第42話 反撃。ナナシにできないこと。仲間の到着。ナナシが神?
ジガノはオレが想像していたよりも大きな町だった。
ベッデルよりも、つまりオレが知るどんな町よりも大きい。
そのジガノの町を駆け巡りながら、オレは見上げるほど巨大な体を持った魔群を始末していく。
ナナシによってオレの力は非常識なほどに、それこそユウシャなんて目ではないくらいに増大している。
いや、オレの力が増幅しているというよりは、ナナシがオレの意図をその都度に汲んで、様々な事象を引き起こしている、らしかった。
オレが移動したいと思えば高速で走り、オレが高い場所に行きたいと思えばどんな高い場所にでもその場で跳びあがり、目の前の魔群を切り裂きたいと思えば魔群の体に巨大な亀裂を発生させる。
そうしている間、オレは走り、跳び、短剣を振るっていた。
それはオレの方がこうした状況になれていないから、そうした動作をしているだけのことであり、どうも慣れればそうした動作も伴わずに、同じような結果を起こせるようになるらしい。
そんな感触が、あった。
つまり、その時のオレはあくまで借り物の、ナナシの力を振るっていただけで、決してオレ自身が強くなったわけではない。
そしてオレはといえば、なんの代償もなくこれほど巨大な力を振るうことができるなんて、これっぽっちも考えていなかった。
そんな都合がよすぎる夢物語素直に信じられるほど、これまでにオレは恵まれた人生を歩んでいなかったんだ。
そうした代償が実際にはなんであるのか、詮索するのは後のことにしよう。
今はこのジガノの町を破壊した魔群を無力化する方を優先するべきだ。
ここでジガノがベッデルのように壊滅してしまったら、オレたちはいよいよ行き場所をなくしてしまう。
そうなるよりは、その代償をオレが支払う方が、いくらかはマシな状況だと、オレは考えた。
なにしろこれまでに犠牲になった連中は、そうした代償を払う前にこの世から去っているんだ。
そう考えてみれば、代償を支払うという選択ができるだけ、オレは恵まれている。
「クジラに手足が生えたような」
ユウシャのシライがそう形容した巨大な魔群は、二十体以上、このジガノに取りついていた。
どうもやつらは海から上陸してこの町を破壊しはじめたらしく、港の方からその魔群にまで続く破壊の跡が、そのままやつらが進んできた道のりを示している。
ジガノの連中は、高速で動き続けているオレにはひどくゆっくりと動いているように見えたのが、なす術もなくそうした魔群から逃げ惑うばかりのようだった。
ユウシャが大勢いたベッデルが同じような魔群に襲われたとしても、同じような事態になっただろう。
これほど、人間との格差が存在する魔群の前では、人間にできることなんてほとんどない。
いや、ユウシャが存在し、そうしたユウシャたちが抵抗する分、ベッデルの方が大きな犠牲を出したのかも知れない。
とにかくオレは、抵抗もせず魔群から逃げる一方のジガノの住人たちを腰抜けと馬鹿にする気にはなれなかった。
人間であれユウシャであれ、一人一人にできることは限られていて、おそらく、個人からみれば、その範囲は極めて小さい。
そんなちっぽけな人間が、これほど巨大な脅威を目の前にして、抗うことを放棄することは自然なことに思えた。
「ユイヒよ」
オレが着々と巨大な魔群を解体していると、突然、ナナシが語りかけてくる。
「腹が減った」
「オレもだ」
オレは、ナナシの意見に同意する。
「もう何日も、まともに食っていない」
「ユイヒの状態はこちらで制御できる」
ナナシは、オレの軽口には反応せず、淡々と自分の要求を突きつけてくる。
「このまま、腹が減ったままではこの状態を維持することができない。
そろろろ、魔群を食べる許可をして貰いたい」
「仕方がないな」
オレは頷く。
「ナナシ、食べろ」
「了解した」
ナナシの声が響いた途端、オレが上に乗っていた魔群の巨体が消失をした。
地面に激突しそうになったオレは、落下の途中で姿勢を変えて、どうにか衝撃が寄り少なくなるように転がることに成功する。
「おい、ナナシ!」
オレはナナシに文句をいった。
「足下に気をつけろ、くらいの警告はしろ!
危うく墜落死するところだったぞ!」
「次からは警告をする」
ナナシは、淡々とした口調で応じた。
「しかし、ユイヒが死ぬことはない。
ナナシが守る」
「そうかい、ありがたいこって!」
そういって、オレは立ちあがった。
「お前が一瞬で魔群を食えるんなら、オレが戦う必要もないんじゃないか?」
「それはできない」
ナナシの答えは、オレが予想していないものだった。
「ナナシは直接魔群を攻撃することができない。
魔群を攻撃するユイヒを支援することはできるが」
「直接魔群を攻撃することはできないが、魔群を狙うオレを支援し、オレが倒した魔群を食うことはできる」
オレはナナシに確認をする。
「そういうことなのか?」
「その理解で間違いはない」
面倒な。
と、オレは思う。
このナナシはやはり魔群の一種であり、仲間を攻撃することを躊躇する部分があるのではないか。
オレはそう思ったが、多少の制約はあるにせよ、ここまでオレのやることを助けてくれる存在に対してこれ以上に文句をつけることも躊躇われた。
今はそれよりも、残りの魔群を片付ける方が先だ。
オレがジガノに上陸した魔群を半分くらい片付けた頃、ようやくシライをはじめとしたベッデルから来たユウシャたちがジガノに到着した。
その中で一番頼りになるシライは、ここまで来る途中で持っていた矢を使い果たしている。
その他のユウシャは新人に毛が生えたような状態で、これほど大きな魔群に対して対抗する術を持っていなかった。
それでも来た以上、なにもせずにいるということはできず、その場で負傷したジガノの人々を手当てしはじめる。
ミオをはじめとして、回復師の生業を持つユウシャたちがまだ大勢温存されていたのが幸いしていた。
回復師以外のユウシャたちも瓦礫を除けたり怪我人の搬送などで活躍をしている。
そういた動きを横目で確認しながら、オレはまだ動いていた魔群の相手をしていた。
オレが倒して、ナナシが食べる。
ナナシはオレが魔群の息の根を止めるまで、その魔群を食べることはできないらしい。
その時のオレから見て、周囲の連中はひどくゆったりと動いているように見えた。
逆にいえば、そうした連中から見たオレは目にも止まらない早さで動き回っていることになる。
何者かが素早く魔群に近づいた後に、その魔群が消失する。
オレの周りに居合わせた人々には、オレのことがそんな風に見えたことだろう。
とにかくオレは誰にも邪魔されることなく最後の魔群を倒し、ナナシに食わせ、ようやく足を止めた。
「ナナシ、もういいぞ」
そして、オレはそう口にする。
「普段のオレに戻してくれ」
いい終わった途端、唐突に体全体が重くなったように感じて、オレはその場に膝をつく。
「ユイヒは空腹による衰弱をものともせず、激しい運動を継続して行っている」
ナナシがそう説明した。
「今のユイヒの体に大きな負担がかかっている。
ユイヒも早くなにかを食べ、ゆっくりと休養するべきだ」
「そういうことは先にいえ!」
怒鳴るようにいって、オレは意識を失った。
オレの体受ける負担のすべてをナナシが肩代わりしてくれるわけではなく、どうやらあの状態のオレであっても、疲労などはしっかりと感じるようだ。
「どうやら新たな神と契約をしたようですね」
次に目を覚ました時、オレの枕元にいたタマキ神官長から、突然そんなことをいわれた。
「ナナシは神なんて可愛い代物ではない」
オレは、そういう。
「おそらくあれは、魔群の一種だ。
どんな思惑があってオレを助けてくれるのかはわからないが」
「そうかも知れないし、そうではないかも知れない」
タマキ神官長は、そんな風に続ける。
「いずれにせよあなたは、人外の、人知の及ばない存在から助力を受けることに成功した。
そうした人を助ける存在のことを、わたしたちは神と呼んでいるのではないですか?」
「そうかも知れないし、そうではないかも知れない」
オレは、タマキ神官長のいい方を真似る。
「そんなもん、言葉の問題だ。
オレにとってあいつは神ではなく、単なるナナシ。
なにを考えているのかわらからい、得体の知れない胡散臭いやつに過ぎない」
神という言葉の定義について、この場で議論することに意味はない。
オレは、そう思っていた。
それよりももっと、優先をするべきことがある。
「オレが気を失ってから、どれくらいの時間が経った?」
オレはタマキ神官長に、そう訊ねる。
「あれから、どうなった」
「あなたが気を失っていたところを発見されてから、三日ほど過ぎています」
タマキ神官長は、オレの質問に答える。
「ベッデル出身のわたしどもと、ここジガノの方々との関係は良好。
というより、こんな状況ではいがみ合っている余裕もなく、ともに協力し合ってこの場をどうにかして切り抜けるための努力をする。
そうするしか、ありませんよね」
どうやら、オレたちベッデル出身の人間にとって、事態は悪い方には転がっていないらしい。
「……腹が減ったな」
ようやく、オレはその一言を口にすることができた。
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