第38話 生き延びようとすることに、理由はいらない。
飛ぶ物、地を這う物、駆ける物。
多種多様な、膨大な数の魔群がこちらに向かって接近してくる。
ベッデルが滅亡をした時よりは、かなり少ないかな。
遠目にその光景を見て、オレは思う。
もっとも、それでも今、ここに集まっているオレたち全員を十分皆殺しにできる数ではあったが。
ただこちらには、神官長も含めて、かなり大勢のユウシャがいる。
油断をせず、うまく処理をすれば、どうにか全滅することは免れられるはずだ。
「わしが先に出る」
スズキ神官長はそういうなり、老練なユウシャらしい快速でオレたちから離れて魔群へと走って行った。
「できるだけ数を減らしておく」
「援護してくる」
トリイが、服を脱ぎながら、スズキ神官長の後を後を追って走り出す。
スズキ神官長は毒を生成する秘蹟を、トリイは巨大化する秘蹟を授かっていた。
具体的な戦い方を想像すると、スズキ神官長が魔群の数を減らす間に、トリイがその援護をするような形になる。
魔群にはスケルトンやヒトモドキのように、毒が効かない非生物型の物も含まれているので、スズキ神官長だけを先に出してもすぐに倒されてしまう可能性があった。
トリイでも他の誰でもいいのがた、スズキ神官長を援護する人間は必須で、そしてトリイの巨大化は多くの魔群を引きつける、囮の役割をするのにはうってつけの秘蹟でもある。
この二人が先に出て、互いに援護し合いながら、できるだけ魔群の数を減らす。
そう考えると、それなりに合理的な方法でもあった。
ただ、今回の魔群は数が数であったから、二人ともここで一度死ぬことを前提として、あえて突出することを選んだのだろう。
ユウシャは生き返ることができる。
とはいっても、今のオレたちの状況では、落ち着いてその復活の儀式を行えるのが今後いつになるのかまるで予測がつかない。
計画的に考えた上で、というより、どちらかというと、二人とも衝動的に飛び出していったのではないか。
と、オレは思う。
ここで少しでも判断を誤れば、オレたちはあっけなく全滅しかねない。
今回、こちらに向かって来ている魔群は、それほどの大群なのだ。
他のユウシャたちは、二人が先に進むことを制止せず、その後に続くこともなく、黙って見守っていた。
あの二人をここで犠牲にすることを前提にしないと、あの魔群には対抗できないと誰もが考えたからだろう。
あの二人がいくらかでも魔群の数を減らした後でならば、より効率的に魔群に対抗することができると、そう考えたようだった。
ただ、こんなところでいきなり七人しかいない神官長を一人欠くのは、幸先がよくないよな。
遠くで奮戦をする二人の様子を見ながら、オレはそんな風に思う。
神官長といえば、この集団の指導者なわけで。
この時点でそのうちの一人がしばらく不在になれば、いい影響よりも悪い影響の方が多いのに決まっている。
少なくともオイネ神の信徒たちは、しばらく肩身の狭い思いをすることになる。
そのことを理解した上で、誰も止めようとする者がいなかった、ということは、つまりはこの状況に対して誰もがそれだけ強い危機感を抱いていた、ということでもあった。
実をいえば、オレもかなり不安に思っている。
オレはこの時、「うまく戦うことができない人間」としてユウシャたちをはじめとする戦士たちに守られていたが、気が気ではなかった。
ベッデルが滅んだ時よりも小規模とはいえ、あれだけの魔群を間近に見る機会はほとんどない。
というか、間近に見た人間はほとんど死んでいる。
ユウシャではなく、生き返ることもできないオレとしては、不安に思うのはむしろ当然だと思う。
魔群がもっと近くに寄ってくることがなければ、オレがやつらに対してできることはなにもない。
なにもすることがなく、ただこの危機的な状況を黙って見守るしかない。
不安であるだけではなく、歯痒かった。
スズキ神官長とトリイ、遠目で見る二人のユウシャたちは、かなり頑張ってくれたように思う。
この二人だけで三割、いや、四割くらいの魔群を倒していたのではないか。
遠目に眺めていただけなので、魔群の濃度から判断するしかなかったが、それでも二人だけでかなり膨大なの魔群を倒していたことは間違いがない。
スズキ神官長はともかく、トリイは頻繁に死ぬ、歴戦のユウシャの中ではかなり弱いという定評があったので、この結果を意外に思った者も多かったようだ。
トリイは、ユウシャの中ではそんなに強い方ではない。
オレもそう思うんだが、それだけでは事実のすべては語っていないとも思う。
トリイはその秘蹟の特徴ゆえ、自分から進んで囮になり、死にやすい場所へと向かう傾向があり、そのため他のユウシャたちと比較して頻繁に死んでいるような印象がある。
それ自体は間違いないのだが、トリイは死にやすいだけのユウシャではない。
防御的に優位な性質を持たないことは確かだったが、その巨体を活かした攻撃力はそなりで、少なくとも他のユウシャたちには決して引けを取らないものだった。
今回も倒れるまでの間に、大小の魔群を殴る、蹴る、踏み潰す。
とにかく、その巨体を最大限に利用して、大量に倒していた。
そしてその二人のユウシャでも倒しきれなかった魔群が、いよいよオレたちのいる方角へと向かってくる。
「出るぞ!」
静寂と破壊を司るクイネ神信徒の長であるコレエダ神官長の号令のもと、大勢のユウシャたちが迫り来る魔群の方へと向かう。
コレエダ神官長をはじめとするクイネ神の信徒たちは戦闘に役立つ秘蹟を授かることが多く、優秀な戦士を多く輩出している。
この時、魔群を迎撃するために突出していった者の中にも、クイネ神の信徒たちが多く含まれていたはずだ。
この迎撃は、人数が多かったこともあり、見た目的にかなり派手だった。
断続的に轟音が響き、土煙があがり、まだ距離が空いていたこともあって細かいところまでは見ることができなかった。
が、それでも飛び出していった連中が秘蹟や攻撃魔法を駆使し、使える手をすべて使い切って奮戦したいただろうことは想像に難くない。
その様子を見ていたオレは、
「やつら、死ぬ気だな」
と、そう感じる。
一見して自己犠牲の精神に準じているようにも見えるのが、よくよく考えるとここで魔群と戦える連中が全滅すれば、残されたオレたちの前途も実質的には閉ざされてしまうわけで。
といっても、今、ここで目前に迫っている魔群をどうにかしないと、やはりオレたちは全滅する未来しか待っていない。
「この場で全力を出して魔群を倒しきらなけれなければどうするのか」
といわれれば反論する道を思いつかない。
その意味で、自暴自棄だろうが自分に酔っていようが、自身が犠牲になることも厭わずに今、魔群と戦っているやつらは正しかった。
そもそも、今回、ロノワ砦から飛び出したオレたちの行状自体が、最初からかなり無理なものであった、ということもある。
進むも地獄、退くも地獄。
そうした、進退窮まった状況は、ある意味では居留地を放棄した旅立つずっと前、大勢の人間がベッデルで生活していた頃から一貫して変わっていない。
今、ユウシャたちがやっている奮戦も、見方によってはオレたちが全滅するまでの時間を少しでも延ばそうと悪あがきをしているだけ、とも見ることができる。
だが、そうして時間を稼いで逃げ延びる者を一人でも多くしようとすることは、未来に希望を繋ぐこともでもある。
可能性は小さいとはいえ、そうして生き延びた誰かがこの先、魔群がまったくいない安全な場所へたどり着くこともあり得るのだ。
予知の秘蹟を持つユウシャ、トダでさえ、未来についてはほんの少しを覗き見ることくらいしかできないという。
だとしたら、なんの根拠もなくそうした明るい未来を期待して、なにが悪いというのだろうか。
そんな、到底あり得ないような夢想でもしなければ、ユウシャたちも戦うべき理由を失ってしまうし、立つ瀬がない。
ユウシャたちだけではなく、その事情についてはオレたち普通の人間だってまったく変わらなかった。
端的にいってオレたちはかなり前から滅亡寸前であったし、だとすれば無茶だ無謀だと理解しながらも悪あがきを続けるしかない。
そういう戦いを、それこそオレ自身が生まれる前から、オレたちは続けているのだ。
今になって、勝算が薄いから勝負を投げる、などということはできなかった。
それをするには、これまで犠牲にしてきたものが大きすぎる。
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