第37話 脱出行。本物の勇者。遭遇戦。
以前、ベッデルを脱出した際は、人数も少なかったし、みんなどこかで未来を悲観していたこともあって、そんなに騒がしくはなかった。
未来を悲観している点では、今回の脱出行も前回以上なはずだ。
なにしろ今回は、前回以上にいい結果を想像することができない。
それどころか、目的地さえ定められていなかった。
それでも今回、常に騒がしい印象があるのは、単純に同行している人数が多いことと、それに、年端もいかない子どもとか羊とかが元気よく声を出して動き回っているからだった。
それに、大人たちにしてみても、明るい展望がなさ過ぎて逆に吹っ切れているような印象もある。
捨て鉢な明るさ、というか、自暴自棄寸前の明朗さを、この時のオレたちは持っていた。
正確な人数を数えるつもりもなかったが、ざっと見たところ、数百人はくだらない人間と大勢の羊を伴って、オレたちは移動している。
子どもや赤ん坊も含んでいるため無理は利かず、移動速度こそのろのろとした物だった、それでもなかなかの大移動だった。
妊婦や子どもだけではなく、ユウシャも大勢含んでいるのはいい材料といえたが、そうしたユウシャたちもこれだけの人数の食い扶持を確保するためにはあまり役に立たない。
普段から狩りをして、慣れているユウシャたちも何名かはいたが、ほとんどのユウシャたちは未経験をだった。
需要に供給がぜんぜん追いつかず、オレたちはどうにか持ち出しせた乏しい食糧を分け合って、どうにかやりくりをしていた。
それ以上に困ったのが水で、川や湖などの水場が近くにあればどうにかなるのだが、都合よくそうした水場が点在している場所ばかりでもなく、たまに水場にいきあった時には居留地から持ち出した樽を満杯にして荷車を重くする。
これだけの人数ともなると、単純に生きて地黄を続けるだけもかなりの困難を伴う。
そのほとんどが、オレのようになにもない場所で生き続ける知恵を持っていないとなればなおさらだ。
客観的に見ても、かなり無謀な強行軍に思えたが、予知と遠見のユウシャが口を揃えてできるだけ遠くへ避難することを勧めてきたのだから、選択の余地はない。
この二人の意見が一致することはそんなに多くはなく、神官長をはじめとする大人たちはその意見を疑うことはなかった。
そのままロノワ砦周辺に留まって全滅をするよりは、こうした苦難を甘受する方がいくらはマシだろう。
と、そういうわけだ。
多少しんどい思いをしても、全員が死ぬよりは。
そんな次第で、今回の旅は以前にもまして快適なものにはならなかった。
子どもや羊の声だけではなく、大人たちもすぐに目的もなく歩き続けるという苦行に根をあげて、愚痴やら不平不満やらをここぞとばかりに垂れ流すようになる。
特に戦闘行為に参加しない、ベッデルでは町中に籠もってなにかを作り続けていたような職人肌のユウシャたちはひどかった。
愚痴とか不満を通り越して、ほとんど悪態か呪詛に近いような語調で神官長をはじめとする、この脱出を強行することに決めたお偉いさんを公然と詰りはじめた。
「やつら、今まで苦労らしい苦労もしてこなかったからなあ」
同じユウシャであるはずのトリイは、そうした連中についてそう評した。
「これまで特別な知識を持つユウシャだからとおだてあげられ、下にも置かない扱いを受けてきたのに、今ではこの有様だ。
どこかに鬱憤をぶつけなけりゃ、やっていけないんだろう」
そうしたベッデルに在住していたユウシャたちは、ベッデルが潰れた際に家族も失っている。
ユウシャであるがゆえに本人は生き返ることができたが、ユウシャの家族たちはそういもいかなかった。
オレのような身ひとつで生きることを当然としているやつは別にして、ベッデルが滅んだことについては、ほとんどの人間が心に大きな傷を負っている。
これについては、ユウシャかそうでないかに関係なく、全員が等しく鬱屈を抱えていた。
その記憶がまだ薄れないこの時点で、今回の脱出行が強行されたわけで、そりゃあ荒れない方が無理ってもんだ。
表面的には明るく、しかし、なにか些細なきっかけがあればすぐに感情的な衝突が発生した。
赤ん坊の泣き声がうるさいとか、食糧の分け方が不公平だとか、そんな些細なことをきっかけにして、日になんども結果沙汰が起こる。
比較的冷静なユウシャがすぐに割って入るので、そうした際にもさほど大きな騒ぎに発展することはなかったが、それでもこの一行の空気が日を追うごとに悪くなっていくのは、誰もが肌で実感できた。
オレはといえば、食糧を集めるという名目で、そうしたギスギスした団体から離れている時間を出来るだけ長く取るように心がけている。
いざとなれば、この集団から離れて自分だけでどこかに逃げることもできる。
そういう認識があったので、オレはどうにか余裕のある態度を保つことができた。
以前から町の連中と離れている時間が長かったオレは、ここに至ってもどこか他人事というか、連中の仲間であるという意識が乏しかったのだろう。
オレにしてみれば、今の段階でもこの連中と行動を共にする理由というのはかなり乏しかったのだが、万が一、この脱出行が成功し、どこか安全な場所に退避することができることがあるのかも知れない。
その可能性がわずかでもある以上、オレとしてももう少しこの連中とつき合って、行動を共にする理由があるわけだった。
それに、予知のユウシャがいっていた、「本物の勇者」とかいう存在についても、正直にいえば興味があった。
オレが知っているユウシャたちは、複雑な術式を駆使してかなり強引にこの世まで召喚された連中ばかりだ。
その手の術式に詳ししやつにいわせれば、「別の世に存在する人間、その魂を複製して、形を与える」術式だそうで、だからこそ、魂さえ持ってくれば体自体は何度でも再構成することができる、そうだ。
予知のユウシャがいう「本物の勇者」とは、どうやらオレが知るユウシャとは根本的に異なる存在であるらしい。
めっぽう強いとことは当然として、それ以外に、召喚のされかたなども異なる。
「さらにいえばなあ、ユイヒ」
予知のユウシャ、トダはオレに向かってそう説明した。
「本物の勇者は、生き返ったりしない。
いや、根本的に、死ぬことはない」
「不死身だってのか?」
オレは訊き返す。
「見方によってはな」
トダは、そういって首を横に振った。
「損傷をした部分は、その場で治る。
胴体や首が分断されても、すぐに元に戻る」
「それ、人間なのか?」
オレは、正直な感想を述べた。
「魔群だって、そこまでしぶといのはいないぞ」
「まあ、一種の呪いに近い性質なのだろうな」
「その、不死身の勇者様は、今どこにいるんだよ?」
「わからん」
トダは即答した。
「どこか遠く、ここからかなり離れた場所だとは思うが」
肝心なところで、役に立たないユウシャだった。
トダのいう本物の勇者とやらは、何度も死ぬような目に遭っては復活をしながら次第に強力な存在になりながら、魔群を殲滅して安全な場所を徐々に広げているらしい。
その言葉をどこまで信用していいのか、オレには判断ができなかった。
そんな殺しても死なない、めっぽう強い本物の勇者がこの場にいたのならば、オレたちの苦労をする理由もすべてなくなってしまう。
案外。
と、オレは思う。
本物の勇者うんうんという予知は、トダの願望がかなり反映しているのではないか。
なんといっても、その本物の勇者は、今、この場にいないということを除けば、あまりにもオレたちにとって都合のよすぎる存在だからだ。
しばらくは平穏、といってしまえば語弊があるか。
ともかく、身内の不和以外にこれといった障害がない日々が何日か続いた後、そいつらは唐突に姿を見せた。
魔群だ。
それも、かなりの大群が、遠くからこちらに向かってくる。
遠過ぎて細かいところまでは確認できなかったが、かなりの規模であることは確かだ。
「トダ!」
カガ神官長が、ユウシャのトダを振り返ってそう怒鳴りつけた。
「あいつらの存在を予知することはできなかったのか!」
「無理をいうな」
トダは、白けた口調で、そういう。
「予知は絶対ではない。
なんでも見えるわけではなく、見える時と見えない時がある」
そのことは、あんたも知っているはずだろう。
と、トダは、口の中で小さくつけ加えた。
これまでも魔群と遭遇することはあったが、それもすべて今いるユウシャたちで対応できる数だった。
実際、居留地を脱出してから今まで、オレたちはたいした被害も受けずにやってこられている。
「戦えるユウシャたちは外を固めろ!」
誰かが叫んだ。
「戦えないやつらは中心に固まってろ!」
これまで、魔群と遭遇した際、オレたちは同じように対処している。
外側を、多少なりとも戦えるユウシャと人間が固めて、その中にいる人間を守る。
いわゆる、円陣というやつだ。
遮蔽物がないこんな場所では、そうするしか方法がない。
今度は、保ちこたえることができるかな。
見る間に大きくなっていく大群の方を見ながら、オレは、他人事のようにそう思った。
そして、全滅するところまでいかなくても、かなりの被害を受けることは避けられないだろうと、そう予測をする。
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