第35話 じり貧になっていく状況。その後のオレ。見かけたミオ。
最初にハジメとミオの魂を運んだ時のことからも明らかなように、他に同行者いるよりはオレ一人で行動をする方が遙かに楽だった。
実際の作業の上でも、気分的な問題でも。
それはここまで状況が悪化していなかった頃から変わらない。
なんといっても一歩外に出ればいつ魔群とかち合うのか、予断を許さない状況だ。
なにをするにしても他人の身まで案じた上で行動していたら、それこそ気が休まる間もない。
オレはユウシャたちのように強くはなかったが、そのかわり、魔群の性質をよく知り、逃げ延びる方法を知っていた。
目くらましの術なども多少の手助けにはなったが、それ以上に重要だったのはそうした細々とした魔群に対する知識であり、対してユウシャたちは魔群とみれば正面から叩くことばかりを考えて、魔群自体について知ろうとはしなかった。
こんな状況ではあったが、オレにしてみれば単独で行動をする限りそこまで不自由することはなく、しばらく居留地の外に出ては帰還することを繰り返した。
ユウシャでさえ怯む外に出ては平然とした顔をして帰ってくるオレのことを見て、居留地の人間はなんともいえない表情をしていた。
それまで子猫だったと思った存在が唐突に虎になったとしたら、そんな顔になるのかも知れない。
そうした外野の思惑など関係なく、オレはオレ自身に与えられた仕事を淡々とこなす。
とはいえ、そうした仕事も、いつも完全に成功するとはいえなかった。
オレが外を出歩くこと自体は問題はなかったが、ユウシャの魂がどこにあるのか、そのユウシャが死亡した地点を特定できない場合がたびたびあったからだ。
その頃には数名のユウシャたちが固まって動いていたのだが、大抵の場合、目的地や漠然とした移動範囲だけが示されることが多く、果たしてユウシャの魂がどこを漂っているのか、特定をすることができなかった。
そういう、与えられた手がかりが少ない場合、オレは仕方がなく自分の足を使って心当たりをしらみつぶしに歩いてみたが、魂の回収率は落ちる一方だった。
幸か不幸か、オレの作業時間に期限が設定されることはなかった。
神殿にはまだまだ大量の吸魂管が手つかずで残っており、大勢のユウシャたちが生き返る順番を待っているような状態だ。
その上、新たに魂を回収してくるのが多少遅れても、誰も困らなかった。
オレはまず、渡された情報の中から確実性の高い物から順番に試していき、次に、なんらかの理由で死亡した地点がはっきりとしないユウシャの魂を、時間をかけて探した。
失敗することもあったし成功することもあったが、こればかりは完全に運だとしかいいようがない。
それから、召喚したばかりのユウシャの魂を回収する仕事も、またオレの手に戻ってきた。
これまで、数名のユウシャたちを組ませてその回収を任せていたのだが、例によって状況が悪化して以来、回収班のユウシャたちもその途上で全滅することが多くなったためだ。
結局、この手の仕事はオレに任せる方が確実に成功すると、上の連中はそういう結論に達した。
オレ以外の連中はどうしているのかというと、居留地周辺の守りを固めている。
ようやく軌道に乗りはじめた居留地の安全をどうにかして守り続けようと、ユウシャと普通の人間とを問わずに躍起になって頑張っていた。
この居留地を含めたロノワ砦周辺部がやられたら、それこそ算を乱して個別に逃げていくしかない。
そこの人間全員にとって、文字通り死活問題なのだ。
だからその場の全員が、かなり本気で今回の事態を案じていたし、多少なりとも効果がある方法はすべて試していた。
らしい。
というのは、オレはたいがいその居留地から離れて動くことが多かったので、そちらの様子は間接的に、あるいは後から聞いて知ることしかできない。
ただ、ますます威力を増した魔群の脅威から、少しも多くの人間を守るためにかなりの努力をはじめているということは、繰り返し別の人間から聞かされていた。
魔法や秘蹟の情報を共有し、もしも余裕があるのならば習い、教えあい、それ以外に武術の鍛錬にも今まで以上に力を入れていたようだ。
一部のユウシャは、生き返らせる時に複数の秘蹟を刷り込まれ、より強力な存在として復活をした。
強制的な秘蹟の刷り込みは一度にひとつ、というのが従来のやり方だった。
秘蹟同士が干渉をし合い、復活が失敗する事例が後を絶たなかったからだ。
しかし、ここに至っては、多少の失敗よりはより強力なユウシャを欲する気持ちが強くなったようで、一定の確率で失敗することを前提として、そうした強引な手段に訴えることが状態化したらしい。
そうした方法で復活を遂げたユウシャは、仮に復活できたとしても心身のどこかしらに異常を抱えた状態であることも珍しくなく、オレが居留地に帰るたびに異形となったユウシャの姿は確実に増えていった。
これも一種のガチャ、なんだろうな。
などと、オレは思う。
生き返ることができるかどうか。
生き返ることができたとしても、正常な状態か、そうではないのか。
そうした確率上の遊戯を、死亡したユウシャたちは強制されているらしい。
その中の失敗例は、復活した途端に自分の姿に絶望して自害を図ったり、周囲を巻き込んで相当な被害を出したりしたそうだが、上の連中はそうした強攻策を改めることはなかった。
多分、そうした被害が出ることを前提としても、より強力なユウシャが欲しい。
そんなとろまで、居留地全体が追い詰められていたんだと思う。
オレにいわせれば、そこまで手段を選ぶ余裕がなくなっている時点で、かなりの末期な状況だと思うのだが。
魔群がこれ以降、大人しくなるとも思えない。
今の段階でそこまでしてようやく現状を維持できているとなると、魔群がこれ以上に強く、多くなっていったら、それこそ対処のしようがなくなってくるのではないか。
オレでさえそう思うのだから、居留地の連中がその危うさを自覚していないわけがないのだが。
それでも、止められないんだろうな。
と、オレは思う。
多少危うくても、全滅するよりはまし。
多分、上の連中は、どこかの時点でそう腹をくくったのだろう。
居留地なりロノワ砦なり、あるいは人類全体がこれからどうなるのか。
それはもう、悲観的な予想しかできないわけだが、当面、オレ自身にはあまり関わりがない。
というかオレは、これまで大勢の人間の死を見てきたので、どこか神経が麻痺しているのだと思う。
オレ自身に関しても、あっけなくか苦しみ抜いた上でかはわからないが、いずれは終わりが来る。
死に様まではわからないものの、死ぬこと自体は確定しているわけであり、さらにいえばオレは、死というものが身近になりすぎてどうにも真剣に思い悩む気にならなかった。
終わる時は終わる。
というのが、オレ自身の将来に対して思うことであり、それまではせいぜい、快適に過ごすように努力をするしかない。
回収した吸魂管を預けるため、立ち寄るたびに陰気な雰囲気になっていく居留地はオレにとって快適な場所とはいえなくなっていた。
何名か顔見知りもいるし、そうした連中と会えば立ち話くらいはするのだが、誰もが一様に疲れた表情になっている。
こうした状況が長く続けば、内部の人間全体がギスギスしていくのも当然であり、連中の精神が徐々に蝕まれているのは確実に見えた。
ことに最近はついに食糧が配給制になったとかで、居留地のやつらにとっての娯楽がほぼなくなってしまったらしい。
男連中には神聖娼婦がいるわけだが、それも子作りを推奨されて強制されると、かえって興ざめになるようだった。
第一、今いる連中の食糧さえどんどん不足していくこの状況で、安心して子どもを作れるわけがない。
子どもといえば、少し前にミオとその子どを見かけた。
子どもはすでによちよち歩きをするようになり、周囲の大人たちの雰囲気が確実に暗くなっていくのにも関わらず、無邪気に笑っていた。
ミオはといえば、前に会った時よりも痩せて頬がこけていた。
ハジメが生き返ったとも聞いていないし、こんな場所で心細い生活を続けているらしい。
オレとしてはかける言葉も持たなかったので、ミオには声をかけず、遠目にその姿を確認しただけで、その場を去った。
お互い、どうにかしてこの苦境を乗り越えられればいいな。
と、心の中で、そう声をかけながら。
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