第40話 絶望の中での再会。かすかな希望。目指すべき場所。影について。
その時の魔群は、さほど大きな規模ではなかった。
撃退するのにさほど苦労をすることもなく、犠牲になったユウシャもたった二人で済んだ。
そう思いかけて、オレは自分の思考にぎょっとする。
「たった二人」だって?
どうやらオレは、ユウシャが犠牲になることにすっかり慣れて、そのことを普通の、日常的な出来事だと感じはじめていたようだ。
さらにいえばユウシャたちも、いつまでも飢えにさいなまれるよりは魔群を相手に派手に暴れた上で討ち死にした方がいいと、そんな風に思いはじめているような雰囲気もある。
食糧は子どもや女を優先して配られていたし、それに、ユウシャは死ぬことに慣れてもいた。
もう、自分を生き返らせるはずの吸魂管は使い切ってしまっていて、そのことはユウシャたちも知っているはずだというのに。
あるいは。
と、オレは思う。
ユウシャたちにしてみれば、この世界こそが死後の、来世的な場所であり、今ひとつここで自分たちが死ぬということに実感が沸かないのか。
何度も死んで生き返ったユウシャほど、そうした実感は希薄になり、危機感を抱けないのかも知れない。
そんな感じで何度か魔群と遭遇し、撃退し、飢えながらもオレたちはのろのろと先に進み続ける。
オレたちは消耗する一方だったが、今は進むしかなかった。
ユウシャもほとんど倒れて、今ではオレたちの人数も居留地を出た時の四分の一ほどになっている。
使い切った吸魂管は布にまとめて羊の背中にくくりつけていた。
その羊も、今では雄雌の二匹にまで減っている。
番いとなる二匹に引きを残しておかないと、将来、落ち着いた場所に着いた時、羊を殖やすことができない。
ぎりぎりの数だけ残してオレたちで食べ尽くした形であり、この二匹の羊はオレたちが追い詰められている様子をそのまま現しているようにも思えた。
魔群は厳密にいえば生物ではなく、倒したとしてもその肉を食うことはできなかった。
飲み込んだとしてもオレたちには消化できないらしく、すぐに吐き出してしまう。
つまり魔群との戦闘はいくら繰り返したとしてもオレたちにはなにももたらさない。
その意味で魔群との戦闘は得る物がなにひとつとしてない完全なただ働きであり、しかし、その魔群からもたらされる被害だけは本物だった。
放置すればやられる一方、しかし勝ってもなにも得するところがない。
魔群の相手をするということは、結果がどっちに転んでもオレたちにはいいことがひとつもない、極めて不利な闘争でしかなかた。
そんな不利な闘争を一方的に、長いこと強いられていたオレたちは、当然の帰結として確実に滅びの道へと進んでいる。
本来ならば食糧の生産その他、もっと生産性の高い仕事に従事をするはずの人間が大勢その魔群との戦いに手を取られ、場合によってはそのまま倒されてしまうからだ。
魔群が出現する以前は、人間同士が頻繁に殺し合っていたそうだが、それでも今の状況よりは遙かにましだったろう。
人間が相手であれば、どこかしらで妥協をすることができる。
しかし、言葉を交わすことさえできない魔群が相手では、そもそも交渉さえできやしない。
魔群の方は徹頭徹尾こちらを殺しに来るし、そうなればオレたちにしても全力で抵抗することしかできなかった。
その結果が、今のありさまである。
ユウシャはだいたい、古い順から倒れていった。
長くユウシャをやるほど強くなっていく傾向があったので、つまりは強いユウシャほど早く退場していった、ということになる。
もちろん、その際に相応の魔群も道連れにし、決して無駄死にをしたわけでもなかったのだが、残されたオレたちは時間が経つにつれて不利になった。
まだ余裕があるうちに、一度どこかに足を止めて何人かのユウシャを生き返らせてはどうか、と、何度か提案もされた。
だが、今の状況でしばらく一カ所に、ユウシャを生き返らせることができるほど長い時間、どこかに止まり続けるのは危険すぎる、として、提案されるたびに却下されている。
どの吸魂管にどのユウシャの魂が宿っているのか、外見から区別をする術はなく、つまり実際にどのユウシャが生き返るのかは完全に運任せであり、そうした危険を冒してまで生き返らせたユウシャが使い物にならなかったら、それこそ洒落ではすまされない。
魔群が存在する限り、オレたちは一方的に不利な、滅びへと向かう遊戯を強制されているようなものだった。
オレが生まれる以前から、もう二十年近く、オレたちはこの滅びへ向かう遊戯を強制されているという。
だとしたら、なんだかんだいって、ここまで不利な状況で今まで生きながらえてきたオレたちは、それなりに優秀なのではないか。
大昔に誰かがユウシャたちを召喚する方法を発見していなかったら、オレたちはもっと前に、それこそオレ自身が生まれる前に滅んでいたのに違いない。
空腹のまま歩き続けることにいい加減飽きていたオレは、捨て鉢な気持ちでそんなことを考える。
もう、大人しく滅んでもいいんじゃないか、と。
オレたちはこれまで、十分に抵抗してきたではないか。
オレだけではなく、その頃にはオレといっしょに移動を続けていた誰もが疲れ、そんな捨て鉢な気持ちになっていたはずだ。
そんな状況が変わったのは、いつものように重たい足取りで進み続けるオレたちの前方に、ある異変が見えたからだ。
最初は地平線近くに見えた小さな点だった。
しかし、近づくにつれて、それが何百匹という膨大な羊の集団だということに気づく。
さらに距離が詰まってくると、めえめえとやかましい鳴き声までが実際に聞こえるようになってきた。
間違いはない。
と、オレは思う。
こんな荒野で、羊だけが移動をしているわけがない。
そして、今、この地上でこれほど大勢の羊を率いて移動をしている人間は、たった一人しかいなかった。
「お前さん方。
こんな場所で、なにをしておるのかね」
オレたちと集団に近づいてきたダムシュ爺さんは、やけにのんびりとした口調でそういった。
オレたちは羊飼いのダムシュ爺さんを取り囲んで、口々にベッデルが潰れてから今までのいきさつを説明する。
オレたちは、何十日ぶりかでオレたち以外の人間と会った。
完全に偶然であり、奇跡のような物だ。
しかもダムシュ爺さんは、気前よく羊の乳やチーズをオレたちに提供してくれる。
オレたちの人数がかなり目減りをしているせいもあって、オレたちは本当にひさしぶりに腹一杯になるまで食べることができた。
「ベッデルも、そんな風になったのかね」
オレたちの説明を耳にしても、ダムシュ爺さんは特に感銘を受けたような風には見えなかった。
あちこちを渡り歩いているこの爺さんにしてみれば、とりわけ珍しいわけでもない、どこにでも転がっている事情だったのかも知れない。
「他に行くあてがないというのならば、これからいっしょにジガノという町に行ってみるかね」
一通りの事情を聞いた後、ダムシュ爺さんはそんなことまで提案してくれる。
そのジガノとは海沿いにある港町で、漁が盛んなこともあり、少なくとも食料に困ることはないという。
いつ襲ってくるのか予測できない魔群の脅威から免れることはなかったが、今も生き残っているオレたち全員がその港町にいっても、そのまま受け入れてくれるだろう、とのことだった。
もちろん、このダムシュ爺さんはそのジガノとかいう町の人間から見れば完全に部外者であり、実際にそこに着いてみれば、オレたちは門前払いを食らうことも考えられる。
しかし、これまでこれといったあてもなくさまよっていたオレたちにしてみれば、たとえ拒絶される可能性があるにせよ、一応の目的ができたことは十分に安心をする材料になった。
オレたちはすぐにダムシュ爺さんの提案に賛同し、そのままそのジガノという港町を目指すことになる。
「お前さん、なにかおかしなものに取り憑かれてはおらんか?」
合流してから何日か経過した後、ダムシュ爺さんはさりげなくオレに近づいてきて、そんなことをいった。
「おかしなものって?」
心当たりがなかったオレは、即座にそう訊き返す。
「なんともいいようがない、強いていえば、生きている影のような存在だ」
爺さんははっきりした口調でそういった。
「なにに一番似ているのかといえば、魔群に似ておる」
あ。
と、オレは心の中で叫ぶ。
何度かオレに語りかけてきた影。
あれのことは、居留地を出てからまるで思い返すことがなかった。
また、あれの方も、居留地を出て以来、オレのすぐそばに常に誰かがいることもあって、オレの前に姿を現していない。
オレは素早く周囲を見渡す。
周囲にはオレたち二人以外には羊しかおらず、その羊も頻繁に鳴き声をあげていたので、オレたちの会話が他の連中に聞こえる恐れはまずなかった。
「爺さん、あれについて、なにか知っているのか?」
オレは早口に訊ねた。
「知っているというほどには、知ってもおらんが」
爺さんは、のんびりとした口調でそんなことをいう。
「一匹、似たようなのを連れておる」
なんでこのダムシュ爺さんだけが、羊だけを連れて単身で何十日も旅を続けることができるのか。
その疑問を、オレはなんどか抱いている。
その答えが、これか。
と、オレは思った。
あの影が魔群の一種であり、場合によっては、七柱の神々と似たような存在であると仮定すると。
このダムシュ爺さんは、そんな存在を自分の身辺に侍らせていた、ということになる。
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