第28話 復興と生活の再開。かすかな希望。オレはといえば、相変わらず仕事。
当然のことだが、自力であの激戦の場から逃げ出してロノワ砦へと向かったシライは歓迎された。
なんといってもオレたち脱出組には人手が、それも使える人手が圧倒的に不足している。
ユウシャとして召喚されてからそれなりに長いシライの合流はオレたちにとっても心強い材料だった。
脱出組も護衛として何名かのユウシャを伴ってはいたのだが、そいつらは総じて経験が浅いユウシャで、どうにも頼りない印象があるのは否定できない。
シライの経験は、このような状況下ではなによりも貴重といえる。
タマキ神官長がオレにベッデルまで吸魂管を回収に行かせたのも、結局は同じ理由だ。
頭数の問題ではなく、今の時点でそいつにないにができるのか、という能力の部分が問われる局面なのだ。
条件さえ整えば何度でも復活できるユウシャの方がそうした経験が溜まりやすいのだが、今のオレたちの状況ではユウシャかそうでないかを選り好みしている余裕もなく、一人でも多くの有能な人間が必要だった。
ユウシャのシライはそのまま、数名のユウシャを伴って狩りをしながらロノワ砦の周囲を巡回するようになった。
人数的に厳しくなったこともあって、オレたちはベッデルにいた当時よりも周囲の状況を知る術が限定されている。
秘蹟に頼れないのなら、自分の足で見て回るしか魔群の接近を察知する術はなく、また、そうした巡回は経験の浅いユウシャたちにとってもいい修養の場となった。
そして、タマキ神官長はオレが留守にしている間に即席の祭壇を作り、どうにか自力でユウシャを復活させることが可能な態勢を整えていた。
とはいえ、復活の秘蹟をなすためには十名以上の信徒が何日も祈祷を続ける必要があるので、すぐにオレが持ち帰った吸魂管のすべてを生き返られせることができるわけではない。
順番に、それも吸魂管を見ただけでは誰の魂が保管されているのか判別できないので、生き返る順番も完全に運任せだ。
そうした状況についてはシライは、
「完全にガチャだな」
といっていたが、オレはそのニホンゴの単語の意味を知らない。
日常的に使用される単語というよりは、やや特殊な用語であることは想像がつくのだが。
タマキ神官長と脱出組のアイネ神の信徒だけではなく、ロノワ砦の連中もこのユウシャの復活には協力してくれるとのことだったが、それでもユウシャが増える速度はそんなに速くないだろう。
オレ自身はといえば、持ち帰った荷物をタマキ神官長に渡した後、すぐにまたベッデルへととって返した。
ロノワ砦周辺にオレが残っていてもできることはほとんどなかったし、結局、オレ本来の仕事をし続けるのが全体的に見ても効率がいいのだ。
シライだけではなく、経験豊かなユウシャが一人でも多く復活をすれば、それだけロノワ砦周辺の生活が安定する。
この事情は脱出組だけに限ったことではなく、ロノワ砦の中の連中まで含めて、だ。
食糧その他の物資が圧倒的に不足しているので、ロノワ砦の連中も今の時点ではベッデルからの脱出組に冷淡な態度を取りがちであったが、それでも本心から嫌っているわけではない。
単純に自分たちの生存権を守ろうとしたら、不意に現れた難民同然の脱出組まで面倒を見切れないというだけのことだ。
しかしその状況も、大勢のユウシャが復活していけば変わっていくだろう。
周辺の野生動物や魔群からの脅威が軽減し、ひょっとすると耕作地を広げて生活に余裕が出てくるかも知れない。
それには大勢の人間の協力とそれに長い時間が必要だとは思うが、そうした希望がまったくないわけではないのだ。
頼りになるユウシャの人数が増えれば、ロノワ砦周辺もそれだけ安全になる。
そうするためにはまずオレが、ひとつでも多くの吸魂管を回収してタマキ神官長の元へ届ける必要があった。
今の状況では、オレ以外にそんな仕事に充てることができる人間がいないのである。
そうしてベッデルとロノワ砦を何度か往復するうちに、ロノワ砦周辺の様子はいい意味で変わってきた。
粗末な物ながらもどにか建物といえる物が増え、そこに住む人々の表情にも余裕が出てきたように思う。
当初は不慣れだった狩猟や放牧といった作業にも、従事している人間がそれぞれに熟練していき、だんだんと確保できる食糧が増えてきた、ということもあるだろう。
なにより、帰ってくるたびに脱出組居留地の人数は増えて、賑やかになっているようだった。
ゆっくりとしたペースではあるが、復活したユウシャの人数が増えているためだ。
そうした、新たに復活をしたユウシャたちはこの場の状況を説明されると、すぐに狩猟や開墾などの地味な仕事を率先してするようになったと、そう聞いている。
なにしろこんな場合だから仕事を選り好みしている余裕もなく、まずは食い扶持を確保することの重要さを認識した結果なのだろうが。
一般に、体力にせよ力にせよ、経験豊かなユウシャの方が普通の人間よりもずっと上だとされていた。
そんなユウシャが本気で狩猟や開墾に挑んでいるのだから、そうした作業が進まないわけがない。
まだまだ余裕がない状況ではあったが、それでもこれまでの推移としてはかなり上々であると、そう断言してもいいだろう。
ロノワ砦の門前には大きな広場、というよりは、草木の一本も生えていない荒野があり、ベッデルからの脱出組はそこを居留地にして活動していたのだが、オレがベッデルから帰るたびにその居留地の様子が整っていくのだ。
くわえて、脱出時に妊娠をしていた女たちも前後して出産していってわけで、オレが帰るたびにあたりに鳴り響く赤ん坊の泣き声も増えているような気がした。
煩くは思うが、それは居留地の生命力を物語る声でもあり、そう思えば頼もしくも感じた。
何度かベッデルに赴いた後、ついにオレは自分一人の力だけで回収できる吸魂管はすべて回収し尽くしたと結論する。
居留地に帰ってからタマキ神官長にその旨を報告すると、すぐに数名の吸魂管捜索班を組織するといってくれた。
これ以上に吸魂管を回収しようと思えば、ベッデル中の瓦礫などをひっくり返して探す必要があり、そこまでをオレ一人でするのは無理だったのだ。
それに、この頃には十名以上のユウシャが復活を果たしていて、そうしたユウシャたちは未回収の吸魂管がありそうな場所を知っていそうでもあった。
交替で何名かずつベッデルに送り込めば、回収できる吸魂管はまだ増えそうだった。
オレはといえば、例によってベッデルへの案内役を仰せつかった。
その頃にはすっかり風が冷たくなっており、オレは居留地に残っていた連中から毛織物の外套を貰う。
羊から取れる物は、今のところ居留地の数少ない産物だった。
貴重な物だったはずだが、羊の毛から糸や織物を作る作業も完全に素人仕事であり、その外套は傍目にもお粗末な出来だった。
それでも、身にまとえば相応に温かく、オレとしては感謝して使うことにしたが。
それから、そうしてオレが忙しくベッデルへ往復している間に、ミオが無事に出産を終えてハジメも生き返っていた。
タマキ神官長の腹も平らになっていたから、おそらく生んだか流れたかしたのだろうが、こちらはそうした経験だけは豊富な女だから特筆するべきことではない。
神官長クラスのユウシャはまだ復活していなかったが、トリイのやつも無事に復活したそうだ。
これもまた運任せで順番予測不能の、シライがいうところの「ガチャ」というやつの結果だから、そういう物だと諦めて受け入れるしかない。
そんなわけで数名のユウシャを引き連れてベッデルへと向かったのだが、その速度はオレが単身で行く時よりもよほどゆっくりだった。
盗賊を生業にしたユウシャがいなかったからだ。
足の遅い方に合わせて移動するしかない以上、この遅々とした進行についても諦めるしかない。
移動速度という点でいうのならば、斥候を生業に選んだユウシャはまだましだったが、ほとんどのユウシャは戦士を生業に選んでいた。
ユウシャの仕事には、移動速度よりも戦闘能力の方が重視されるので、仕方がない傾向ではあったが。
途中で何度か魔群や猛獣に遭遇し、オレひとりならば逃げるなり隠れるなりしてやり過ごすところを、同行したユウシャたちはいちいち撃破して通過した。
別にやつらが好戦的だったからではなく、やつらの足では逃げるよりも戦って勝つ方が確実に通過できたからだ。
どちらがいい悪いということではなく、おのおのの適性によって、そうした対処法も自然と違ってくるってだけのことだった。
これは、オレが単独で仕事をすることを好むことの理由でもある。
いや、単純に好みの問題というよりは、単独で行動した方がオレ自身の安全は確保できるから、そうしている。
たかだか無人の地を行く間に何度も正面から戦闘をするほど、オレは危ない真似を好んでいない。
今回のようにしかるべき理由がある場合は、その限りではないが。
ともかく、そんな風にして、オレはそのユウシャたち無事にベッデルまで送り届けた。
そのユウシャたちにしてみれば、自分が討ち死にした土地にわざわざ戻ってきたことになる。
その胸中は複雑だったろうが、オレには関係がない領分でもあった。
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