第26話 あちらもこちらも、それぞれに逼迫。共倒れを避けるには、とにかく余裕を作らなければ。
結局、そのタキという比較的古株のユウシャが少し先行してロノワ砦に向かい、ベッデルで起こったことを説明して脱出組の人々を受け入れるよう、説得をする役目を押しつけられることになった。
大役だし、こういう時にこそタマキ神官長が出て行くべき、という意見もあったのだが、その結果タマキ神官長だけがロノワ砦に取られ、その他の脱出組が締め出しを食らう可能性あったので、ほとんどの者がその意見に反対した。
その点、このタキは比較的古株とはいっても、あくまで「この脱出組の中では」という前提がつくわけで、脱出組にとってもロノワ砦にとっても、そこまで重要な人物ではなかった。
人質にされようがもっと酷い目にあおうが、あまり支障がないという理由で選出されている。
それに、今ロノワ砦に住んでいる連中も、ごく最近にベッデルから移住をした者ばかりなわけで、このタキはそうしたロノワ砦在住の何人かと面識があった。
それだけ、交渉もしやすいだろうとことも、このタキが選ばれた理由となっている。
翌日、タキは夜明け前に野営地を出ていき、残った脱出組は昼過ぎまで野営地に残り、半日ほどの時間を狩りや休養にあてた。
ここまで来たら急ぐべき理由も特になかったし、それに、今日中にロノワ砦に着いたとしても、その後、全員がすんなりと砦の中に入れて貰えるとも予想していなかったのだ。
ロノワ砦の住人たちの判断によっては、全員が砦の外に留め置かれる可能性さえあり、そうなればなおさら急ぐべき理由がなくなってくる。
もうしばらく野営が続くにせよ、旅暮らしよりは一カ所に留まりロノワ砦から有形無形の支援を受けながら暮らす方がなにかと楽なはずでもあり、脱出組の人々は特に将来を悲観する様子は見えなかった。
あのままベッデルに残っていたら、まず命自体がなかったわけであり、この先自分たちの身になにが起ころうとも、それ以上に悲惨なことにならないだろう、という自嘲混じりの達観があったのではないかと、オレは思っている。
それに、脱出組には大勢の子どもたちや妊婦が含まれていた。
そういう人たちは、妙に現実的な見方をすることがあり、まだ起こっていない将来のことを悲観するよりは、こうしている今、どうやって快適に過ごすべきか工夫し、実践することを優先しているようでもあった。
こんな状況でさえ脱出組の中では笑い声が絶えず、中の雰囲気は意外なほど和やかだ。
楽観的に構えなければやっていけない、という現実逃避もあるのだろうが、ともかくも、脱出組の人たちは心理的にタフだったと思う。
昼過ぎに出発した脱出組は、日が暮れる寸前にロノワ砦前に到着をした。
「壊滅の憂き目に遭ったベッデルから脱出してきた者だ!」
脱出組は以前、オレやハジメ、ミオ、トリイ、シライで潜入して内部から開いた門の前まで移動し、そこで大きな声をあげて案内を乞う。
「どうか門を開いてくれ!」
「ユウシャのタキから詳しい事情は聞いた!」
門の上から、大きな声が降ってくる。
「災難に対しては同情するが、残念なことにこれだけの人数を受け入れられるほど、ロノワに余裕はない!
妊婦や子ども、それにタマキ神官長を含めた半分ほどを受け入れることで、どうか勘弁して貰いたい!」
だいたいは、予想通りの反応だった。
非情なようだが、これだけの人数を養えるだけの物資や生産能力をこのロノワ砦が持っていないは事前に予想されていたし、こんな扱いでもかなり譲歩をしてくれた方だろう。
その場で交渉をはじめようとする者を、荷台の上で立ちあがったタマキ神官長が片手をあげて制止する。
「ベッデル、アイネ神殿神官長のタマキといいます!」
タマキ神官長は、そのまま大きな声でロノワ砦の内部に呼びかけた。
「少なくとも、わたくしはその中に入ることはできません!
脱出して来た者のうち、希望する者を内部に受け入れてくださること!
それに、残りの脱出者が砦の外に集落を作り定住すること!
最後に、そちらに負担がかからない範囲で、食料その他の物資を分けてくださることを希望します!」
こちら要求もまた、かなり譲歩をした内容になっている。
ロノワ砦の状況に即して、無理のない範囲で実現できるはずだった。
また、それくらい譲歩しなくては、ロノワ砦側も承知できないはずでもある。
どんなに同情する相手にでも、自分の食い扶持までくれてやるわけにはいかないのだ。
「神官長は来てくださらないのか!」
「ロノワにもアイネ神殿はあるはずですし、今からわたしがその中に入ったら、今の神官長をないがしろにすることになります!」
砦側の声に、タマキ神官長は張りのある声で答える。
「全員を中に入れることができないのならば、わたしはこの場に残り、砦に入れない人を守りながら自活の道を探します!」
ロノワ砦にしてみれば、一番欲しいのはこのタマキ神官長の身柄であり、その他のあまり役に立ちそうもない連中は歓迎する理由もない。
できれば、タマキ神官長だけを受け入れてその他の連中はなんらかの口実を設けて排除したい、というのが本音だろう。
同様に、脱出組にしてみれば、タマキ神官長だけを取りあげられてロノワ砦から残りの連中が放逐される結果が、一番怖い。
十分な食糧を得るあてがなくなるわけで、そうなれば早晩、ほとんどの人間が餓死する結果になるだろう。
ロノワ砦に今住んでいる連中は、最近ベッデルから移住している。
その縁を頼りに同情を買い、どうにかロノワ砦側から最大限の譲歩を引き出したいところだった。
そんな感じて、しばらく閉ざされた門前でタマキ神官長と砦側との交渉は続いた。
その結果、タマキ神官長はどうにか自身が砦の内部に入ることは拒み、その上で、砦の外に集落を作る許可をロノワ砦側に飲ませる。
脱出組にとって一方的に不利なようにも思えたが、脱出組が必要以上にないがしろになることも、事前に防止している、
これ以降、脱出組は砦の連中の支援を借りながら、どうにか自分たちだけで自活ができるところまでえ持って行かなくてはならない。
そうしないと、ロノワ砦という社会に、かなり下層の待遇で組み込まれることになる。
かなり厳しい条件ではあったが、ほとんど身ひとつでベッデルを脱出して以来、どうにか定住できる場所を確保できたということは、前進ではあるのだろう。
あの夜以来、脱出組は厳しい境遇におかれ続けていたわけで、その厳しい状況がいくらか緩和されたということでもあり、文句をいう者はいなかった。
難民の待遇というのは、うん、たいていは厳しいものなんだな。
脱出組のうち、何十名かの妊婦と子どもがロノワ砦に受け入れられた。
自分たちで養える人数を計算した上で、それ以上の受け入れを拒んだロノワ砦側の判断は、ある意味では責任感があるともいえる。
自分で、責任を取れる範囲をしていし、それ以上を拒んだわけだから。
ロノワ砦の方はそれでよかったのかも知れないが、砦の外に残った脱出組は、その場で今後のことにいて、協議をすることになった。
オレも、複数のユウシャたちから引っ張られて、その協議に顔を出す。
「とりあえず、追い返されなかったのはよかった」
ユウシャの一人が、そういった。
「この上は、早急に衣食住をどうにか確保することだな」
「畑でも耕すか」
「それも無論するが、それでは実際に収穫ができるようになるまで長すぎる。
しばらく、動ける者は総出で羊を遊牧したり獣を狩り集める必要があるだろう」
「放牧、か」
「一カ所に留まっていると、羊が周囲の草をすっかり食べきってしまうからな。
気長に遠くまで連れて行って、できれば羊を殖やして帰って来て欲しい。
この放牧組も、何組に分けて行動させる必要があるだろう」
今となっては、ベッデルから連れ出してきた羊たちは脱出組の貴重な財産だった。
放牧先で魔群に襲われることを避けるため、何組かに分かれておくことは、その財産を守るために必要だった。
「その放牧組以外は、この場に残って、狩りをしつつ開墾や家屋の造営をすることになる。
いつまでもテント暮らしでは、健康に悪い」
「とはいえ、最初は資材や工具を用意するところからはじめるわけだよなあ」
「ロノワ砦の連中にも頼んでみるが、まあ、ただではなにもくれないだろうな」
「羊か、それとも獣の肉か毛皮。
そんなものしか、こちらが提供できる物はないぞ」
「それでも、なにもないよりはましだ。
まずはできるところから、段階を踏んで住環境を整えていくしかないだろう」
「それよりも、まずは水場だ。
水を確保できないと、この先なにもできない」
「ああ、それなら」
オレは片手をあげて発言する。
「比較的いきやすくて安全な水場なら、何カ所か知っている。
少し歩くけど、案内できるよ」
実質、難民でしかない脱出組に対して、
「そのまま餓死しろ」
といわんばかりの待遇に出ることもできなかったのか、翌朝、ロノワ砦から結構な量の麦粉が提供された。
「こちらもそんなに余裕があるわけではないから、こんなものしか出せないが」
麻袋に入れた上、何台かの荷台に山積みにした麦粉を運んできた男はそういった。
「これだけあれば、しばらくは飢えずに済むだろう」
確かにかなり大量にあったが、砦の外に留まった脱出組もまだまだ人数がいたので、これだけではせいぜい数ヶ月しか食いつなげないだろうな、と、オレは思った。
それでも、まったくなんの援助もないよりは遙かにましであったし、それに、それだけの猶予があればなにかしらの強みを作って、ロノワ砦との交渉が可能になるかも知れない。
かなり逼迫した今の状況では、そのたかが数ヶ月分の余裕を与えられたことの意味は大きかった。
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