第43話 受け入れ。復興。タマキ神官長のはからい。

 ガジノの連中は決してオレたちベッデル出身の人間に冷淡ではなかったが、かといって友好的ということもなかった。

 人手が必要なので手を組むしかなく、そうするのだったら良好な関係を築くしかない。

 無意識のうちのそうした計算が働いているのだろうが、とにかくそれなりに仲良くやっている、という。

 タマキ神官長から、そう説明された。

 実際、仲違いしている余裕すらないないんだろうな、とオレは思う。

 オレとナナシが倒して回った例の巨大な魔群は、このガジノの町をかなり破壊している。

 それに巻き込まれ、逃げ遅れて亡くなった人も大勢いたはずだ。

 そんな時は現れたベッデルの人間を、純粋に人手として欲しいという思いは、ここガジノの人間にはあるんだろう。

 損壊をした建物の跡地を片付けるだけでも、かなりの人手が必要となるし、長い目で考えれば大勢の人間がいた方が、復興をするのにもなにかと都合がいい。

 それからベッデルの連中のうち、術式の心得がある者は交替でユウシャたちを生き返らせる儀式を再開しはじめた、ともいっていた。

 いつまた強力な魔群の襲来があるのか予想ができない以上、戦力を充実させておくのに越したことはない。

 ベッデル出身の連中が腰を落ち着かせる場所ができたらしい今、それをやらないでおく手はない、ということらしい。

「ガジノの連中は気味悪がっていないのか?」

 オレはタマキ神官長に訊ねた。

「どうでしょうか?」

 タマキ神官長は、そういって肩を竦める。

「この時点ではまだ誰も生き返っていませんから、まだ実感が沸いていないだけなのかも知れませんね。

 なにも事情を知らない人から見たら、死人を生き返らせる儀式なのですから」

 ふむ。

 と、オレは思う。

 これからジガノの連中の間で反発が起こるとしても、それはある程度時間が経ってから、ということか。

 オレたちベッデル出身の連中は、そのユウシャの仕組むがあることを前提として生活をしてきたので、もちろん抵抗はないわけだが。

 ここ、ジガノの連中が何度も死んでは生き返ってくるユウシャたちの実態を目の当たりにして、どのような反応を示す物か。

 この時点では、予測がつかないわけだった。

 ま、そういう難しいことは、オレが考えても仕方がないんだがな。

 と、オレは、一人でそう結論する。

 あれこれ考えても、オレにはどうすることもできない。

 そんな種類の問題だった。

「それから」

 タマキ神官長は、オレが寝ている間にダムシュ爺さんが旅立ったことも告げる。

 あの爺さんには、ナナシについていくつか確かめて起きたいことがあったのだが、これもまた仕方がないか。

 オレは、そう割り切ることにした。

 オレの都合でダムシュ爺さんがやりたいことを邪魔する権利をオレが持っているとは思わなかったし、それに、確かめておきたいことは後で機会を見て、ナナシに直接訊けばいいだけのことだった。

 これまでやり取りをしてみて、オレはナナシのことを、不自然に素直なやつだと思っている。

 人間のようになにかを誤魔化したり嘘をついたりすることがなく、ナナシは駄目なものは駄目、無理なものは無理だとオレにははっきり伝えていた。

 おそらく、情報を伏せて駆け引きをする、という発想自体を持っていないのだろう。

 だからこそ危うく感じる部分もあるのだが、ナナシとの付き合い方に関しては、オレが実地に体験して学んでいくしかない。

 そう腹をくくることにした。


 気を失ってからこれまで、オレがそのまま放置されていたのは、今このジガノにはオレよりももっと重傷を負った人間が大勢いて、そちらの方に手を取られているからだった。

 あの巨体の魔群は、魔群としてはかなり脅威の度合いが高い存在で、負傷者は大勢いた。

 というより、軽傷を負った者も含めると、ジガノ連中はほぼ全員、なんらかの被害を被っていた、という方が正しいか。

 ベッデル出身者の中にまだいくらか残っていた回復師が総出でそうした負傷者の手当をしてまわり、この町でベッデル出身者が受け入れられる下地を作ることに貢献していた。

 そこへいくとオレなんかはただ単に気を失って寝ているだけだったから、そこいらに転がして寝かせておけばそれでよく、その意味では手を取られることがない。

 つまり、手がかからない荷物だったわけで、実際、オレのことなどを気にする人間はほとんどいなかった。

 いや、みんなそれぞれに忙しくしてやるべき仕事を抱えていたので、オレのことなど気にかけている余裕もなかった、というのが本当なんだろうな。

 ここジガノにある建物のうち、半分以上が補修不可能になるまで破壊され、残った建物だったなんらかの手を入れる必要があるものがほとんど。

 生き残った連中はほとんどが負傷者であり、その負傷者よりも死者の方が遙かに大きい。

 一言でいって、あの巨大な魔群はこの町に大きな災害をもたらしている。

 今、この時点では、その後始末をするのに大わらわで余計なことを詮索している余裕は誰も持っていなかった。

 さらにいえば、どうやらこの災害の元凶である魔群を退治した存在、つまりオレ自身のことなのだが、その正体について本気で追求しようとする者は現れてはいない、らしい。

 漠然とユウシャの存在について知らされたここジガノの連中は、あの時のオレもユウシャのうちの誰か一人であると、そう思っているようだった。

 突然押しかけて来たオレたちベッデル出身の連中に風当たりが強くないのも、どうもこの勘違いが影響しているらしい。

 オレ自身はユウシャでこそないものの、ベッデル出身であることは間違いはないので、その勘違いも決して的外れな物でもないんだが。

 ベッデル出身者の方も、そのほとんどは忙しくしていて、あの巨大な魔群がなぜ姿を消したのかを詮索する余裕を持った者はほとんどいないということだった。

 若干、不審に思っているそぶりを見せる者もいたそうだが、そうした連中に対してはそれとなくタマキ神官長が接触して口止めをしている、という。

 とまあ、タマキ神官長には、そう説明をされた。

 タマキ神官長はどうも、オレのことをこれから来襲するかも知れない魔群への切り札と思っているようだった。

 有力なユウシャたちが生き返って出揃うまでにはまだまだ時間がかかるはずであり、その間、このジガノは無防備な状態になる。

 あの巨大な魔群が現に来襲している以上、ジガノの町が構築した魔群避けの結界とやらもどこまで信頼できるのか怪しいもので、だからこそオレのことはしばらく秘密にしておきたい。

 どうやら、そういうことらしい。

 本当のところ、タマキ神官長がなにを考えているのか、オレには計りかねる部分も多いのだが、下手に騒がれていないのならば、オレとしても文句をいう筋合いはない。


 ジガノは港町だけあって、食べ物にだけは困らなかった。

 なにかというと変な匂いのする魚の干物を出されたのには辟易したが、それだって単純に食べ慣れていないってだけのことであり、選り好みさえしなければ食糧に困ることはない。

 ユウシャのうちの何人かが磯釣りをして、釣りあげたばかりの魚を捌いて生で食っていたが、ジガノの連中もベッデルの連中も、そんな気味の悪い食べ物に挑戦する者は現れなかった。

 ユウシャという連中はときおり、オレたちには思いもつかない行動をすることがあり、そんな時は好きに行動をさせておいて放置しておくのが一番であると、オレたちベッデル出身者は学習している。

 とにかくここの近海は豊かな漁場であるらしく、一度網漁をすればそれこそ食べきれないほどの魚が獲れるという。

 オレたち新参者のベッデル出身者の分を勘定に入れても、食べ物に困ることはないようだった。

 それ以外に、魔群への対策が必要になるわけだが、これについてはもう少し時間を稼ぎしかない。

 有力なユウシャたちが出そろってくれば、また事情も変わってくるはずだった。


 オレはしばらく静養という名目で、なにもせずに食っちゃ寝の生活を続けていた。

 実際、オレが倒れたのは極度の疲労と栄養失調とが重なって、という診断であったから、そうするのが正しい対処法でもあったのだが。

 そうして怠惰な生活を何日か続けていると、ある日ひょっこりとユウシャのシライがオレの元に顔を出した。

「ねえ」

 ユウシャのシライは、いきなりそう切り出して来た。

「あの大きな魔群、片っ端から片付けていったの、あんたでしょ?」

「ああ、そう」

 オレはあっさりと頷く。

「でも、そのことは、ここだけに留めておいてくれよ。

 どうもタマキ神官長は、しばらく伏せておきたいようだし」

 このシライは、オレが先に走っていた直後に、例の魔群が倒されはじめたことを知っている。

 それにオレとしては、別にこの場で誤魔化す必要も感じていなかった。

 そのことを秘密にしたいのはあくまでタマキ神官長であり、オレとしては実のところどうでもいい。

「いつの間に、そんな力を身につけたんだか」

 シライはため息混じりにそういった。

「ユウシャよりもよっぽど、強かったじゃない」

「いろいろ事情があるんだよ」

 オレはそういった。

「実のところ、オレ自身にも、よくわからないことの方が多いんだけど」


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