第41話 不本意な到着。シライの秘蹟。ナナシの力。
「魔群、なのか?」
斥候の生業であるため、他の人間よりも遠くまで見通せるシライがいった。
「これまでに見たことがない種類だな。
クジラに手足が生えているように見える」
「クジラってなんだ!」
オレは叫んでいた。
「海に住む哺乳類の一種だ」
シライは怒鳴り返した。
「巨大であることで知られている!」
「デカいことはあれを見りゃわかるよ!」
オレはいった。
「あれ、なんとかできないのか!」
「あの巨体だからな」
シライはそういいつつも、走り出す。
「試してみなけりゃどこまでのことができるのか、それさえもわからん。
ようやく到着したところが廃墟になっていたってのもぞっとしないから、とりあえずいってみる」
口調こそのんびりとしたものだったが、斥候であるだけに走り出すとかなりの速度だった。
オレや他のユウシャたちも、すぐその後に続く。
直前までどうにか落ち着けそうな場所だと思っていた。
それが、こうして目の前で破壊の限りを尽くされていれば、なにもしないわけにはいかなかった。
いや、たとえユウシャであっても、あれほどの巨体を相手にして、どれほどのことができるものか疑問ではあったが。
他のユウシャたちはほとんど戦士の生業だったので、オレやシライほどに足が速くはなく、すぐにオレたち二人だけが前に出る形となる。
「ユイヒ!」
走りながら、シライがいった。
「怖くないの!」
「怖いっていったら、この糞ったれな現実が消えてなくなってくれるのか!」
オレは叫び返す。
「オレはユウシャじゃないんだ!
生き返ることもできなければ、別の場所のことも知らない!
オレにはここしかないんだよ!」
「そうだった!」
シライは、なぜか狼狽した声をあげた。
「ユイヒには、逃避をする方法さえ残されていないんだった!
だったら!」
そうそういってシライは、不意に足を止めて弓を構える。
「ここはわたしらユウシャが、どうにかするしかないね!」
手慣れた、素早い挙動で矢をつがえて弓を引き、放つ。
一の矢が天高く放物線の軌跡を描いて飛んでいるうちに、二の矢、三の矢と、続けざまに弓を引いては矢を放った。
シライが放った矢は、遠く離れたジガノの死骸を破壊している最中の、巨大な魔群の体に次々と命中をした。
しして、矢が当たった魔群の巨体には、命中した直後に大きく球形に、欠損する。
その球形の部分だけ、唐突に、体を構成する物質が消えたように見えた。
シライは静寂と破壊を司るクイネ神の信徒だった。
当然、その秘蹟の内容も静寂と破壊に関係したものになる。
攻撃が命中した箇所の物質を「なくす」ことが、シライというユウシャに与えられた秘蹟となる。
オレたちはそのシライに授けられた秘蹟を、「消失」と呼んでいたが。
しかし、シライの秘蹟、その威力と比較しても、ジガノを破壊している魔群の体は大きかった。
一発や二発が命中してもそれだけで動きを止めることはできず、五発以上命中して、ようやく活動を停止する。
効率が悪いな。
と、走りながら、オレは思う。
普通の魔群を相手にするのならば、シライの秘蹟は十分な威力を持っていた。
しかしあの巨大な魔群にとっては、そんなシライの秘蹟でも打撃力としては不足していたらしい。
シライが持っている弓も、最近ではほとんど補充している余裕がなかったはずだ。
手持ちの弓を使い切っても、あの巨大な魔群をすべて倒しきることはできないだろう。
今、生き残っているユウシャたちの中ではこのシライが一番の古参であり、大きな破壊力を持っている。
そのシライでさえ持て余すような魔群が相手だったら、当然、他のユウシャたちの手にも余るはずだ。
ここまで来て、徒労なのか。
オレは、走りながら苦々しく思う。
別にあのジガノとかいう町の住人に対して、とりたてて思い入れがあるわけではない。
しかし、そのジガノが破壊の限りを尽くされてしまったら、ここまで旅を続けてきたオレたちの苦労がすべて無駄になってしまう。
なんてえ巡り合わせだ。
と、オレは思った。
皮肉を通り越して、悪辣ななりゆきだった。
オレたちが神々と呼んでいる七柱の存在は、実のところ魔群に近い何者かでしかないようだったが、それ以外、どこかに運命を司る存在がいるのだとしたら。
オレは、そいつを呪う。
ここまで悪趣味な筋書きを用意しなくてもいいだろうに。
そんなことを考えているうちに、オレは誰よりも早くジガノの町に着いた。
ジガノの中は、混乱を極めている。
あちこちに瓦礫が散乱し、砂埃が舞っているのは当然としても、まだ生き残っている連中はすっかり取り乱して右往左往しているだけだった。
どうもあの巨体の魔群どもがこのジガノを破壊しはじめてから、いくらも時間が経っていないらしい。
「この町には!」
逃げ惑っている男の肩を掴んで強引に引き留め、オレは訊ねた。
「あのデカいのをどうにかする方法はないのか!」
「ねえよ、そんなもん!」
その男は、突然現れたおれの素性を詮索する様子もなく、怒鳴り返す。
「これまでジガノは結界に守られていたんだ!
魔群は近寄れないはずだったのに、あのデカいのにはその結界もまるで効果がない!」
なるほど。
と、オレは素早く頭を働かせる。
ベッデルがユウシャを召喚する仕組みを構築したように、このジガノはその結界とやらを作ったおかげで、これまで大きな被害を出さずに済んでいたわけだ。
今となっては、それも過去のことになったが。
「逃げるあてはあるのか!」
「ねえよ、そんなもん!」
オレの問いかけに、男は怒鳴るように答えた。
「町の外に出れば、別の魔群にいつ襲われるのかわからねえ!
もうこのジガノはおしまいだ!」
オレは掴んでいた男の肩を放し、そのまま男から離れた。
こんな状況では、いつまでも悠長に長話もできやしない。
なにより、その男はもやはすべてを投げ出しているように見えた。
そんな人間といつまでも連み続けるべき理由がなかった。
「ナナシ!」
混乱するジガノの町を走りながら、オレはいった。
「なんとかできるか?」
「なんとか、とは?」
どこからかナナシの声が響く。
「魔群と称されるあの物体を行動不能にすればいいのか?」
「そうだ!」
オレは即答した。
「できるか?」
「条件次第だ」
ナナシはいった。
「対象となる魔群を構成する物質を供物として与えてくれること。
それに」
「魔群の体なんざ好きに使え!」
オレは、足を止めて叫んだ。
「それ以外にも条件とやらがあるのか?」
「ユイヒにも協力をして貰う必要がある」
「協力?」
オレはいった。
「ここまで来たらなんでもやってやる!」
「心得た」
その声が響いた途端、オレは分裂していた。
いきなり自分が七人に増えるというのは、なんとも奇妙な気分だった。
これが、ナナシがオレにしたことであると、オレは理解している。
ナナシはまだまだ成長過程にあり、できることに限界がある。
今の段階では、オレの体を介して行動するのが一番効果的であると、そう判断したようだった。
ナナシは、幼体であるばかりでなく、この世界についてもまだ馴染めていない。
その点、このオレは元からこの世界で生まれ育っているわけで。
そのオレの身体を経由してこの世界に干渉をする方が、なにかとやりやすいようだった。
しかしオレの体も未成熟で小さく、できることは限られている。
その限界をちょいと底上げし、その上、ナナシは七人までオレが同時に存在するような改変をこの世界に対して行った。
などという事情を、なぜかオレは理解していた。
「やるしかねえ!」
別々の場所に、同時に存在していたオレは同時にそう叫んで持っていた短剣を抜き放ち、一気に、建物よりも高く飛んで、目の前にいる魔群の体に襲いかかる。
オレの体を七人分に分けたナナシが、意味もない場所に配置するわけもない。
七人のオレが出現した場所の目の前に、例のデカい巨体がいた。
その巨体を襲ったオレの短剣は、刃渡りが二の腕の長さほどしかないのにも関わらず、オレの身長の何倍もの裂傷を魔群の巨体に刻む。
大きな裂け目から魔群の体液が盛大に噴き出し、オレの体を染めた。
体液があるということは。
と、オレは思った。
この魔群は生物型であり、つまりは、体を壊し続ければいずれは死ぬ。
魔群の悲鳴、なのか。
甲高い声が、ジガノの町に鳴り響いた。
それに構うことなく、オレは、オレとナナシとは、存分に魔群の巨体を破壊し尽くした。
常人の目にもとまらない速度で動き続け、短剣で、素手で、魔群の巨体を引き裂き、分断し、引きちぎる。
その魔群は巨体を震わせ、四肢を動かしてオレの体を叩こうと試みたが、そうした動きよりはオレの動きの方が断然速かった。
その時のオレの目には魔群の動きがかなりのろく感じたが、魔群から見たらオレが目にも止まらぬような速さで動き回っているように見えたのに違いない。
七人に分裂したオレがそんな真似をしてのけたのも、すべてはナナシがオレに細工をしたからだった。
オレ自身に細工をした、というより、オレと他の部分との位相をずらした、ということらしいのだが、オレはそのナナシの説明をいまだに完全には理解できていない。
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