第34話 苦境と帰還。状況は悪くなる一方で、オレは新しい仕事を引き受けることにした。

 今生き残っている人間の中で、シライが一番ユウシャとして長く生きている。

 だから自然と、この集団を指揮するのもシライの仕事になった。

「本音をいうと、今回はかなりきつい」

 シライは、オレに向かってそういう。

「魔群の戦闘能力を過小評価し過ぎていたんだ。

 だから、最低でも誰かに居留地まで吸魂管を届けさせる。

 そこのとを、最低限の目標に設定しよう」

 一見、弱気な目標に思えるのだが、その実、オレにはこの判断はかなり現実的な物に思えた。

 これまでの魔群の接触で、すでにこの集団は当初の人員の半数以上を失っているのだ。

「おそらく、最後まで生き残るのはユイヒになると思うんだけど」

 シライは、そう続ける。

「精神的な意味できつい仕事になると思うけど、あんただけは自分が生き残ることを最優先にして」

「どのみちオレは、逃げたり隠れたりするのが専門だからな」

 オレは、そう答えておいた。

「戦闘に参加しても、足を引っ張らないでいるのがせいぜいだし。

 そちらの指示に従うさ」

 盗賊を生業とするオレは、戦闘面の貢献ではユウシャたちの足下にも及ばない。

 せいぜい、秘蹟によって敵の感覚器を狂わせる程度の補助的な役割しかこなせなかった。

 まったく役に立っていないとはいわないが、ともかくもオレには魔群をどうこうできるほどの攻撃力は持っていない。

「目くらましの秘蹟は、かなり役に立ってくれているんだがな」

 生き残ったユウシャの一人が、オレにそう声をかけた。

「あんたがいなかったら、多分おれたちはとっくの昔に全滅している」

 慰めのつもりか、それとも本音なのか。

 オレにもにわかには判断つかなかったが、ともかく今の状況が最悪に近いってことはこの場にいる誰もが深く認識している。

「もっと人数を連れてくるべきだったかな?」

「人数さえいればどうにかなる問題なのか、これは?」

「こんな状態がこれからも続くとすると、ロノワ砦も含んだ居留地全体がヤバいぞ」

「この調子だと、玄室まで行くのにも全滅を覚悟しなけりゃならん」

「ミイラ取りがミイラになるか」

「ユウシャの魂を回収しにいった連中が帰還せず、さらにその連中の魂を回収するために人を出すようになる」

「堂々巡りだ」

「ユウシャの損失が全般に増えるとなると、いろいろな部分が効率悪くなるな」

「いや、そもそも、今の時点でも居留地はかなりギリギリなんだ。

 そんなことになれば、今後は餓死者も出てくるぞ」

「食糧の採取にも支障を来すわけか」

「放牧に出ているやつらが無事だといいがな」

「この上羊の数まで減ったら、それこそ洒落にならん」

 居留地の方角に来た道を引き返しながら、ユウシャたちはそんなことをいい合っている。

 おそらく、いつ襲われるのか予断を許さないこの状況下で、そうしたおしゃべりをすることで不安を紛らわせているのだと思う。

 この場に生き残っているユウシャたちだって、決して弱くはない。

 少なくとも、これまでの魔群との戦闘を見ていたオレには、そう思えた。

 ここにいるユウシャたち以上に、魔群の方が強くなっているのだ。

 そして、そうした変化が局所的なものではなく、もっと広い範囲に渡る傾向だとすると、ユウシャたちがぼやいていたように今後はかなりマズいことになる。

 オレが、というよりはオレたち、人間全員が、だ。

 オレたちは最悪でも誰か、最後の一人が居留地にたどり着けば、多少時間がかかるにしても、オレ以外の全員を生き返られることができる。

 その最後の生き残りは、シライがいうように必ずオレである必要もない。

 今の時点でも損失は十分に多いのだが、その失態を挽回する機会はこれからもあるはずなのだ。

 ただ、オレたち以外の、もっと広い範囲にまで目を向けると、いい材料がほとんどない。

 今回は、どうにか誰かしらが居留地までたどり着けるのかも知れないが、その後の展望は極めて心細かった。

 いくらユウシャであるとはいっても、悲観的にならないわけがない。


 魔群は、以前よりも猛り狂ってはいたが、遭遇する頻度自体が多くなったわけではない。

 以前より慎重に、そして、犠牲を出すことを恐れずに進めば、どうにかオレたちにも対処することができた。

 仲間の誰かが襲われれば、その魔自体の存在位置は知れることができるわけで、仲間が巻き添えになることを前提にして残りの全員がありったけの攻撃を叩き込めば、どうにか勝つことはできる。

 もっともこれは、交戦するたびにこちらの戦力も減衰する完全な消耗戦であり、さらにいえば仲間もろとも攻撃をすることによって、ユウシャたちの戦意も大きく減退していく。

 すぐそばでそうした現場を目撃していたオレは、ユウシャたちの精神が目に見えて荒んでいく様子を目の当たりにした。

 無事に誰かが居留地まで着いたとしても。

 と、その時、オレはそう思った。

 その後、このユウシャたちは使い物になるんだろうか?


 さらに数日が経過し、オレたちは最終的に三人にまで数を減らしながらどうにか居留地までたどり着いた。

 オレたち三人はその足でアイネ神殿へと向かう。

 持ち帰った吸魂管を預ける必要があったし、それ以外に、外の異変につても報告して注意を喚起しておく必要があった。

 すでに他の誰かが、同じような報告をしている可能性は大きかったが、だからといってオレたちが経験した事例がまったく参考にならないというわけでもない。

 その、はずだった。

 オレは受付の机に吸魂管が入った鞄を置く。

 かなり重たい荷物であり、一度にこれだけ多くの吸魂管を運んだのは、ベッデルで預かった荷物をここまで運んで来た時くらいのものだ。

 受付のやつは鞄の中身が全部吸魂管だということを知った瞬間に息を飲み、オレたちにその場で待つようにいい残してから一度奥へと姿を消す。

 いくらもしないうちに受付のやつは戻ってきて、

「奥の方へいらしてください」

 とオレたちを案内した。

 そこで、詳しい説明を聞きたいらしい。


「外は、控えめにいってもかなり状況が悪くなっている」

「知ってる」

 直々に姿を現したタマキ神官長が、そういった。

「こちらでも、似たようなもので。

 あなたたちが出て行ったのと前後して、ユウシャが死亡するペースが一気に加速をしています」

「ヤバいんじゃないのか?」

「ヤバいよ、十分に」

 オレの問いかけに、タマキ神官長は即答する。

「こちらに移ってきてから日も浅く、なにかと人手を必要とする時期にこれじゃあ」

「新しいユウシャの召喚は?」

 続けて、オレはそう聞いた。

「それから、ユウシャを復活させるペースは?」

 ユウシャの欠員が多くなると、この居留地全体の安全が脅かされることになる。

 ユウシャの数を補填するためには、新たなユウシャを召喚するか、それとも死んだユウシャを生き返らせるしかない。

「どっちも、今の時点で目一杯」

 タマキ神官長は、そういった。

「どちらの術も、使える人間が限られているものだし。

 術自体が複雑で時間がかかり、新しく術が使える人間もそんなにいきなりは増やせない」

「なにかオレたちにできることは?」

「ユウシャたちは、とりあえずこの居留地周辺を警護したり見回ったりする仕事に合流して」

 この問いに、タマキ神官長は背筋を伸ばして答える。

「それで、ユイヒ。

 あなたには、新たに頼みたいことがあるの」

 タマキ神官長はそういってユウシャたちを退室させ、部屋に残ったオレに説明をはじめた。

「外に出て行ったまま帰ってこないユウシャたちが、何組かあって」

 趣旨だけを抜き出していえば、そうしたユウシャたちの魂を回収してこい、ということだった。

 そういう湯増え知れずになったユウシャたちも、使えるものならなんでも使いたいこの状況下では、そのまま放置しているわけにはいかない。

 かといって、普通に回収班を手配しても、二重遭難になる可能性が高い。

 そこで、こうした仕事に手慣れているオレが、指名されたわけだった。

「ユウシャとは違い、オレならば失っても惜しくないだろうしな」

「冗談でもそんなことはいわないで」

 オレがそういうと、タマキ神官長は鋭い声を出した。

「ユウシャであろうとなかろうと、どこの信徒であろうと、人の死を悼まない人間はいない」

 生き返ることができるユウシャの死でさえ、悼む。

 そう断言したタマキ神官長に、オレはどうも背中がむずかゆくなる。

 この人は、安全な場所にばかりいるからそういうこともいえるんだろうな。

 とも、思った。

 とにかく、仕事は仕事であり、オレが断ったりしたらさらに状況が悪くなることは理解できたので、オレはその仕事を引き受けることにする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る