第33話 新しい仕事。変化している状況。厳しい現状。
「そいつは」
オレはトリイが口にした不穏な情報を、自分の中で吟味した。
「周知のことなのか?」
「外に出ているユウシャならば、みんなそう感じている」
トリイは平然とした口調で答える。
「そちらの関係者の間では、共通の認識だと思って貰っていい」
「それって、ヤバいんじゃないのか?」
「ヤバいな」
トリイは、オレの問いかけに即答をする。
「ベッデルに続いてロノワまでやられたら、再起する方法もない。
上も、召喚する回数を増やしたり、魂の回収に力を入れたりしているようだが、到底間に合わないだろう」
当然だ、と、オレは思う。
ユウシャを復活させる秘蹟には、少なくはない時間と人手を必要とする。
ベッデルから回収した吸魂管だって、まだすべての処理を終えていない。
こうしている今も、順番待ちで復活される時を待っている吸魂管が多数、どこかに保管されているはずだった。
「もう、長いことそんな状態なのか?」
オレはまた訊ねた。
「ずっと続いているな」
トリイが即答をした。
「おかげで、吸魂管の増産が決まった。
お前のような逃げるのが巧いやつが同行していれば、オレたちとしても安心できる」
オレが同行をしていれば、復活できる可能性はそれだけ大きくなる。
トリイがオレに望んでいるは、つまりはそういう仕事だった。
また、吸魂管が増産されているということは、それだけユウシャが損耗する頻度が多くなっているということでもあり。
普通に外で遭遇する魔群が、それまでよりもよほど手強くなっている、という証拠だった。
「お前らに同行する件は、考えておく」
少し考えてから、オレはトリイにいった。
「明日の朝までには結論を出すつもりだ」
「わかった」
トリイも、オレの返事に頷く。
「それまで、どこにいるつもりだ?」
「居留地から、少し離れた場所で野宿する」
オレは答える。
「日が昇ったら、一度居留地に立ち寄るから。
返事はその時にする」
「そうか」
トリイは、細かいことを別に訊ねずにそういってくれた。
「いい返事を期待しておく」
居留地を出て火をおこし、その前に座る。
考えるべきことが多過ぎて、さらにいえばオレなどが考えてもどうにもならないことはもっと多過ぎることがわかって、なんだか落ち着かない気分になった。
やっぱりこの大地は、少なくとも人間が住む場所としては終わりかけている。
その後、魔群が栄えるようになるのか、そこまではわからなかったが。
「おぬしよ」
例のなりかけが唐突に地面から生えてきて、オレに語りかけてくる。
「ちからは、いらぬか?」
「役に立たねーよ、そんなもん」
オレには、滅びかけた人間を、オレ自身も含めて生きながらえるための力という物が想像できない。
そんな都合のよい秘蹟が、どこかにあるんだろうか?
いずれにせよ、オレとしてはこんな得体の知れない存在に頼るつもりは微塵もなかったが。
「もう寝るから、消え失せろ」
オレはそいつにそういい捨てて、その場に横になって目を閉じる。
目を閉じて、しばらくいろいろなことを考えた。
翌朝、オレは居留地に戻ってトリイの姿を探した。
居留地はそんなに広くないので、人捜しにもさほど時間はかからない。
ましてや、トリイのようなユウシャがいそうな場所は限られている。
「しばらくお前たちについていこうと思う」
すぐに見つかったトリイに、オレはそう声をかえる。
「そうか、助かる」
トリイはオレの返事を聞いて、そうとだけいった。
「ついてこい。
仲間を紹介する」
トリイの組んでいる連中は半分くらいは、オレも知らないユウシャだった。
知った顔だと、シライやハジメが組んでいるらしい。
まだ子育てに追われてユウシャ稼業に復帰していないのか、ミオの姿は見えなかった。
その知らないユウシャ連中と名乗り合ってからすぐに、オレたちは出発をする。
オレの顔を知らなくても、大半のユウシャはオレの名前と仕事のことを知っていたので、詳しい自己紹介は必要なかった。
「最近、やられるユウシャが増えていてな」
アイダという、今回はじめて顔を合したユウシャが、歩きながらオレにいった。
「別に、そうしたユウシャが不甲斐ないというわけではない。
歴戦の、有能なユウシャもあっさりとやられている」
「魔群が、全体的に強くなっているのか?」
オレは訊ねた。
「トリイは、猛々しくなっているといったが」
「強くなっているというか、興奮している、以前にも増して凶暴になっているというべきだな」
アイダは、そう続ける。
「以前は、こちらを襲うにしても、その前にこちらの出方をうかがう魔群も多かった。
今では、やつらは最初から全力で、差し違え覚悟で来やがる」
ああ、それは。
と、オレも納得をした。
こちらが魔群を発見する前に、魔群の方が全力で突撃をかけてきたら。
いかに歴戦のユウシャであっても、秘蹟を使う前に倒されてしまうだろう。
「今のわたしたちにできるのは、そうなった際、誰かを囮にして別の全員で魔群を倒すって方法だけ」
シライが、そう続けた。
「相手よりも先に、こちらが相手のことを発見できればあまり問題がないんだけど。
でも、遠見が使えるユウシャはあまりいないし、そんな消極的で犠牲の多い方法しかやりようがない」
ユウシャの損耗率が増え、吸魂管が増産されるわけだ、と、オレは納得する。
この様子では、復活待ちの魂入り吸魂管は増える一方だろう。
「魔群の数自体はどうなんだ?」
オレは訊ねた。
「オレの経験では、以前と変わらないように思うんだが」
「以前とほとんど変わらないな」
トリイがいった。
「こちらの実感としては、ってことだが。
だが、ベッデルのあの夜の前だって、特に魔群の数が増えたとかいう報告はなかった。
こいつもまた、なんの保証にもならん」
なんらかの変化が起こりつつあることは確かだったが、その本質的な部分は誰も理解していない、といったところか。
「そもそも、魔群っていったいなんなんだろうな?」
ハジメが、そんなこをいい出す。
「人間や動物ではないことは、確かなんだけど」
「魔群、こちらの人間が神と呼んでいる存在も、秘蹟も」
トリイがいった。
「わからんといえば、すべてわからん」
「オレは、大地や星や太陽がなんなのか、その本質を知らない」
オレは意見を述べた。
「だが、そこにあることは感じられる。
そこそういう姿で存在している、というだけでは駄目なのか?」
「駄目というか、それでは魔群を倒すためのヒントにはならないな」
アイダが、そう応じる。
「正体がわかれば、効率のいい倒し方も工夫できるんだが」
ユウシャとは、そういう考え方をするものなのか、と、オレは関心をした。
いや、すべてのユウシャが、ということもないだろう。
現にトリイやシライ、ハジメなどがそんなことを考えていた様子は見せなかった。
そういう考え方をするユウシャもいる、というのが正しく、このアイダは、ユウシャの中でもとりわけ理屈っぽい正確なのだろう。
「魔群の正体を探る方法が、思いつかないな」
オレは、そういった。
「そんな秘蹟があるとも、聞いた記憶がない」
「だろうな」
アイダはオレの意見を耳にした上で、ため息雑じりにそういう。
「分析したり弱点を解析したりすることが可能なら、ここまで劣勢にはなっていない」
このアイダはアイダで、オレたちを取り巻く状況に関して、忸怩たる思いを抱えているようだった。
このユウシャたちの仕事は探索、より具体的にいうと、近場で木材に使用できそうな原生林を見つけ出して、そこまでのルートを確定することだった。
原生林自体は珍しくもなんともなかったが、木の育成が悪くてひん曲がっていたり、あるいは建材には適さない樹木ばかりが無闇に生えていることが多い。
使える木が生えている場所を特定するのはなかなか骨で、しかもこの仕事はそれなりに急かされてもいた。
居留地の方で、建材はいくらあっても足りないような状況だったからだ。
あたりをうろつき、地図を造り、別に動いているユウシャたちと情報を交換しながら、植生について気長に調査をしていく。
具体的にいえば、そんな内容になる。
ただし、その調査の過程で何度か不定期に、魔群に襲われることが織り込まれている仕事でもあった。
この時も最初の襲撃でハジメを含む何名かのユウシャが犠牲になり、二度目の襲撃でアイダとトリイがやられた。
アイダとトリイは、ユウシャとしてはそれなりに長く過ごして来た男たちで、それなりに用心深いところがあったはずだが、それでも魔群の襲撃を直前まで察知することはできなかった。
二度目の襲撃を受けた後、生き残っているユウシャは居留地を出た時の半数にまで減っている。
「これまでにもまして、厳しい状況」
二度目の襲撃をどうにか切り抜けた直後に、シライがそういう。
「全滅する前に、居留地まで引き返す」
その意見に、誰も反対しなかった。
調査はまた仕切り直すことが可能だったが、ここでオレを含めた全員がやられてしまったら、これまでに倒れたユウシャたちも含めて復活する機会すらなくなる。
まだ余力があるうちに、引き返す。
それは、それなりにまっとうな判断といえた。
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