第27話 逃げた後、逃げた者。そしてその後の後始末。
どんなに劣悪な状況にあろうとも、結局はその場でできることをやっていくしかない。
愚痴をいったり落ち込んだりしても腹が膨れるわけではないし、状況を好転させるわけでもない。
だから脱出組の人間は、それぞれに与えられた仕事をこなすしかなかった。
いつまた魔群が襲ってくるのかもわからないので、夜には不寝番を何名か必ず配置した。
ベッデルの時のように遠見や余地の秘蹟を持つ者が脱出組の中にはいなかったので、被害を最小限に留めるためにはそうするしかない。
頑丈な防壁に守られたロノワ砦の中に住んでいる連中とオレたちとでは、前提となる条件が違っているのだ。
何人か経過すると、粗末ながらもどうにか夜露をしのげる程度の小屋が何軒か建ちはじめた。
いつまでも妊婦たちに野営暮らしをさせておくわけにはいかない、と、動ける者たちが乏しい資材を工夫してどうにかした結果だ。
そうした小屋は素人仕事が丸出しで、一瞥しただけでもお粗末な代物だったが、今のオレたちにできるのはこれが手一杯だった。
そしてしばらくすると、そうした小屋の中で子どもが生まれはじめた。
少しして落ち着いてくると、しばらく離れた場所に放牧に出るやつらとか、周辺の野っ原を開墾しようとするやつらが動きはじめる。
周辺の小動物を狩る程度では脱出組の全員を継続的に食わせていくことなどできなかったし、だとすれば食糧事情の方を改善するしかない。
羊の世話にせよ開墾にせよ、まともな知識を持っている者がほとんどいなかったので、実際になんらかの成果が出るまではそれこそ数年単位の時間が必要になるだろう。
それでもオレたちとしては、自分たちが少しは役に立つことをロノワ砦の連中に対して示す必要があった。
そうでもしないと、今後おこぼれに預かることさえおぼつかなくなる。
オレ自身はといえば、少しして状況が落ち着いてから、タマキ神官長直々に仕事を申しつけられた。
一度ベッデルに戻って様子を見がてら、もしもそこに吸魂管が残っているようだったら回収してくるように、と。
こんな状況だからこそ、ユウシャの戦闘力は魅力だった。
脱出組の中と、それにロノワ砦の中にはかなりの人数のアイネ神の信徒が含まれているので、数魂管さえ回収してくれば大勢のユウシャを復活させることができる。
またそれは、脱出組のみならずロノワ砦の人間たちにとっても有益な行為であるはずだった。
魔群の脅威は、別になくなったわけではないのだ。
そんなわけで、オレはまた、単独でロノワ砦を離れ、おそらくは廃墟と化したのであろうベッデルへと向かう。
何度か小規模な魔群と遭遇してそれをやり過ごした以外は特筆するべきことがない、そんな平穏な道中だった。
オレはユウシャではないので、魔群と顔を合わせても戦うことはない。
少なくとも、自分から好んで戦うことはない。
そんなことをしてもオレにはなんの利益もなく、それどころか無事に帰還できる可能性が少なくなるだけだ。
オレの仕事はあくまで生還して回収したユウシャの魂を、ユウシャを復活させることができるやつらの元に届けること。
魔群と戦うのは、オレの仕事ではない。
どんな手をつかってでも逃げるし隠れる。
生還することが一番の仕事なのだから、その目的を遂行するためにはどんな汚い、卑怯な手だって使う。
そんな仕事を続けるうちに、魔群の習性にも自然と詳しくなったが、それ自体はオレの目的ではなく、あくまで余録、おまけ的な成果に過ぎなかった。
オレがこの仕事をはじめる以前、つまり、オレがいつ魔群と遭遇するのか予測できない無人の地を走破する能力があると知られる前には余計な人手が必要とされ、わざわざユウシャの魂を回収するためだけに数名のユウシャを使わなければならなかったという。
オレ一人の存在だけでその無駄を省いたのだから、オレの存在はベッデルにもかなり恩恵を与えていたはずだった。
そのベッデルも、今となっては過去の存在になってしまったが。
逃げる時に、遠目に見た物音だけでもベッデルの被害がかなり大きいことは、十分に想像ができた。
あそこまでの被害を受けてしまったら、再建することは難しいだろう。
というか、今の人手が大幅に減少した状態では、どこにもそんな余力がない。
仮に将来ベッデルが再建されることがあるとすれば、それこそかなり先の、何代か世代を重ねて、オレたち全員の人数が大幅に増えた時になるのではないか。
などと、オレは予測する。
つまりは、オレ自身の手が届かないような案件になってしまっていた。
そんな遠い先のことを心配するよりも、今は生き残った連中がどうにかしてこの先も生き延びていくための方策を考え、実行することの方が優先されるべきだ。
そのためにも、貴重な実戦力であり同時に死んでも復活可能な存在、ユウシャは一人でも多く必要だった。
今回のオレの仕事も、十分に大きな意味も持っているといえる。
そうしたユウシャたちの多くは、おそらくはオレが死んだ後も、何度も死と復活を繰り返しながら行き続けるはずで。
でも、そのユウシャも、オレが吸魂管を回収してアイネ神の信徒のところにまで持って行かないと、二度と復活できなくなる。
基本的にオレの仕事というのは、ユウシャの魂を未来へと繋ぐためのか細い糸のようなものだった。
オレがどこか、仕事の途中で倒れてしまったら、その時扱っていたユウシャの魂も実質的に復活不能となる可能性が大きく、だから余計にオレは自分が生還することをまず第一に考えていた。
脱出組の時と比べると、四分の一ほどの日数で廃墟と化したベッデルへと到着する。
この期間は特に短いというわけではなく、オレがロノワ砦とベッデル間を移動する際の標準的な時間だった。
この間の脱出の時には、大勢の足手まといがいたのだから仕方がない。
ひさびさに見たベッデルの様子は、一言でいえば、
「瓦礫の山」
だった。
七つもあった神殿はどれもそれなりに立派な建物だったのだが、他の建物と同様に倒壊したり焼けたりしている。
とにかく、元の姿を保っている建物がほとんどなかった。
周囲には焼け焦げた匂いがまだ漂っていて、燃料となる物を焼き尽くし、自然に消火するまで長く火災が続いていたことを物語っている。
オレはまず各神殿の残骸をあちこちひっくり返して、そこに残っていた数魂管をできるだけ回収する。
どの神殿も大勢のユウシャを抱えているため、数魂管も各神殿で管理されていた。
こんな、ベッデルが壊滅するような騒ぎの中、各神殿の連中が貴重なユウシャの魂を保存しないわけがない。
七つある神殿のうち、三つほどの神殿跡地をあさってみたところ、すぐに用意してきた背嚢が満杯になってしまった。
もちろん、ベッデルにはまだまだ数魂管が残っているだろうし、それに、オレ一人の力ではほじくり返せない、瓦礫の下に数魂管が埋もれている可能性もある。
ただ、今回だけでそのすべてを回収することは不可能だった。
あんまり荷物が重くなると、オレの動きが鈍くなって帰路が危ないし、それに、一度に多くの数魂管を持ち帰っても、すぐにそのすべてを使ってユウシャ全員を復活できるわけでもない。
急ぐべき理由は別にないのだから、オレはこの先も、何度もこのベッデル跡地に赴いて吸魂管を回収し続けるはずだった。
「やあ、ユイヒ」
ロノワ砦への帰路、行程の半分以上を過ぎたところで、不意に顔見知りに声をかけられた。
「ひさしぶり」
「シライ!」
オレはそいつの顔を見て、驚きの声をあげる。
「生きてたのか!」
「なんとかね」
シライはそういって、肩を竦める。
「これでも、斥候を生業とするユウシャだから」
斥候は、戦士などと比べると単純な攻撃力では劣るのだが、その分、単独行動をするのに有利な能力が育つ生業だ。
「ロノワ砦って、こっちの方であってるよね?
あの時の一度しか行ったことがないから、いまいち自信がなくて」
「方向としてはあっているけど」
オレは答えた。
「ベッデルは、全滅したわけではなかったのか」
「どうだろう?」
シライはそういって首を傾げる。
「他にも、あの場を無事に逃げ切った人がいるのかも知れないけど。
でも、それこそユウシャとかでなければ、逃げ出した先で行き倒れになるのがオチでしょ」
オレのように慣れて、いくつかのコツを身につけた者でなければ、町から出て長く過ごすことは難しい。
「ユウシャならば、逃げて生き延びた人間がいても不思議ではないってこと?」
「可能性は否定できないけど」
シライは、オレの質問にそう答える。
「でも、今となってはそれを確かめることはできないし」
仮にあの場から逃げ出したユウシャがいたとしても、そいつらはベッデルで生まれ育ったオレとは違い、ベッデルの残党と合流するべき理由がない。
そんなやつらがいたとしたら、その後はそいつら自身の才覚でどうにか生きていくしかないわけだった。
「それよりも、吸魂管をいくつか持っているんだけど」
シライはそう続けた。
「ロノワ砦まで持って行けば、復活して貰えるよね?」
「貰えるはず」
オレは反射的に即答している。
「あちらとしても、ユウシャは一人でも多く欲しいと思っているはずだから」
このシライは、おそらくは次々と倒れた仲間たちからその吸魂管を託されて、ここまで逃げてきたのだろう。
「それは、よかった」
シライは、安堵のため息をついた。
「本当に、よかった」
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