第30話 居留地、神官長のお告げ、ミオ。さてはて、オレはそのお告げをどう受け止めるべきなのか。

 なんだか正体がよくわからない影は、どうやらオレの追跡は諦めたよだった。

 少なくとも、オレがあいつを追い返した晩以来、あの気配をオレは感じたことがない。

 そんな珍事を経験しながらオレはどうにかロノワ砦そばにある脱出組の居留地へとたどり着く。

 以前、ここを発った時にはなかった、それなりに立派な石組みの建物ができていて、なにかと思ったら新たに建築されたアイネ神の神殿だった。

 復活したユウシャが増えたことによって多少は余裕が出てきたことも関係しているのだろうが、タマキ神官長がいて連日のようにユウシャ復活の秘儀を行っている場がいつまでも掘っ立て小屋同然では体裁が悪いと、そう考えた者が何名かいたようだ。

 さらにいえば、アイネ神殿は妊婦や生まれたばかりの乳幼児などを保護する施設でもあったので、できるだけ早く設備を整えたかったという事情もあるのだろう。

 石造りになったのは、材料の入手が比較的容易であることと、それにひょっとしたらユウシャの中に石材加工について、なにがしかの知識なり技能なりを持っていた者がいたのかも知れなかった。

 いずれにせよ、そうした建築物はアイネ神殿だけではなく、他の神殿や住宅についても順番に手がけるべく準備をしている段階にあるそうで、脱出組の居留地はオレが出発した時よりも断然活気づいていた。

 そのできたばかりのアイネ神殿に顔を出すと、そのままタマキ神官長のところにまで案内をされる。

 オレとしても持ち帰った吸魂管を引き渡すだけではなく、帰路に遭遇した例の影についてタマキ神官長に報告をしておきたいと思ったので、そのまま案内に従って神殿の奥に入った。

 できたばかりのアイネ神殿は、流石にベッデルにあった神殿よりは遙かに小さかったが、それでもその規模にしては相応に神殿らしい造りになっている。

 まだ完全に完成したわけではなく、ところどころ作業中で立ち入り禁止の場所もあったが、今の段階ではなかなか立派な出来に思えた。

 そんな造営中の神殿の一室で、タマキ神官長はオレのことを待っていた。

「どうやらあなたは、あなた自身の神様を捕まえそこねたようですね」

 そして、オレの顔を見るなり、そんなことをいう。

「神様?」

 オレは首を傾げた。

「帰りにあった、あの影のことか?」

 そう口にしたのは、それ以外に心当たりがなかったからだ。

 だがあれが、神様とは。

「あれは、とてもではないが神様には見えなかったな」

 オレは、思っていたことをそのまま素直に口に出した。

「オレには、あれは見たことがない魔群の一種に見えた」

「魔群とは、そもそもなにでしょう?」

 そんなオレに向かって、タマキ神官長はそう続ける。

「普通の生物とは違い、同時に人々に危害を加える存在を、ここの人たちは魔群と総称しているようです。

 あなたが会った存在は、あなたに危害を加える様子を見せましたか?」

「いいや」

 オレはその場で首を横に振った。

「ただオレには、あれは魔群の一種にしか見えなかった。

 だから適当に追い払った」

 オレでなくとも、まともな見識の持ち主だったら誰でも同じようにしただろう。

「あなた方が神と呼ぶ存在は、その魔群の一種であると考えています。

 つまり、わたしは、ということですが」

 タマキ神官長は、だいたんな仮説を口にした。

「通常の生物ではなく、人間に危害を加えず。

 それどころか、通常の人間にはできないような秘蹟をもたらす存在。

 それを、こちらの人々は神と称しているのではないですか?」

「人間に対してどういう行動に出ているかだけで、呼び名や分類を変えているだけで」

 オレは、タマキ神官長がいわんとしている内容を、懸命に理解しようとした。

「魔群も神も、本質的にはそう変わらない存在だと、そういいたいのか?」

「魔群と呼ぼうが神と呼ぼうが、いずれ、自然の中には存在しないはずのモノですから」

 タマキ神官長は、平然とした態度を崩さずにそう続けた。

「人間に取っての有用性、その有無によって呼び名を変えることは、別に不思議ではないでしょう」

「ユウシャって連中は、時々奇妙なことを考えるもんだな」

 オレは、そういった。

「ただ、オレ以外の連中には、そんな考えを漏らさない方がいい。

 ここにいる連中は、ほぼ例外なく身内や仲間を魔群にやられている」

 オレたちが、魔群に対していい感情を持てる道理がなかった。

 その魔群と神様とを同列に見ることがおおやけになると、かなり強い反発が起こることが容易に予測できる。

 いくら神官長といっても、無事で済むとは思えなかった。

「わかっていますよ」

 タマキ神官長はそういってうっすらと笑みを浮かべた。

「あなただから、口にしたのです。

 わたしはここの人たちが神と呼ぶ七柱の存在は、なんらかの理由で人間に力を貸し続けている魔群の一種であると想定しています。

 秘蹟と呼ばれる数々の不思議な能力も、それぞれの神に由来をする力を借りて行われていると考えた方が妥当です」

「魔法と秘蹟は、違うからな」

 オレは、その説については頷いた。

「呪文の詠唱もその他の前準備も、秘蹟はなにも必要としない。

 その点で、魔法と秘蹟はまるで別のものだ」

 人間以外の何者かの力を借りている。

 そう考えると、秘蹟についても素直に納得ができるのだ。

 ただ、通常は、その何者かのことをオレたちは「神」と呼び、規定しているわけだが。

「おそらくは、ずっと昔」

 タマキ神官長は、そう続ける。

「誰かが特殊な魔群と接触して、なんらかの交渉を行った結果、秘蹟が使えるようになったのでしょう。

 これは、こちらに来てからある信徒の方が作った物なのですが、あなたにはどう見えますか?」

「木彫りの、アイネ神の像だな」

 オレは、タマキ神官長が指さした先にある、小さな木の像を見ていった。

「蛙みたいな胴体に八本の足、それにトンボのような羽が生えている」

 こうした神像は、ベッデルで飽きるほど見かけている。

 素人の細工だから造形的には荒いものだったが、オレにとっては見慣れた神像に過ぎなかった。

「醜悪だとは、思いませんか?」

 タマキ神官長は、そう訊ねてくる。

「いくつかの生物の部位をつぎはぎに貼り付けた。

 そんなキメラに過ぎないと」

「キメラ、って言葉の意味がわからない」

 オレは即答する。

「例によってユウシャの言葉、ニホンゴなんだろうが。

 いずれにせよ、オレにしてみればこの像は、見慣れたアイネ神の神像だ。

 それ以上でもそれ以下でもない」

 いわれてみれば、確かに奇妙な形をしているのかも知れない。

 しかし、そうした神像を物心つく頃から見てきたオレにしてみれば、アイネ神とはこうした存在なのだと刷り込まれている。

 アイネ神とはこうした形を存在なのであり、そうした形の像があればアイネ神だと認識する。

 その神像に対して、醜悪だとか美しいとか、そうした価値観を持つ習慣がオレにはなかった。

 いや、オレだけではなく、ベッデルやロノワ砦の連中は、ほとんどそんな認識だろう。

 つまり、ここではないどこかから来たとかいうユウシャを除いては。

「美醜というのは、主観的な問題でしたね」

 タマキ神官長は、そういってまた薄く笑った。

「ここで出すのには、あまり適切な言葉ではありませんでした。

 あなたが会ったばかりの、影、ですか?

 それはおそらく、まだ性質が定まっていない、生まれたばかりの魔群であったとは思いませんか?」

 タマキ神官長は、続けてまた突拍子もないことをいい出す。

「そう、いわれても」

 オレはそういって、頭を掻いた。

「そもそも、オレは魔群がどうやって生まれるのか、そもそもやつらはどこかで生まれる存在なのか、それすらも知らない」

 自分が知らないことに関しては、なにもいいようがない。

「あなたに興味を持ち、接触しようとした何者かは、自分がどんな存在なのか、まだ確定していなかった」

 オレの返答は無視して、タマキ神官長はそう続けている。

「あなたはどうもその存在を、無碍に追い返してしまったようですが。

 ですが、すでにあの存在とあなたとは、なにがしかの縁が結ばれてしまっています。

 いずれ、また機会を改めて、同じ存在があなたの前に現れるでしょう」

「ええと」

 オレは戸惑って、どう返したらいいのか、少し考えてしまった。

「それは、神官長としての助言であると、そう受け取るべきなのですか?」

「そう思っていいです」

 タマキ神官長は、やけにきっぱりとした口調でそういう。

「あなたはいずれ、あの存在をどのような性質のものにするのか、決める機会を与えられるでしょう」

 オレにいわせればそれは、なんとも奇妙で捉えどころのないお告げだった。


「ああ、ユイヒ」

 タマキ神官長の部屋から出て、係の者に持ち帰った吸魂管を預けて神殿の外に出ると、そこで乳児を抱いたミオに捕まる。

「こっちに帰っていたんだ」

「またすぐベッデルに戻るつもりだけどな」

 オレはいった。

「ベッデルと違い、ここには一晩休む宿もありゃしない」

 この居留地に寝泊まりするのと、なにもない荒野に野営するの。

 オレにいわせれば、そのどちらも大差ないのだ。

 だとすれば、少しでも早くここを発って移動距離を稼ぐ方が、都合がいい。

「少しはゆっくりしていけばいいのに」

 ミオは、そういって口を尖らせる。

「泊まるところがないのなら、うちに来てもいいよ」

「乳飲み子と、ハジメのやつといっしょだろ?」

 オレはそういって、その誘いを断る。

「どっちにせよ、気が休まるとは思えない」

 その時、ミオが抱いていた赤ん坊がぐずりだしたので、ミオはそれをなだめるのに手一杯になる。

 それを機に、オレはその場を離れて居留地を後にした。


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