば問題はないだろう。

 だが、永住するのは、現実的に考えるとかなり難しい。

 というのが、オレの結論だ。

 ユウシャでさえ、ジガノの人間に受け入れられるのかどうかわからないのに、さらに輪をかけてわけがわからない、不気味なナナシの力を宿したオレまでも冷静に受け止められるのかどうか。

 そう考えると、オレがジガノの町に、いいや、他の、人間が集まるどんな土地にいっても、素直に受け入れられるのは困難なのではないか、と、オレは思う。

 オレ自身、今は大人しくおれのいうことに従っているナナシが、なにをきっかけにして暴走をするのか、気が気ではないのだ。

 一応、タマキ神官長はナナシのことについて口止めをしてくれていたが、それだっていつまで保つのやら、かなり危うい。

 実際、ユウシャのシライはオレとナナシのことに真っ先に気づいていた。

 その他にも、オレの挙動の不自然な部分に気づいてなにかと嗅ぎ回りはじめる人間が出てこないとも限らない。

 いや、きっと、いつかは出てくるだろう。

 つまり、秘密にしようとしてもいずれはボロが出る可能性が高いわけで、だとしたら、どこかの時点できっぱりと接触を断ち、他の人間から離れて暮らすのもひとつの選択なのではないか。

 そうしておけば、ボロが出る可能性はかなり低くなるし、なにより、ナナシが制御不能になった時に、犠牲になるのはオレ一人で済む。

 ダムシュ爺さんがそうしていたように、オレ自身も世捨て人同然の暮らしを選ぶってわけだ。

 あまり明るい未来とはいいがたいが、そこそこ無難な選択ではある。

 第一、仮にジガノなり他の人間の居住地なりに身を寄せたとしても、こんな状況ではあまりいい暮らしができるとも思えない。

 自分一人だけのことを考えてあちこちを放浪するのがいいか、それとも、周囲の目を気にかけ、半永久的にビクつきながら戦々恐々として過ごすのかいいのか、その二つを比べたら、たいして違いがないような気がした。

 周りに誰もいない場所で、自分一人の心配だけをして暮らしていれば、少なくとも気が楽でもある。

 そしてまた、皮肉なことに、ナナシの力に頼れることができる今のオレは、以前とは比べものにならないくらい、無人の地で安全に過ごすことができる。

 明るいんだか暗いんだかわからない、いや、暗い未来予想であることは確かなのだが、しかしナナシが存在することによって、少なくとも魔群による被害に関しては、以前よりもずっと対処しやすくなっているのだった。


 そんなことを考えながら、オレは往路の時の二倍以上の時間をかけてジガノに戻る。

 ベッデル周辺をうろついていた時のように、詳しい土地勘があるわけではなかったが、こんなだだっ広い、なにもない場所では漠然とした方角さえ間違わなければ、いずれは目的地に着く。

 実際、オレはロノワ砦まで、迷うことなく到着をすることができたいし、ジガノにもまっすぐに戻ることができた。

 遠目に見えてきたジガノの町は、出発した時よりは活気があるように思えた。

 瓦礫は大方片付けられ、完全に倒壊した建物はともかく、部分的に壊れた建物に関しては、それなりに手を入られて補修もされているように見えた。

 全般に片付いていて、そして、なによりも人の数が出た時よりも多くなっているように見える。

 生き返ったユウシャが増えたのか、それとも、新たにジガノの町に到着した人間が増えたのか。

 いいや、その両方だろうな。

 と、オレは予想する。

 出る前に聞いたところでは、海上は陸上よりも魔群と遭遇する頻度が少ないそうで、つまりはそれだけ安全に交通をすることができるということだった。

 おそらくジガノは、他の似たような港を持つ場所と頻繁に人の出入りがあるのだろう。

 ひょっとしたら、今回のジガノの危難が伝わって、どこかの町が復興のために臨時に人手を回してくれたのかも知れなかった。

 そういう連携がある部分は、内陸でほぼ孤立していたベッデルとはかなり事情が違っている。


 遠目から見た印象通り、実際に到着したジガノの町は予想外に賑わっていた。

 やはり、人の数が多い。

 と、オレは自分の観測が確かだったと認識する。

 オレは通りかかったベッデル出身者の顔見知りに声をかけ、吸魂管の持ち込み先、つまり、今、ユウシャを生き返らせる儀式を行っている場所を訊ねる。

 その人がいうには、倒壊した建物の瓦礫を片付け、空き地になった場所に七つの神殿の役割をする場所が設けられており、そのどこに持ち込んでも問題はないということだった。

 つまりは、その臨時で設けられた即席の神殿すべてで、フル回転でユウシャを生き返らせているわけか。

 そんなことを思いながら、オレは一番近いと教えられた神殿へと移動する。

 そこはたまたま、オレ自身がベッデルで所属していたボイネ神殿だった。

 神殿、とはいっても、到着して目の当たりにしてみると、急ごしらえの安普請で、かなりお粗末な建物だったが。

「なんだ、ユイヒじゃないか」

 その神殿の中に入って案内を請うと、すぐに出て来た青年がオレに声をかける。

「お前さんも無事だったのか」

「ええっと」

 その青年の顔をまじまじと見つめた後、オレはいった。

「ひょっとして、カガ神官長?」

 同じようなやり取りを、前にコレエダ神官長としたことがあるな。

 そんなことを思いながら、オレは訊ねる。

「そうだ」

 青年の姿となったカガ神官長は、そういって胸を張った。

「どうだ。

 この若い姿も溌剌としてなかなかのもんだろう」

「いや、外見はどうでもいんですけどね」

 オレは、即座にそういった。

「なんにせよ、無事の生還、おめでとうございます」

 どうもユウシャというやつは、一度死んで若返ると、見分けがつきにくくて困る。

 そんな挨拶も適当に切り上げて、オレは持参した鞄に満杯の吸魂管をカガ神官長に預けた。

「こちらは、ロノワ砦から回収をして来た吸魂管になります」

「そうか」

 オレから鞄を受け取ったカガ神官長は、神妙な顔をして頷いた。

「まだ未処理の吸魂管がかなり残っているから、これを処理するのはかなり先になりそうだが。

 それでも、いずれはすべて生き返らせる」

 どうやらオレがこのジガノを留守にした理由も、タマキ神官長から聞かされたらしい。

「もう神官長は全員、生き返っているんですが?」

 オレは訊ねた。

「いいや」

 カガ神官長は、そういって首を横に振る。

「神官長で生き返っているのは、わしとスズキ神官長くらいなものだな」

 オレが出発する前にすでに存在した吸魂管のすべてが処理されていないとなると、ユウシャの神官長全員が生き返っていないことも納得ができる。

 つまりは、確率の問題だ。

「お前さん、これからどうするんだ?」

「何日かはこの近くに泊まるつもりですが、その先は決めていません」

 カガ神官長に訊かれたので、オレはそう答える。


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