第36話 遠見と予言。そして、救い? しかしそれも、間に合うのかどうか。

「どうも、最近の様子はおかしいのではないか?」

 居留地の連中がそう騒ぎはじめるまで、さほど時間はかからなかった。

 これまでも、一時的に魔群が荒ぶった時期はあったそうだし、ベッデルがやられた時のような魔群の大発生も、何度かあったそうだ。

 ただ、そのどちらも過去の例ではごく短時間で通過する、いわば一過性の現象で、そのごく短い時間をどうにかやる過ぎごせばどうにか生活レベルにまで魔群も落ち着いていた、という。

 今回のはどうも、それまでに例がない、慢性的な現象のようだ。

 居留地の連中がそう騒ぎ出した頃には、ユウシャたちが十人以上集まっていてさえも、安心して人里から離れることができないようになっていた。

 それどころか、居留地やロノワ砦に籠もっていても、外部から頻繁に魔群が襲来している。

 常に一定数以上の、百名以上のユウシャをそうした場所に待機させておかないと、安心して日常生活を営めないような状況になっていた。

 無論、そんなことになれば、様々なことに支障が出る。

 特に食糧の調達は、少し前と比較をすると格段に時間がかかり、非効率的になった。

 脱出組の連中はロノワ砦の外を開拓に手を着けていたのだが、そうした耕作地候補も無残にも荒らされていたし、それに野生動物を狩りに出ていたユウシャたちも、途中で魔群に遭遇して、手ぶらで逃げ帰ってくることが多くなった。

 魔群はどうも、気性が荒くなったのと同時に、この付近での分布状況がかなり濃くなったらしい。

 もちろん、ユウシャたちも狩りに出る途中で、あるいは魔群を倒すこと自体を目的として何度も居留地の外に出ては討伐する、という行為を繰り返していたわけだが、焼け石に水というか、いくら魔群を倒しても次々に新しい魔群がどこからか沸いてくる。

 際限がないような状態であり、また、ユウシャの側もその途中で負傷なり死亡なりの損耗を強いられるわけで、今では労力や危険度の割には効果がないと判断されて、そうした魔群の討伐もあまり活発ではなくなっていた。

 そんな中、オレはといえば、カガ神官長から呼び出されて、今度は魔群と遭遇した際に、どうすればうまくやり過ごせるのかというひげ方、隠れ方をユウシャたちに教えるようになっていた。

 オレの方法は基本的に生業である盗賊としての資質に頼っている部分が多いので、生業として盗賊を選んでいない者がほとんどだというユウシャにはあまり意味がないはずだったが、仕方がないので一応、教えておく。

 神官長の頼みを無碍に断っても、オレにとってはあまりいい結果にならないし、それに、オレにそんなことを頼んだカガ神官長にしても、それでユウシャの被害がそんなに極端に減ると本気で信じていないようでもあった。

 要するに、この前例のない緊急時あたって、ユウシャやその他、普通の人間たちの気持ちを少しでも紛らわせるための方便として、オレにそんな仕事を振ったのだろうと、オレは想像している。

 つまりは、こんな極端な変化に対して、気を紛らわせる以外の方法を神官長クラスでも思いつかなかったということでもあり、そう思うとオレは将来のことを悲観するしかなかった。

 オレの想像が正しければ、「神官長クラスでも、この状況に対して効果的な対処法を思いつかない」、ということを意味しているからだ。

 居留地を取り巻く状況は確実に悪化しており、そこから脱する方法を誰も思いついていなかった。


 オレ自身に関していえば、実はあまり困らなかった。

 というのは、オレは魔群がうろつく中、単身で生き延びる術を心得たからだ。

 魔群と遭遇する頻度が多少あがったとしても、オレの方法はいぜんとして有効であり、ただ魔群をやり過ごしたり逃げたりする回数が多くなって煩わしいと感じるだけだった。

 そうして魔群から逃げる合間に罠を仕掛けたり、獲物を捕ったりして、自分一人分くらいの食い扶持は自分で確保することができた。

 さらに状況が悪化して魔群が増えてくればオレとしても危機感を募らせると思うのだが、今くらいの状況だとそこまで焦る必要を感じない。

 オレよりもむしろ悲惨なことになっているのは居留地の連中で、なまじこれまで労働力解消のためにユウシャの召喚する回数を増やし人口増加を推奨していたため、外に出て食糧を確保することができる人間よりも食わせる人数の方が圧倒的に多い状況になっていた。

 居留地などは、妊婦や乳幼児など、あと数年は食糧調達には役に立たないであろう人間を多数抱えた上で、どうにか狩猟で食べ物を確保しようと涙ぐましい努力を続けている形だった。

 ロノワ砦の方が貯蔵していた食糧が多い分、脱出組の居留地よりは余裕があるようだったが、それもあえて比較をすれば、といった程度であり、この状況に弱わりきっていること自体はなにも変わらなかった。

 多少在庫が多いといっても、砦の中は閉ざされた空間であり、食糧を増産する余地という物がほとんどない。

 居留地のように今すぐに困るという状況ではないにせよ、将来のことを考えるとどうにもしようがないという点では居留地と大差がなかった。

 居留地の有無に関わらず、ロノワ砦の連中にしても、砦の外に耕作地を拡大していかないことには展望がない状態なのだ。

 増大した魔群の圧力は、居留地とロノワ砦の双方にとって深刻な危機をもたらしているいる、といえる。

 そしてオレは、以前にも検討していた、この周辺から遠く離れて単身で生き延びることを本気で考えはじめていた。

 いや、オレがこの場所から離れる決断をするのは、そのままで行けば時間の問題だっただろう。

 どこへいってもどうにか生き延びることができるオレは、いつまでもこの場所に留まっているメリットというものがないのだ。

 ただ、オレがその決断をくだす前に、さらなる状況の変化が起こった。

 もちろん、悪い方向への変化だ。


「これまでに例がない、ベッデルを襲った時以上の数の魔群が、こちらに向かっています」

「遠くの土地で、ある姫君が本当の勇者を召喚したようです」

 遠見の能力を持つユウシャと、予知の能力を持つユウシャとが、ほぼ同時にこんなことをいい出した。

 このユウシャたちはベッデルが全滅をした時にも活躍し、そのおかげで一部の人間がどうにか脱出することに成功をしている。

 つまり、その秘蹟の能力についても折り紙つきで、神官長たちをはじめとする周囲の者たちからも信頼されていた。

 ごく最近、ようやく生き返ったばかりの二人が、そんなことをいいだしたのだ。

「一刻も早く、一人でも多く、この場所から離れてください」

 遠見のユウシャはそう主張をした。

「そうしないと、砦の人たちもろとも、今度こそ全滅してしまうでしょう」

「その勇者は何年も前に召喚されましたが、今はまだ成長の途上のようです」

 予知のユウシャはそういった。

「ただ、潜在的な能力は極めて高く、何度も生き返り、経験を積みながらゆっくりとこちらに向かっています」

 吉報と凶報、その両方がほぼ同時にもたらされた形だ。

 神官長たちは協議の上、遠見のユウシャの発言を重視した。

 予知のユウシャ自身が、

「その本物の勇者がわれらの元に現れるのかどうか、現れるとしても、それがいつになるのかはわからない」

 と、そう明言したせいでもある。

 どうも予言という秘蹟は、遠見の秘蹟と比べるともわかる内容が明確さを欠く性質があるようで、能力の持ち主にとっても不明瞭な点が多いようだった。

 そのユウシャがいう、「本物の勇者」とやらがどこかに存在したとしても、今、ここで危機に瀕しているオレたちを救って貰えないのならば意味がない。

 予知のユウシャによると、その「本物の勇者」とやらはどことも知れない遠い場所で、毎日のように傷つき、場合によっては死んで生き返りながら、日々膨大な数の魔群を倒し続けているという。

 しかしの具体的な場所や詳細な動向については、

「はっきりとしたことはなにも見えない」

 とのことだった。

 どうやらその「本物の勇者」とやらは、人類を救うことは確かだがオレたちまでその救われる対象に含まれているのかどうか、はっきりとしないらしい。

 そんな状況では、神官長たちも遠見のユウシャがいったことの方を重視するのも仕方がなかった。

 居留地の連中は、慌ててこの場を放棄してどこかに逃げる準備をはじめた。

「どこに逃げるべきか」

 という相談も含めて、だ。

 困ったのは、ロノワ砦の連中がこちらの忠告に耳を貸そうとしなかったことだ。

 いや、別にオレを含む脱出組の誰かが本気で困るということもないのだが、とにかく、ロノワ砦の連中は、遠見のユウシャがいうことを真摯に受け止めようとしなかった。

 それどころか、予知のユウシャがいうことの方を重視して、

「多少の魔群が襲ってきても、砦の中に閉じこもって息をひそめていれば、いずれはその本物の勇者が助けに来てくれる」

 と、そう思いはじめたらしい。

 砦の連中が本気でそう信じていたのかどうか、それはオレにはわからない。

 あるいは、後から来たくせに神官長を何人か抱え、大きな顔をしている居留地の連中に思うところがあって、あえてそうした反発している可能性もあったが、いずれにせよ、居留地の人間が何度か説得を試みても、ロノワ砦の連中は一人も外に出ようとはしなかった。

 しばらくそうして説得を試みた末、居留地の人間はひとかたまりになってその土地を放棄して、移動を開始する。

 ベッデルから脱出した連中は、新たに召喚されていたユウシャも含めて、再び旅路につくことになった。

 それも、今度は目的地すら定まっていない、以前にもまして不安定な放浪の旅だった。


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