第39話 続出する犠牲者。慢性化する飢え。

 結論から述べると、今回もオレたちはどうにか魔群を撃退することに成功をした。

 本当の意味で、「どうにか」だ。

 撃退することに成功はしたものの犠牲も大きく、三人の神官長と半分以上のユウシャがこの戦いで死んだ。

 たった一度の戦いで戦力が半減してしまったわけで、この先のことを想像すると怖くなる。

 これから、今回と同等かそれ以上の大群がオレたちに襲ってこない、などという保証はどこにもないんだ。

 長い戦いが終わった後、オレたちはのろのろと後始末を開始した。

 魔群やユウシャたちの残骸を片付ける?

 いいや、普段、もっと余裕がある時にならそうしたのだろうが、今のオレたちにはそんなことをしている暇はなかった。

 大勢の人間の死体が周囲に散らばっていれば、血の匂いに引かれて肉食の野生動物がよって来るわけで、そうなる前にユウシャたちの魂を回収しておく必要がある。

 移動中なのですぐに死亡したユウシャたちを復活させることはできなかったが、将来的なことを考えると潜在的な戦力をこのまま放置しておく訳にもいかない。

 オレたちは手持ちの吸魂管を持ち出して魔群とユウシャたちの死体が折り重なった修羅場の後に駆けつける。

 オレなどはこうした場にも慣れているのでなんとも思わないが、血染めの光景に慣れていない人間などはその場に蹲って盛大にもどしはじめた。

 持ち出した吸魂管が多かったので、今回は普段戦闘に参加しないような人間にも数魂管を持たせていたからだ。

 そうした普通の人々は、そもそも死んでいる人間、それも血まみれになってところどころ破損しているような人間の姿を目の当たりにする機会がほとんどない。

 今、この場にある死体は、手足が千切れているくらいならばまだ状態がいい方で、ほとんどは原型を留めていなかった。

 無論、ユウシャたちが倒した魔群の側も大半はそれ以上に損壊した状態だったわけだが。

 とにかく、周辺の様子はそれはもう酷い有様で、この手のことに慣れているオレでさえ、濃すぎる血の匂いに咽せるくらいだった。

 どうにか吸魂管にユウシャたちの魂を回収すると、手持ちの吸魂管がほとんど使用済みとなってしまった。

 本当ならば吸魂管ももっと余裕を持って用意したいところだったが、ベッデルと居留地、二度の脱出を経たことと、それにベッデルを出てからこっち、新しい吸魂管を製造する余裕がなかったことから数量的には完全に不足してしまっている。

 今後は、ユウシャといえども可能な限り死なないような戦い方をするしかない。

 そうでないと、生き返らせることもできなくなってしまうのだ。

 かなり厳しい状況だな、とオレは思った。

 周囲の雰囲気を悪くするつもりはなかったので、口には出さなかったが。

 ユウシャたちの魂を回収すると、オレたちは足早にその場から遠ざかっていく。

 今後のことを考えていたのか、誰もが口を閉ざしてうつむき加減で歩いていた。


 その後も、何度かユウシャたちは戦った。

 ユウシャの半数以上を失ったあの遭遇戦ほど大規模な戦闘はなかったものの、普通に移動をし続けていても数日に一度くらいの頻度で魔群には遭遇する。

 一人の犠牲も出さずに切り抜けられることもあったし、一人とか二人とか、少人数の犠牲のみで済んだこともあった。

 そうしてしばらく大規模な戦闘がなかったおかげでなかなか気がつきにくかったが、しばらくしてふと気かつくと、オレたちの人数は出発した時と比べて大幅に減っている。

 気になってざっと目で数えてみたところ、人数が出発時の三分の一以下にまで減っていたことに気づいて、オレは恐ろしくなる。

 強力な、長く経験を積んだユウシャから先に死んでいく傾向があったので、今残っているユウシャたちはほとんど召喚されてから一年以内の、普通の人間に毛が生えたような能力しか持たないようなユウシャばかりだった。

 人数ではなく戦力的に考えると、出発時の十分の一以下にはなっているのではないか。

 今残っている人間のほとんどが女子どもなどの非戦闘員という状態であり、当然のことながらこんな状態では、今後大規模な襲撃を一度で受けたら、今までとは比較にならないほどあっさりと全滅してもおかしくはなかった。

 いや、今でも実質的には全滅しているようなものなのかも知れない。

 なにしろオレたちはどこへいくという宛てさえなく、ふらふらと危険な荒野をさまよい歩いているだけなのだ。

 実質的に考えれな今のオレたちは、しゅづ案としてみるとほとんどの戦闘能力を失った状態であり、これ以上の襲撃を受けても抵抗する術をほとんど持たない、丸裸同然の状態にあるといえる。

 客観的に見ればかろうじて息の根が止まっていないだけであり、ほとんど死にたいの、虫の息でようやく生きながらえているだけ、といったところだろう。

 ロノワ砦ほど堅牢な城壁が欲しいとまではいわないが、どこかよさそうな引きこもり先を見つけて吸魂管の中に入っているユウシャの魂を復活させ、戦力の補充をしていかないと、オレたちが全滅する未来はどうにも避けられそうにない。

 そして、そんなに都合のいい待避先が、すぐに見つかるわけもなかった。

 魔群が出現したのはオレが生まれる前であり、それ以前に誰かが住んでいた遺跡が残っていたとしても、風化してかなり痛んだ状態のはずだった。

 実際的に考えてみれば、オレたちが全滅するまで、ほとんど秒読みになっていたようなものだ。

 愚かなことにオレは、今までその事実に気がつかなかった。

 ユウシャの半数を失った時のような大規模戦闘がなくても、小さな遭遇戦でも人間は減る。

 それも、一人とか二人とか、少人数ずつ。

 数日に一度の割でそんな遭遇戦を続けていけば、いつの間にかユウシャを中心とした戦闘要員が減っている、というころになる。


 そんな、ほとんど滅んだも同然の、幽霊みたいな集団でしかなくなったオレたちは、それからも進み続けた。

 かなりヤバい状況にあることは、オレ以外のほとんどの大人たちもすでに気づいているはずであり、しかし誰もあえてそのことを口に出して確認しようとはしなかった。

 その事実を認めようとするだけの気力もすでに尽きていたのだと思う。

 オレが今の状態について気づいてからも何度か遭遇戦があり、今日はユウシャのハジメが戦死して、そして最後に残っていた吸魂管を使うことになった。

 これ以降、誰かユウシャが犠牲になることがあっても、もはや生き返らせることはできないんだな、と、オレはぼんやりと思う。

 この時には毎日分配される食糧もかなり少なくなっていたから、ここ最近はあまり頭が働かない。

 この前後のオレは、オレたち全員が滅びることを避けられないものと思い込んでおり、ほとんど惰性で手足を動かしているようなものだった。

 オレだけではなく、まだ生き残っていた全員がほとんどそんな状態だったのだと思う。

 もう少しこんな状態が続けば、魔群や野生動物に襲われるまでもなく、オレたちはそのまま動けなくなるはずだった。

 連れ出した羊もすでに大半はオレたちの胃の中に収まっており、わずかに数頭を残すのみとなっている。

 そんな状態であればなにかについてまともに考えを巡らせることなどできようはずもなく、ハジメが死んだことにも吸魂管が尽きたことにも、なんの感慨も沸かなかった。

「何人か、動けなくなった子どもがいる」

 まだ生き残っていたユウシャ、斥候を生業とするシライがタマキ神官長にそういった。

「子ども以外も、ほとんど全員が、体力がつきかけている。

 どうにかできませんか?」

「残念なことに、今のわたしたちはこの事態を改善する方法を持っていません」

 タマキ神官長には、まだそうはっきりといい切るだけの元気が残っているようだった。

「ここで足を止めてもいいのですけど、そうするとここがわたしどもの最後の場所ということになります」

 最後に残った神官長であるタマキは、ハキハキとした口調で、かなり不吉な予想を口にする。

「どうにもなりませんか?」

 苦笑いを浮かべながら、シライが訊き返した。

「誰かのお腹を満たすような秘蹟を、神様は用意してくれなかったようです」

 タマキはそういって、ゆっくりと首を横に振った。

「秘蹟のほとんどはわたしどもに戦う術を用意してくれています。

 ですが、それだけでは解決しない問題も多くあります」

 なす術もなく餓死しようとしているオレたちに対して、ユウシャができることはない。

 簡単にいえば、そういうことらしい。

「魔群だ!」

 誰かが叫ぶ声がした。

「また魔群がこっちに向かっている!」

 またか。

 と、オレはのろのろと考える。

 いっそのこと、その魔群がオレたちを一気に倒してくれた方がすっきりする。

 その時のオレは、そんなことさえ考えていた。



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