第44話 ひさしぶりの一人旅。ナナシの待遇。死の砦。死の捜索。

 いつまでも食っちゃ寝生活を続けているわけにもいかないので、オレは自発的に旅に出ることにした。

 一応、タマキ神官長にも相談してた上でのことだったが、状況が落ち着いてくれば、シライのようにオレとナナシのことについて怪しむ人間も自然と増えるはずで、そうなる前にジガノから離れてほとぼりを冷まそうと目的もあった。

 いや、それ以上に、このままジガノに居続けても復興作業その他のしんどそうな肉体労働に駆り出されるのがオチなので、その前に逃げようという思いの方が大きかったが。

「そうね」

 タマキ神官長は、そういってオレの提案を受け入れてくれる。

「今のあなたには、一人になる時間も必要だろうし」

 こういう、この人のなにもかも見透かしているような態度がオレは嫌いだったが、オレのことを好きにさせておくことろは都合がよかった。

 他に挨拶をするべき人間も思いつかなかったので、オレはそのまま、ほとんど荷物を持たずに身ひとつでジガノを発つ。

 一応、外向けの口実としては、

「ロノワ砦にまだ残っている吸魂管を回収する」

 ための旅、ということにしている。

 後で訊ねられたらそう答えることにしている、という意味だ。

 もちろん、吸魂管の回収も実際にやるつもりだったが、オレとしてはそれ以上に、ナナシという厄介な協力者の性質をこの旅の間に見極めようという思惑があった。

 ナナシはおれに魔群の死体以外の対価を今のところ求めていないが、だからといって即安心できるものでもない。

 ナナシは魔群自体と性質的に共通する部分が多過ぎたし、これまで比較的無害であるからといっても、これからもそのまま無害なままでいるという保証はどこにもなかった。

 オレとしては、このナナシの力を気軽に乱用するつもりもなかった。

 どうやらダムシュ爺さんは似たような物に取りつかれているらしいのだが、その爺さんにナナシの取り扱いについて問いただす機会もオレには与えられていない。

 つまりナナシについては自分自身で試行錯誤をして適度な扱い方をする必要があるわけで、そのためにはタマキ神官長が指摘をした通り、他に人目がない場所で、一人きりになる時間を持つことが必要だった。


 一日、二日、三日。

 オレは、何日も自分の足を動かし続けて黙々とロノワ砦を目指す。

 特別にナナシに語りかける、ということもなかった。

 オレとしてはナナシについて、あまり関係を深めない方がいいという危惧を抱いているわけであり、必要が生じない限り、気軽にこちらから語りかけるということも避けている。

 それに、オレは自分の足で歩くということに慣れていた。

 ベッデルがああなる前は、ずっと一人で歩いて来たのだ。

 ここのところ、他人の足に合わせてゆっくりと移動してばかりだったし、十分に休養と食べ物を与えられた上で、自分の足で歩き続けることはオレにしてみれば快感でしかなかった。

 大勢の人間の中で埋没しているよりは、こうして単独行動をいる方に慣れているし、オレにも合っている。

 そんな、気がする。

 その移動中、魔群に遭遇する回数が以前よりもずっと多くなっていることに気づく。

 オレは逃げたり隠れたり、以前のように姑息な手段を繰り返してそうした魔群をやり過ごした。

 前にもいったが、ユシャたちのように正面からやり合うのはオレのやり方ではない。

 そんな真似をしていたらいつまで経っても目的地に着かないし、命だっていくらあっても足りやしない。

 そうした繰り返しについて、今回、以前よりも楽に感じたのは、おそらくいざとなればナナシの力を解放すればどうにかなるという安心感を持っていたからだろう。

 オレがナナシという存在を恐れているのは確かだったが、同時に、あてにしてもいた。

 一見して矛盾しているようだったが、そうした相反する感情を同時に抱くのは、オレたちベッデル出身者にはお馴染みのことでもある。

 オレたちはこれまで、ユウシャという不自然な存在に対して、ずっとそうした相反する感情を抱き続けているからだ。

 ナナシとの契約を結んだ今のオレは、いってみればユウシャ同然の存在をごく身近に侍らせているようなもので、しかもナナシの力は大抵のユウシャよりもずっっと大きいときている。

 実際、オレとしてはこのナナシという存在を持て余している部分も大きかった。


 多数の魔群をやり過ごしながら、オレは一月近くをかけてロノワ砦に到着する。

 いや、日数は途中で勘定をするのが面倒くさくなって数えるのは止めてしまったが、他の連中といっしょになって旅をしている時よりはずっと短く済んだのは確かだ。

 そして、ロノワ砦は、すでに完全な廃墟になっていた。

 ユウシャのトダがいった通り、ロノワ砦は大量の魔群に襲われたらしい。

 古ぼけた城壁もところどころ完全に倒壊しており、この様子では中も無事には済んでいないだろう。

 なにより、人の気配というのがまるで感じられない。

 予想していたことではあったが、その荒れ果てた様子を目の当たりにしたオレは、大きなため息をついた。

 このロノワ砦には、当時かなり大勢の人間が居住していたはずなのである。

 オレは壊れた城壁を抜けて、砦の中に入る。

 見慣れた光景が、廃墟と化してそこに広がっていた。

 大小、多種多様な魔群の死骸に混じって、すっかり干からびた大量の人骨がそこいら中に転がっている。

 砦が襲撃をされてからかなり経つので、そうした死体からは生の痕跡を想起させるような生々しさがまるっきり抜けていたが、すっかり風化しておかげでかえってここで起こったことの凄惨さが強調されているような気分にもなった。

 死の砦、か。

 と、オレは思う。

 オレたちもあのまま居留地に残っていれば、そこいらに転がっている人骨の仲間になっていたわけだ。

 魔群の襲われていた時、ここの連中はどんなことを考えていたのだろう。

 ユウシャのトダを通じて、この魔群の襲来は予告されていた。

 にも関わらず、この砦に留まりそのまま全滅をする。

 愚かといえば愚かな選択であったが、その間違った選択をオレは笑う気持ちには慣れなかった。

 やつらはおそらく、逃げること、生き延びることに疲れ切っていたんだ。

 その気持ちは、オレなどにもある程度は共感できる。

 こんな苦労が多い世の中では、いろいろな気持ちがすり切れていくのも仕方がない。

 ただ、オレは、今のところそこまですり切れてはいなかった。


 すっかり廃墟と化した砦の中を、オレは一人で吸魂管を探して歩く。

 七つある神殿からはじめて、民家の一軒一軒を片っ端から屋探しをしていった。

 ある意味で単調な、時間がかかる仕事だったが、オレは焦るべき理由も持っていない。

 時間がかかるのは最初から承知していたことでもあるし、それにむしろこの砦に留まる時間が長れば長いほど、オレにとっても都合がよかった。

 ただ、困ったのは。

「魔群の死体が、なあ」

 ジガノに出た魔群ほどに巨大ではなかったが、この砦を襲った魔群の中にも大きな種類が混ざっていた。

 少なくとも、オレの力では動かせないほどには、大きい。

 その魔群の死体を前にして、オレはしばらく途方に暮れる。

「ナナシ!」

 少し思案をした後、結局オレはナナシに話しかけることにした。

「この死体を食べることはできるか?」

「できない」

 ナナシは、ひさびさに呼びかけたのにも関わらず、即答する。

「ナナシはユイヒが殺した物しか食べられない」

「なんだ、それは」

 オレはぼやいた。

「とんでもない制限だな」

 ナナシが出した条件は、オレの予想を超えていた。

「オレが殺した物なら、魔群以外も食べられるのか?」

「食べられる」

「厄介な偏食だなあ、おい」

 そういって、オレは別ことを訊ねた。

「それでは、お前にこの死体をどうにかすることはできないのか?」

「どうにかすることは可能」

 ナナシは答えた。

「前にしたように、ユイヒがナナシの力を行使すればいい」

「あれなあ」

 オレはそういって頭を掻いた。

「できれば、やりたくはないんだが」

「他の方法を、ナナシは知らない」

 ふむ。

 どうするかなあ、とオレは考える。

「あの力を使うと、お前、腹が減るんじゃなかったか?」

「腹は減る」

 ナナシはいった。

「だが、補充は可能」

 働かせる以上、耐火を用意しろということか。

「オレが殺した物ならば、魔群でなくてもよかったんだよな?」

 オレは、そう確認する。

「たとえば、これなんかでも大丈夫か?」

 そういって、オレは荷物の中から旅の途中で作った、小動物の燻製を取り出す。

「大丈夫」

 ナナシは平坦な口調で応じた。

「量は?」

 オレはさらに確認をする。

「ジガノの魔群のように、大きな物は到底用意できないんだが」

「量は問題ではない」

 ナナシはいった。

「ユイヒが手にかけ、命を奪った供物を必要とする」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る