第31話 仕事、往復、誘惑、警句。地味なようでいて、微妙に変化を続けている今日この頃。
オレはそれからもさらに何回かベッデルを往復する。
生き返ったユウシャたちは増え続け、カガ神官長をはじめとした神官長クラスのユウシャも生き返りはじめた。
吸魂管を順番に処理していき、たまたま神官長たちの順番に当たった、というだけなんだが。
とにかく時間は確実に経過しており、ロノワ砦の居留地の人間たちは増え続け、次第に勢いを盛り返している。
単純に人数が増えているというだけではなく、ユウシャが増えれば周囲への警戒や少し離れた場所になんらかの資材、資源などを採取することも可能となるわけで。
今の時点では食糧を確保することが優先されたが、それ以外にも石や木材など建材、染料の原料となる様々な物なども徐々に流通するようになっていった。
当初の脱出組の状態を思い返せばかなり余裕が出て来て、なにより将来への展望が可能になってきている。
そうした心理的な余裕は結構大事で、居留地の様子はオレが帰るたびに雰囲気がよくなっているように感じた。
人が増え、心理的物質的な余裕が出てきたこともあって、アイネ神殿以外の六つの神殿も建築がはじまったようだ。
ベッデルにあった建物と比較すればかなり粗末な物ではあったが、とにかく、信徒たちのよりどころが形になっていくのはいい傾向だと思う。
こうした神殿は人々の意見を問うどうして今後の方針を定めるための場所としても機能していたので、いつまでもアイネ神殿だけがある状態というのは健全ではないのだ。
それと前後して、一事停止していた新たなユウシャの召喚も再開されたようだ。
ようだ、というのは、そちらについてはオレにまったくなんの相談もなく気がついていたら再開されていた、といった感じなので、詳細がわからないからだ。
どうやらオレにはしばらくベッデルを往復して吸魂管を回収する仕事に専念して貰いたいらしい。
ここから玄室までは、ベッデルから玄室までの距離よりはかなり短く、オレの力を借りなくても独自の回収班で対応可能だと判断されただけかも知れないが。
ユウシャの召喚が再開されたということは、居留地を含めたロノワ砦周辺を新たな根拠地として発展させることを居留地の人間が本格的に覚悟を決めた、ということなんだろうな。
などと、オレは思う。
オレはといえば、もともとその居留地の中にいる時間よりは、外に出ている時間の方が多い。
そのため、そうした居留地内部の諸々に関しては、どこか他人事のように見ている部分があった。
人が増え、ユウシャも増えていくということは、つまりは魔群への対応に関しても安全性がそれだけ増すことでもあるので、客観的に見てもそうした傾向は歓迎するべきなのだろうが。
ああ。
あの夜、ベッデルを襲ったような大侵攻は別だ。
あれほど多くの魔群が一度に人間が多く集まる場所を襲うことは滅多にない。
と、そう聞いている。
いや、よくよく考えると、そうして襲われた場所の人間が生存できる目はあまりに少なく、死人に口なしでそうした事例について広まっていなかった、だけなのかも知れないが。
少なくともベッデルに関しては、あの夜まで何十年もあれだけの、人間の手で撃退しきれいないほどの魔群に襲われた経験がないはずなので、普通に考えればそんなに頻繁に起こることではないのだろう。
そんな風に時間が過ぎゆく中で、オレはいつものように自分の仕事を続けている。
オレには他にもっと巧くできる仕事がなかったからだ。
基本、オレの仕事というのは地味で単調な物で、黙々と誰もおらず、ともすれば方向さえ見失いがちになる場所を走り続けるだけだった。
往路にはほぼ手ぶら、復路には荷物を抱えていることが多かったが、それ以外に、やっていることはあまり変わらない。
時折、肉食の野生動物や魔群と顔を合わせてそれに対応することなどもそれなりにあるわけだが、それもそれほど頻繁に、というわけでもなく、とにかくオレの能力と適性から見ればあらゆる手を講じて逃げるだけだったので、実際にはそんなにドラマチックな場面にはならない。
そんな単調な日々の中で、以前とは違う変化といえば、例のなりそこないの魔性がたまにオレの前に姿を現し、一言二言会話を交わすようになったくらいか。
タマキ神官長にああいわれたおかげで、根本的な嫌悪感はほんの少し薄れていたが、それでもオレとしてはああいう得体の知れないなにかと親しくつき合うつもりはなく、声をかけられてもかなりぞんざいに扱っている。
「ひとよ」
そいつは、姿を現すたびにしゃべるのが巧くなっていた。
「おぬしはなにを望む」
「強いていえば、生きることだな」
オレは短く答えた。
「どんな生物でもそうだろうが」
というか、それ以外になにがある?
と、オレは心の中でつけ加える。
「しつこいぞ、お前」
オレはすぐにそう続けた。
「なんで何度もオレの前に現れるんだ?」
「おぬしがわれをもとめた」
「そんなおぼえはない」
オレはそいつに告げる。
「お前に求めるものはなにもない。
消えろ」
すると、いつものようにそいつの気配が消える。
そいつは、オレが「去れ」とか「消えろ」といえば、それだけで素直に姿を消した。
つまり、今までは、ということだが。
タマキ神官長がオレに説明した仮説はそれとして、オレは別に新たな神様を望んでなどいない。
こんな滅びかけた世の中で、自分の力だけを増してそれがなんになるというんだろう?
そいつにいつも、
「求めるものはない」
といっているのは、紛れもなくオレの本音であった。
さらにいえば、魔群の一種だかなりかけだが知らないが、ともかくそいつのように得体の知れない存在と親しくつき合うつもりもない。
どうせ取り憑くのならば、オレなんかよりももっと野心的な人間が、他にいくらでもいるだろうに。
オレは大望なんてない人間だと、そう思っている。
いやそれ以前に、いつ魔群に襲われてなにもかもが終わるのか知れたもんじゃないこんな世界で、そんな大望を持っても持て余すだけだろう。
どんなに強力な力を与えられたとしてもそいつを使える場面は少なく、活かせる場面はさらに少ない。
魔群相手に無双するのも、本人は気持ちがいいのかも知れないが、それによって周囲の人間の評価がいちじるしくあがることもない。
いやそれ以前に、そうした評価を与える人間がもろとも唐突に消える可能性が否定できない。
ベッデルでのことを思い返せば、そういうことになるのだった。
そんな中で、得体の知れない存在となんらかの取引をしてまで自分能力なり欲望なり実現する必要性など、少なくともオレはこれっぽっちも感じていなかった。
オレが望むのはせいぜい、そう、オレ自身が寿命でくたばるまで、人間が滅びなければいいなとか、そんなささやかなことだけだ。
脱出組の居留地が賑やかになっていくにつれ、ロノワ砦の人間との摩擦も増えていった。
と、オレは聞いている。
ロノワ砦は比較的最近に一度全滅して、そしてベッデルからの移住者を放り込んでどうにか拠点としての体裁を整えたという過去がある。
その後にベッデルがああなって、今度はロノワ砦の人間が脱出組に施しを行う立場になったわけだが、脱出組の居留地が徐々に町としての形を整えて賑やかになってくるとまた立場が逆転し、ロノワ砦の連中の方が居留地よりも貧しい暮らしを強いられているように感じるらしい。
実際には、居留地の方だったそんなに極端に豊かになっているわけではなく、特に食糧面では供給が追いつかず、かなりギリギリのところだったのだが。
それでも、居留地は限られた資源でどうにかやりくりをしているロノワ砦とは違い、未来への展望がある。
その分、居留地の側がなにかにつけて賑やかに見えて、どうもロノワ砦の連中としてはそれが癪に障るらしく、以前と比べると衝突が増えている。
……といった内容を、居留地に帰還した時に、オレは復活したばかりのカガ神官長から聞かされた。
「いや、いかにもありそうなことだとは思うけど」
オレは、カガ神官長にそういった。
「だからといって、オレにどうしろと」
「身辺に気をつけろ」
カガ神官長は真顔でそう返す。
「お前は単身で、人目につかない場所にいくことが多い」
「襲われる可能性がある、と?」
オレは軽く顔をしかめる。
「いくら居留地のことが気にくわないからって、そこまでやりますかね?」
「お前さんは、人間が人間に抱く憎悪という物をよく知らない」
カガ神官長は、神妙な表情のまま、そう続ける。
「嫉妬や裏返った羨望が、どういう形で暴発するのかをな。
人間同士がいがみ合うような場面に居合わせたことがないからだろうが。
とにかく、くれぐれも気をつけておいてくれ」
カガ神官長がいうことは、腑に落ちることはなかったが、理論としてはそれなりに妥当だとは思う。
オレは、そもそも人間同士が本気でいがみ合うことがあるとは想像できなかった。
だって、そんなことをしても、誰もなにも、得るものがない。
人間同士が争えば、どちらが勝つにせよ失う一方であり、誰も得をしないのだ。
そんな余裕があれば、普通は自分の生活を豊かにしようとしたり、魔群への対策に費やすべきなのではないだろうか。
だが、カガ神官長の様子からすると、かなり本気で人間同士が争うことになることを警戒しているようだった。
この大地以外の場所を知っている、ユウシャならではの知見、なのだろうか。
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