第29話 発掘、運搬、追跡者。この大地では、ときおり意味不明な物と遭遇することがある。
何度もベッデルに来ているオレなどはすでに慣れっこになっていたが、あの夜以来はじめてこのベッデルに戻ってきたユウシャたちは、到着するなり言葉を失ってしばらく立ち尽くしていた。
今のベッデルはあちこちが焼け焦げた瓦礫の山、といった様子であり、少し前までそれなりに賑やかだった町があったとは思えない。
ましてや、ユウシャたちはこのベッデルを中心に活動をしていたわけで、見慣れたベッデルの町がここまで壊された様子を目の前に見て、少なからず衝撃を受けたのだろう。
あれからもうかなりの時間が経っているので今ではかなりマシになっているのだが、オレがはじめてこのベッデルに吸魂管を回収しに来た時などはまだ血肉の匂いなどが鮮烈に周囲に漂っていて、そこいらに転がっている人間の死体をむさぼっている野生動物なども普通に何度も見かけた。
今となってはそうした死体はすっかり食い尽くされるかそれとも干からびているかであり、少なくとも生存時の生々しさは感じさせない状態になっている。
ユウシャたちにしたら、その方が都合がよいのだろうが。
ここで死亡して復活を遂げたユウシャたちにしてみれば、このベッデルで自分自身の死体と遭遇する可能性もそれなりにあるわけで、そんな時に、あまり死体が生前の様子を想起させる、生々しさを保った状態だったらそれこそいたたまれないはずだった。
ユウシャたちは自分が死ぬ瞬間までのことも記憶していたので、先に死んだ者たちの魂が収められた場所を知っているか予想できる者も多かった。
やはり七つある神殿にそうした吸魂管が保管されていることが多く、そしてその神殿跡地は、瓦礫が積み重なっていてオレ一人では掘り出せなかった場所でもある。
そうした、吸魂管がありそうな場所にいくつか目星をつけて、ユウシャたちとオレとは順番にそこの瓦礫を撤去して探しはじめた。
もちろん、一日や二日でどうにかなるような作業量ではなく、この廃墟に何日か泊まり込んでやるだけのことをやり、その後にまた仕切り直して同じ作業をする予定になっている。
ロノワ砦の方にも何人かユウシャを常駐させていないと不安なので、このベッデルまで遠征できる人数は限られていた。
それに、一度にいっぱい吸魂管を持ち帰ってもすぐにユウシャを復活させられるわけでもない。
これまでオレが持ち帰った吸魂管でさえ、順番待ちで待機している物がいくらでも残っている状態なのだ。
多少時間がかかったとしても、一度にできるだけ多くの数魂管を掘り出して持ち帰った方がなにかと都合がよかった。
そんな作業を二、三日も続けると、それだけでかなりの数量の吸魂管を発掘することができた。
見つかる時にはまとまった数が同じ場所にあることが多いので、楽な仕事だったともいえる。
「一度帰るか、それとももう少し掘り出すか?」
ユウシャたちの間で、そんな相談があったようだ。
「いや、吸魂管だけ先に持ち帰るんだったら、おれたちまでロノワ砦に帰る必要もないでしょう。
ユイヒに何十個か、先に持ち帰って貰えば」
「単独で、こことロノワ砦を往復することにも慣れているやつだしな」
「おれたちのような足手まといがいない方が、かえって早いかも知れない」
などとのやり取りがあった後、オレはベッデルに残るユウシャたちと別れ、一度掘り出した吸魂管をロノワ砦まで持ち帰ることになった。
この分だと、ユウシャたちはしばらくこのベッデルで発掘作業を続け、オレは何度か運び屋役をすることになるのかな、などとオレも思う。
そうして分担して作業をした方が、効率的であるとも思った。
普通の人間でしかないオレが、身体能力などの点でユウシャにかなうわけもなく、そのオレがこのベッデルに残ったとしても、特に貢献できることがあるとも思えない。
そんなわけでオレは、持てるだけの吸魂管を持って再び単身でロノワ砦へと向かった。
より正確にいうのならば、ロノワ砦のすばにある脱出組の居留地へ、だが。
とにかくオレ一人での旅路は、なにかと気軽だった。
人数が多ければそれだけ安心できることも多いのだが、その分気詰まりなことも多い。
特に今回ベッデルへ向かったのは、力仕事が必要なため、ほとんどが男のユウシャだった。
そんな中、オレ一人だけが混じっているという状況は、それなりに不安でもあった。
別にユウシャたちが、オレのような痩せたチビにその手の興味を示すというわけでもなかったのだが。
とにかくオレは、数日ぶりに取り戻した気軽な状態を満喫しながら、軽やかな足取りでロノワ砦へと向かう。
往路の倍近い速さで旅程を消化し、道のりの半分以上を過ぎた頃、オレはなんとなく嫌な気分を感じていることに気づいた。
しばらく確証は持てなかったのだが、何者かに見られている。
しばらくうっすらとそんな気分を感じ、時間が経つにつれてその気分は確信へと変わった。
オレは町の外に出て活動することに慣れていたが、こんな経験ははじめてのことであり、内心で、
「さて、どうするべきか」
と考えはじめる。
野生動物なり魔群なりだったら、しばらく獲物を追跡することはあっても、ここまでじっと気配を潜めながら長々と着いてくることはない。
そんなことをしてもなんのメリットもなく、しばらく追跡した後、すぐに襲いかかってくるはずだった。
しかも、今のオレは単身で移動しており、周囲に味方らしい人影はない。
こんな状態で、オレの後を延々とついて来る理由がどうにも想像できなかった。
「オレを襲うことが目的ではないのか?」
とも、思ったが、だとすれば何日も気配をひそめながらオレの後を着いてくる理由がわからない。
これまでのオレの経験、それに見聞してきた内容を参照しても異例の事態であり、オレとしてもどう対応するべきなのか、しばらく考える必要があった。
オレ自身が目的でないとしたら、オレがどこに向かっているのか、つまりロノワ砦なりベッデルなり、もっと大勢の人間がいる場所にまで、オレに案内をさせようとしている。
というのが、一番ありそうな可能性か。
だとすればなおさら、このまま放置してロノワ砦まで帰るわけにもいかなかった。
「おい!
そこにいるんだろう!」
そこれでオレは、ある晩、焚き火を前にしてしゃがみ込みながら、大きな声をあげることにした。
「どこの何者かは知らないが、いつまでも黙って後を着いて来やがって!
なにかオレに用があるんなら、ここに顔を出して直接いってくれ!」
そもそも、周辺には誰もいない、だだっ広い荒野の真ん中でのことである。
仮になんの反応がなかったとしても、オレが一人で気まずくなる以外のデメリットはなかった。
もちろん、オレとしても本気で追跡者が反応してくれるものと期待していたわけではなく、あくまで念のために試してみただけのことだったのだが。
焚き火の向こうがに、地面からうっすらと影が立ちのぼってきた。
影というか、影のような何者か、か。
向こう側がうっすらと透けて見えるので、カスミガラスのように純粋に物質的な存在ではないらしい。
おそらくは、魔群の一種。
それも、オレが知らないような、未知の魔群であるらしかった。
地面から伸びた影は、オレの腰くらいまでの高さまで延びてそこで成長を止めて、しばらく、なんとも形容のしようがない雑音を周囲にまき散らしていた。
甲高い、耳障りな音も混ざっていたので、オレは顔をしかめて自分の両耳を塞ぐ。
魔群の一種、ではあるんだろうが。
と、オレは思った。
いきなり襲いかかってこない魔群というのも、珍しいな。
なにか、理由があるのだろうか?
そんなことを思いながら、オレは次第に濃くなっていく影を見つめる。
その影はしばらく、「ばばばば」とか「ぼぼぼ」みたいな雑音をまき散らしていたが、驚いたことに次第に意味の取れる言葉をしゃべりだした。
「なななななんじ、なにもののののの」
とか、
「どどどどどどこへいくくくく」
とか、あくまで雑音の中に、たまに聞き取れる単語がいくつか混ざるという具合だったが。
魔群が人間に語りかける事例なんて、これまで聞いたことがない。
偶然ということも十分あり得ると思ったので、オレは相手の問いかけに答えてみることにした。
「オレは盗賊のユイヒ」
オレは、その影にいった。
「人が群れている場所から来て、別の人が群れている場所に移動している最中だ」
念のため、ベッデルやロノワ砦の名前は出さないように心がけた。
こちらのいっている内容をどこまで理解できているのか不明だったが、魔群らしい存在にわざわざ味方の、人間についての情報を教えてやるべき義理もない。
「とととととうぞぞぞぞぞくくくく」
「ゆゆゆゆゆいいいいいひひひひ」
影は、聞き取りにくい雑音の中から、なんとかオレの名前らしい音を発生させる。
「そういうお前はなんだ」
オレは、逆に、そいつに問いかけてみた。
「なにが目的でオレに接触した」
「おおおおまえええええ」
「もももももくくくててててききききい」
影が、相変わらず聞き取りづらい雑音の中から、どうにかオレのいったことを反芻する。
こいつはどこまで、オレのいっている内容を理解しているんだろうか?
と、オレは疑問に思う。
「ななななにににもももののでも、ななななないいいい」
「ななななにににももも、ななななししししてなななないいい」
うむ。
と、オレは内心でそう思う。
何者でもない。
なにもなしていない。
一応は、意味が取れる返答だった。
「お前は、自分が誰かもわからないし、なにをしたいのかもわかっていないんだな」
オレはたたみかけるように影にいった。
「では、去れ。
オレはお前には用がない」
オレがそういうと、その影は、
「ぼぼぼぼぼぼぼ」
とそんな雑音を立てながら身震いしていたのだが、しばらくして出て来た時と同じような唐突さですうっと地面に染みこむように姿を消した。
その晩、オレは感覚が鋭敏になりすぎて一睡もできなかったが、翌日から前に感じていた気配を感じないようになった。
あの影が何者でなんの目的でオレの後を追っていたのか不明なままだったが、どうやらあれは、それ以上、オレの後を着いてくるのを断念したらしい。
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