第23話 引きたくはない貧乏くじ。会いたくはない人間。やりたくはない仕事。
どこかの神殿で何度も鐘が鳴らされている。
そんな騒音で、オレは目をさまました。
定宿にしている、宿屋の寝台の上でのことだ。
「なんだ?」
小声で呟き、オレはすばやく身支度を調えて部屋の外に出た。
宿屋の一階にまで降りると、寝間着姿の宿屋の女将さんがランタンを持って立っている。
「何事ですか?」
オレは女将さんに声をかけた。
「こんな夜中に」
「わかんない!」
女将さんは目を見開いてそういった。
「確かめようにも、こんな夜更けに外に出たくはないし」
夜は、魔群の時間だ。
たとえ町中だといっても、好んで外出をしようという人間はほとんどいない。
「ちょっと見てきます」
オレは女将さんにそういい残して、宿屋の外に出る。
「気をつけていきなさいよ!」
女将さんの声が、背中から追ってきた。
そんなやり取りをしている間にも、鐘の音は鳴り止まず響いている。
つまりは、複数の神殿が鐘を鳴らし続けているということだった。
非常時だな。
と、オレは思う。
普段、神殿の鐘は時刻を告げるためにしか使われない。
もちろん、夜中には鳴らされることもない。
火急の用件がなければ、だが。
オレは盗賊の生業だったので、暗闇でも周囲の様子を見て取ることができた。
外には、ポツポツと人が立っていて、何事か囁き合っている。
知った顔も何人かいた。
ほとんどがユウシャか、それとも普通の人間でも魔群と戦い慣れている連中だった。
そいつらが口にする内容を総合すると、どうもこの町は今、魔群の襲撃に晒されているらしい。
これほど町中に警戒をうながすように鐘が鳴らされているということは、つまりはそれほど大規模な、このベッデルの町が持つ全線力で対抗しないと凌ぎきれないような大物が来た、ということらしかった。
「なにぼうっとしてやがる!」
オレは叫んだ。
「全員、自分が所属する神殿にむかえ!
目が見えなけりゃ、まず灯りを用意しろ!」
オレ自身も、カガ神官長が待つはずのボイネ神殿へと急いだ。
この町にいる、多少なりとも戦える人間は、ほとんどがなんらかの神殿に所属する信徒のはずなのだ。
詳しい情報は神殿にいけばわかるだろうし、そこへいけばこれ以降どう行動すればいいのか、指示も貰えるだろう。
この場で突っ立って不安を煽り合っているよりは、遙かに適切な対応だった。
オレがボイネ神殿前につくと、すでにかなりの人数が集まっていた。
ほとんどがユウシャだったが、オレのような普通の人間も少なからず混ざっている。
オレが到着をした直後に、信徒にたいまつを持たせたカガ神官長が姿を現した。
「すでに察している者も多いはずだが」
カガ神官長はそのまま神殿玄関に立ち、そこに集まった者たちに大きな声で告げた。
「各神殿の、遠見の秘蹟使いが、魔群の大群がこちらに向かっていることを察知した。
夜が明ける前にベッデルの町に到達する勢いであるから、今のうちから迎撃できる態勢を整える必要がある!」
「そいつらが通過するまで、どこかに逃げてやり過ごすとかできないんですか?」
ユウシャの一人が挙手をして、質問した。
「それができればよかったんだがな」
カガ神官長はゆっくりと首を横に振りながら、そういった。
「今回は、それは無理そうだ。
なにしろ今回の魔群は、地平線を埋め尽くすほどの大群だということだからな。
逃げ場がない以上、多少なりとも防壁を持つこのベッデルで迎撃をするしかない」
あるいは、全員で仲良く討ち死するかだ。
そう、オレは心の中でつけ加える。
大規模な魔群にベッデルが襲われたことは、過去に何度かあったらしい。
オレも、人づてに聞いただけだが。
だが、その時でさえ、これほど大規模な魔群ではなかったはずだ。
地平線を埋め尽くすほどの大群、ってなんだよ。
非常識にもほどがあるだろう。
現在のベッデルの人間を総動員しても、そんな大群に対抗できるとは思えない。
多少なりとも常識があれば、オレでなくともそう考えるだろう。
「各神殿でも、秘蹟が使える者を総動員して、これに対抗をするつもりだ!」
オレの考えをよそに、カガ神官長は演説を続けている。
「これから名前を呼んだ者は、こちらまで来るように!
まずは、盗賊のユイヒ!」
真っ先に名前を呼ばれたオレは、予想していてなかったのでその場でコケそうになる。
「なんでだよ!」
不本意であったが、どの道逃げ場もなさそうなどで、オレはそんな声をあげながらカガ神官長の元へと向かう。
「オレなんかよりももっと攻撃力があるユウシャたちが、いくらでもいるだろうに!」
こんな場合は普通、オレのような盗賊よりも、そうした迎撃の要になりそうな人間を呼び出さないか?
「そうした人間にはそうした人間にふさわしい仕事を用意してある!」
カガ神官長は大きな声でそういった。
「このわしを含めてな!
各神殿の信徒とユウシャたちが全員でかかれば、果たしてどれほどのことができるのか!
それは、これからやつらに見せつけてやるさ!
だがユイヒ、お前にはお前にふさわしい役割を用意してある!」
「こんな時に、盗賊のオレにか!」
オレは、カガ神官長の言葉を笑い飛ばそうとした。
「すぐにアイネ神殿へ向かえ」
しかし、オレに口を開く時間を与えず、カガ神官長はそういった。
「そこにいる女たちと合流して、やつらが逃げるのを先導しろ!
盗賊で、外の様子に詳しく、逃げることと魔群の目をくらますことに長けているお前にしかできない仕事だ!」
今回もどうやら、オレの仕事は見事に貧乏くじのようだった。
さらに悪いことには、その仕事を断ったとしても、オレを取り巻く状況は一向に改善されないのだ。
そんなわけで、不本意ながらもオレはアイネ神殿へと向かう。
アイネ神殿の女たち、といえば、普通は神聖娼婦のことを指す。
今回の場合はその中でも、おそらくは妊婦を主体にして逃がすつもりなんだろうな、と、オレは推測した。
町中に止めておいても戦力にはならないし、仮に逃げ延びることが可能であったのならば、どこかに逃がしておいた方がいい。
その逃亡が成功すれば、ベッデルの町が全滅した時にどこか別の場所でやり直しが出来る……可能性も、まったくないこともない。
神官長たちは、そう判断したんだろう。
オレがその女たちをうまく逃がし、命を延ばすことを心の底から信じているわけではないだろうが、それでもなにもやらないよりはマシ、程度のいわば保険としての策だろう。
どうやって勝つか、よりも、どうすれば完全に負けないのか、ということを優先して考えた、かなり消極的な方針だった。
つまり神官長たちも、今回はそれだけ勝ち目が見えない、全滅を免れたら幸運というほどの事態であると、そう認識をしているわけだった。
オレ自身はといえば、自分でも意外に思うほどに冷静だった。
オレにしてみれば、いつかくると確信していた滅びの時がようやく来ただけ、という認識があるだけであり、せいぜい、
「ああ、オレが生きている間にこうなるんだな」
と静かにそう思うだけだった。
諦めている、んだろうな。
オレなんかはほとんど物心ついた頃から、ベッデルを取り巻く世界は滅びの過程にあると、そう認識しているわけで、その時が今になったからといっても、特に動揺をする気にはならない。
その意味でオレは、今回も淡々と自分にあてがわれた仕事を消化するつもりだった。
これまでとまったく同じで、ただ今回は、へまをすればオレ自身も確実に死ぬということだけが違っている。
そしてオレはユウシャではなかったから、死んでも生き返る未来は想定できない。
失敗をすれば死ぬ。
オレにしてみれば今回の件は、ただそれだけのことだった。
そしてそれは、これまでの仕事とまったく同じだともいえた。
「ひさしぶりですね、ユイヒ」
アイネ神殿に着くと、オレが一番会いたくはない人間が出迎えてくれた。
「もっと頻繁に会いに来てもいいのに」
「オレも神官長も、忙しくてそれどころではないでしょう」
オレは、極力気持ちを落ち着かせてタマキ神官長に返答をする。
「それに今回は、その普段よりももっと差し迫った状況です。
さっさと用件に入りましょう」
「それもそうですね」
タマキ神官長はうっすらと笑った顔のまま、そう続ける。
「カガ神官長から、どこまで聞いていますか?
あなたの仕事は、この場にいる人たちをどこか安全なところにまで逃がすことです」
「この場にいる全員を、ですか!」
オレは、左右を見渡して驚きの声をあげた。
「下手をすると百名を超えているじゃないですか!
それも、大半は妊婦だ!」
無茶だ。
と、オレは思った。
カガ神官長から仕事を説明された時、オレはもっと少人数の、せいぜい数十名単位の人数を想像していた。
これだけの大人数の、おそらくは自力で動くこともあまりできないような妊婦を抱えて、すぐに、どこにあるかも定かではない「安全な場所」まで移動させる。
そんな真似は、仮にオレでなくても、どんなユウシャにも無理だったろう。
「あら、別にあなただけをあてにしているのではなくてよ」
タマキ神官長は、やはり薄い笑いを崩さずに、そう続けた。
「うちの信徒やユウシャたちも、ほぼ全員この脱出に協力させますし、それに、このわたしも同行します」
それを聞いて、オレはさらに気分を暗くする。
そういうタマキ神官長の腹は、ぽっこりと膨れていた。
おそらくは、このタマキ神官長自身も妊婦だ。
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