第25話 悲惨な旅路も意外に呑気。ただし、目的地に着いて以降は別。
今回のロノワ砦行きは、以前、オレがユウシャとその他を案内した時の三倍以上の時間がかかった。
なにせ同行者が同行者であるし、それに、急な出立で携帯している物資も乏しい。
途中途中で水や食料を調達する必要があり、その分余計に時間を食うことになったわけだ。
今回は人数が人数だし、それに急がねばならない理由もない。
無理をするよりは、無理のない行程で確実に進む方がいい。
それはいいのだが。
「なんでオレが」
タマキ神官長に呼び出されたオレは、依頼された内容を聞いて真っ先に不満を口にした。
「だって、他に頼めそうな人がいないんですもの」
タマキ神官長は、媚を含んだ口調でそういう。
「護衛のユウシャたちも、大半はそんなに詳しくないし」
この脱出組にも、人数こそ多くはないがユウシャが同伴していた。
護衛、という名目だが、大半は召喚されてから日が浅い連中であり、ユウシャとしては戦力にならない、と判断されたからだろう。
少なくとも、あの夜のベッデル必要だったのは一体でも多くの魔群を始末する即戦力だったわけで、経験が浅くたいした戦闘能力も期待できない連中は体よく放逐された形だった。
経験の有無とは別に、普段、ユウシャたちは魔群を始末することを主軸に活動している。
なんらかの理由によりベッデルから離れる時も十分な食糧を携帯していくので、出先において自力で食糧を調達する方法を知っているユウシャはそれほど多くはないはずだった。
本人の趣味とかで狩猟を嗜む者はいたかも知れないが、どちらかというとそういうユウシャは少数派だろう。
最低限の食糧しか持たずに長期間、人里、つまりベッデルやロノワ砦を離れて活動するような習慣を持つ変わり者は、オレくらいな者だった。
そのおかげで、少なくともベッデル周辺で使える水場などには詳しくなり、今回もその知識が役に立っているわけだが、それと今回のこれとは完全に別件だった。
「いいから、手早く手すきのユウシャたちに狩猟の技術を教えなさい」
しかし、タマキ神官長がオレの抗議に耳を貸す様子はなかった。
「ロノワ砦に着くまでだけではなく、その後にも必要になる技術なのですから」
それもそうか。
と、ようやくオレはタマキ神官長の意図を理解した。
魔群から奪還したばかりのロノワ砦は今、最低限の人数しか居住していないはずだった。
そこにオレたち脱出組、つまり想定外の人数が予告なく押しかけていく形で、絶対的に食糧が不足することは今の時点でも確定している。
その不足した食糧をいくらかでも補填するために、狩りができる人間を今のうちから増やしておく。
それは、長期的な視野を持てば当然出てくる発想だった。
「仕方がねえな」
しぶしぶ、といった形でオレはその依頼を承諾する。
「いっておくけど、オレ、人に物を教えるのは得意じゃないから。
そのつもりで」
「得手不得手にかかわらず、できることをして貰います」
そんなオレに、タマキ神官長はきっぱりとした口調で告げた。
「今のわたしたちには、選り好みをしているような余裕はありませんから」
「ってことで、教えることになったわけだが」
オレの元に集まってきたユウシャたちは二十名ほど。
「どうすっかなあ。
まずは、獲物が残す痕跡の見つけ方から教えるか」
そのうちの半分は、オレも知っている顔ぶれだった。
オレたち以外の者は、その場で半日くらい足を止めて待機する形となる。
なんといっても、急な出発から今まで、ずっと歩き続けていたわけで、それまで長時間歩く習慣がなかった人間に取っては、かなりきつい行程でもあっただろう。
その意味で、今回のこの小休止は、オレから狩りについて習う必要がない人々にとっても必要だったのかも知れない。
タマキ神官長も、あれで見るべきところは見ているのかも知れなかった。
オレは移動の途中、何度か足を止めて半日にほどユウシャたちに狩りについて講義をした。
実践に入るのはその後のことで、その頃には脱出組もかなりこの旅に慣れていた。
つまり、毎日朝から晩まで歩き続けることに。
オレが狩りについての知識を伝えるのに時間をかけたのは、最初に変な癖をつけると後で修正するのが大変だからだ。
狩りは獲物があってのもので、野生動物は人間の都合に合わせてなどくれない。
狩るべき対象の習性について詳しくなれば、得をすることはあっても損をすることはないのだ。
目下の食糧不足もかなり差し迫った問題であったが、素人が素人考えでばたばた動いても獲物が寄りつかなくなるだけであり、慎重さと好機を待ち続ける辛抱強さとは、狩りにとって必須の要素だった。
オレの講義程度の退屈さに我慢ができないようだったら、そもそも狩人としてやっていけない。
また、それでは大勢の人間が飢えることになって、誰にとってもいい結果にはならない。
でも、次第にそんな悠長なことばかりをいってもいられなくなった。
いよいよ、食糧が逼迫してきたのだ。
「ということで、何名かずつに分かれて狩りをして貰う」
オレはこれまで講義を受けてきた連中にそういった。
「これまで教えたことを実践できれば、いくらかは獲物を持ち帰れるはずだ。
期限は日が落ちるまで。
はい、解散」
オレはそういってユウシャたちをその場から去ったのを確認してから、悠々と休憩地を後にする。
オレはオレで、これまで遊んでいたばかりではなく、しばらく脱出組が足を止める時などにこまめに罠猟をしたり夜中に抜け出してさっと獲物を捕獲してきたりしている。
何匹かトカゲやネズミ、鳥なんかを捕まえてきても、今回の脱出組全員にはとうてい行き渡らないわけだが、それでもなにもやらないよりはマシだった。
なにしろ今回は、妊娠中の人間も多数同行している。
そうした妊婦たちは、できるだけ栄養をつけさせておきたかった。
日が落ちる前に、オレは脱出組の休憩地に戻った。
あまり時間がなかったから、持ち帰った獲物数はそんなに多くはなかったが、それでもトカゲとネズミ、鳥を合わせて二十以上は捕まえている。
捕まえた獲物はその場で内臓を取って血抜きをし、縄にくくりつけて肩からぶら下げて移動していた。
そうして処理した獲物の数が増えると、血が抜ききった物から麻袋に放り込んで持ち帰ると、休憩地で休んでいたやつらからはたいそう歓迎された。
今回は時間がないこともあり、小ぶりな獲物が多かったが、こんなもんでもまとめて細かく刻んで丸めれば汁物の具材くらいにはなる。
その日、オレ以外に獲物を持ち帰ったユウシャは三人ほどしかいなかった。
「最初はそんなもんだろうな」
とオレは思う、ユウシャたちにもそう声をかけておく。
野生動物の不意を突いて仕留めるためにはそうすることができる距離にまで近づく必要があり、そのための技術はすぐに身につくようなものでもない。
ある程度場数を踏まないと、身につく物ではなかった。
それでも、何度かそんな風に狩りをする機会を与えると、多少なりとも獲物を持ち帰るユウシャの数が増えはじめる。
結局は慣れの問題であり、自分でやってコツを掴んでいけば成功率はあがっていく。
そうした狩りは、脱出組の人数が多いので食糧不足の解消にはあまり貢献することがなかったが、それでも将来的なことを考えると、ここで学んだことは無駄にはならないはずなのだ。
ベッデルが突然、対応しきれない魔群に襲撃をされたように、ロノワ砦もいつかそうならないとは誰にも断言できない。
そして、今度はたとえ少人数であっても脱出できる状況なのか。
それすらも、わからない。
どこかの拠点に身を寄せることなく、自力で食糧を確保する術を知っている人間は、多ければ多いほどよかった。
そいつ自身のために、というよりは、これからなにが起こっても生き延びる術を知っている人間が多いほど、人類が絶滅する出目が減るからだ。
そんな風にかなりゆっくりと進み続けたから、今回の旅路はかなり長引いた。
しかし、ロノワ砦が近くなってくると、それもかえってよかったのかも知れない。
ロノワ砦が近づくにつれて、脱出組の人間同士で一種の連帯感のような物ができはじめていたし、なによりベッデルでの悲惨な記憶が徐々に気にならなくなっていた。
みんなあの時のことについては口をつぐみ、表面的には気にしていないように振る舞っていた。
子どもたちは、順応性があるためか、ベッデルのことなどもう忘れたようにはしゃいでいる。
つまり、オレたちは次第に旅慣れていったわけだが、その旅路もそろそろ終わりに近づいていた。
オレたちは終点であるロノワ砦の近くまで、来ていたのだ。
「まずは使者を送って、先方の意向を確認しておいた方がいいでしょうねえ」
後半日も進めばロノワ砦に到着するという場所で一度野営をすることにして、タマキ神官長は脱出組のめぼしいやつらを集めてそういった。
「ベッデルを襲った災難について報告する必要があるし、それに、これだけの人数を一度に受け入れろといっても無理でしょうし」
「追い返されるとお思いで?」
タキとかいう名の、脱出組の中では比較的古株のユウシャがタマキ神官長に確認をする。
「流石にそこまで露骨なことはいわないでしょうが、全員が砦の中に招かれることもないでしょうね」
タマキ神官長はそういって首を左右に振った。
「これだけの人数が一度に押しかけたら、食糧も、それに建屋も足りなくなるでしょうし。
半分くらいは中に入れて、残りの半分は砦の外で野営を強いられるのではないでしょうか」
そんなところだろうな、と、オレも思う。
一番いいのは、そうして砦の中に入れなかった者たちが自分の力だけで衣食住の調達を行い、砦の連中と対等の関係を結ぶこと、になるわけだが、現実的に考えると、これはかなり難しい。
そうするための資材や食糧が圧倒的に不足しているし、仮にそうした物資がどうにか調達できたとしても、妊婦や子どもが大半を占める脱出組は労働力も圧倒的に不足している。
どうにかして砦の連中の力を借りなければ、全員が満足な生活を送ることはできそうもなかった。
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