第22話 展望もない、未来もない。希望を持つ者はいる。持たない者もいる。

「やっぱりそう思うか」

 不意に表情を引き締めたシライが、オレの向かってそういった。

「実際のところ、かなりヤバいんじゃないのか?

 今の状況」

「ヤバいってことでいうんなら、そもそもオレが生まれるかなり前からヤバい」

 オレは即答する。

「なにしろ、他の土地とほとんど連絡が取れずに孤立しているような状況だからな。

 このまま進展がなければ、滅亡する未来しかないだろうよ」

「ま、ユウシャなんか召喚しなければやっていけない時点で、かなり逼迫しているんだよね」

 シライはため息混じりに、オレの意見に賛同する。

「というか、ユウシャを召喚して、どうにか今の状態を維持できている感じ?」

「そのユウシャを召喚する頻度が多くなっているってことは」

 そういうハジメの顔色は、若干血の気が引いているように見えた。

「危機感が強まっているってこと?」

「少なくとも、上の連中はそう見ているってことね」

 シライは、漠然と上の方を指さして、そう答えた。

「この間のロノワ砦の件だって、神官長を二人も動員して必死になって奪還したわけでさあ。

 なんであんだけ必死になっていたのかっていうと、あそこを取られたまんまで放置していると、人類側が反撃をする足場がなくなるからだよ」

「反撃、か」

 トリイが、シライの意見を鼻で嗤った。

「現状維持がようやくだってのに、反撃もくそもないだろう」

「でも、どうにかしてやつらを撃退して、人類の活動圏を広げていかないと」

 シライは、そんなトリイに反発する。

「先細りになる一方じゃない」

「……そこまでヤバいの?」

 ハジメが、オレの方に顔を向けて確認をしてきた。

「ヤバいね」

 オレは、速攻で頷く。

「オレが生まれる何十年も前から、ずっと継続してヤバい」

「どうしよう」

 ハジメは自分の顔を手で覆った。

「おれ、そんなことも知らずに子ども作っちゃった」

「嘆くな、少年」

 トリイがそういってハジメの肩に手を置く。

「子どもを作るのはいいことだぞ。

 特にこんな世界では」

「あんたも、アイネ神殿で種だけは蒔いているもんね」

 シライが、そんなトリイを揶揄する。

「何人か子どもがいても不思議じゃない」

「神殿の子どもは、誰の種であろうが公平に育てられる」

 トリイは、そういって胸を張った。

「こんな世界では、ともかく人数を増やすこと大事だろう」

「女が物扱いされているようで気にくわないっていっているの、わたしは」

 鼻にしわを寄せて、シライはいった。

「あんたはお題目があるのをいいことに、自分の欲求を発散させているだけじゃない」

「それは否定しないがな」

 トリイは、そういってシライを睨んだ。

「わけもわからずこんな世界に召喚されて、何度も死んで生き返って、それで、その程度役得くらいなければ、とてもではないがやってられない。

 他のやつらはどうなのか知らんが、このおれは別に聖人君子ってわけでもないんだ」

「さて、オレはそろそろ退散しようかな」

 オレはそいいって、席を立ちかけた。

「待てよユイヒ」

 そのオレの肩に手をかけて、ハジメが強引に引き留めようとする。

「こんな雰囲気が悪い場に、おれだけ置いていくつもりか」

「悪酔いしたユウシャは手に負えないんだよ」

 オレは小声でハジメにいう。

「普段鬱憤が溜まっているからか、暴発するととことん暴れ回るし」

「他人事のようにいうなよ!」

 ハジメは涙目になって、オレに懇願する。

「この場からいなくなるのなら、せめてあの二人をどうにかしてから行ってくれ」

「どうにか、っていわれてもなあ」

 オレはため息をついた。

「お前の協力があれば、やってやれないこともなんだが」

「なんでも協力するから!」

 ハジメは意気込んで返答した。

 この場に取り残されることが、よほど嫌らしい。

「じゃあ、お前はシライの首を掻け」

 オレは小声でハジメに告げる。

「オレはトリイのやつをやる。

 なに、たとえユウシャが相手でも、油断しているところを素早く片せばどうにでも……」

「そこ、聞こえているわよ」

 シライが、じろりとこちらを睨んでいった。

「聞かせているんだよ」

 オレはそう答える。

「少しは頭が冷えたか?」

「まあ、ね」

 シライはいった。

「頭が冷えたというより、白けた」

「同じく」

 トリイも、シライの意見に同意する。

「なにが悲しゅうて、こんなくだらないことでいちいち殺されなけりゃならん」

「まあ、ユウシャと酒を飲む時には気をつけるんだな」

 オレはハジメに向かって、そういう。

「やつらは生き返らせることができるってだけで、基本的にはオレたちと同じ人間だ。

 感情もあるし、不満や鬱憤が溜まれば暴発することもある」

「それは、よく理解できた」

 ハジメは血の気の引いた顔で頷く。

「素面でつき合っていると、余計にヒヤヒヤする」

「あれ?」

 オレは疑問を口にした。

「ハジメは、酒を飲んでいなかったのか?」

「おれはミセイネンだからな」

 ハジメは、若干元気がない声でオレが知らないニホンゴを口にした。

「それに、適当なところで切り上げて帰るつもりだったし」

「おう、帰れ帰れ」

 トリイが大きな声を出した。

「お前にはミオちゃんが待っている!」

「そうだよ!」

 ハジメが顔を朱に染めて叫び返した。

「だからこんなところで、巻き添えを食うわけにはいかないんだ!」

「はいはい」

 シライが取りなすようにいって立ちあがり、ハジメのために道を開ける。

「今までつき合わせてわるかったわね。

 さっさとミオちゃんのところに行ってあげなさい」

 ハジメは軽く頭をさげて、その場から立ち去った。

「若いねえ」

 と、トリイはいう。

「若いでしょう」

 シライがいう。

「まだミセイネンだし」

 シライは、またオレが知らないニホンゴを口にした。

「それに、自分の伴侶や子どものために頑張ろうっていう気持ちは、前向きで健全よ」

「違いない」

 トリイはそういって笑った。

「それがなけりゃ、やってやれないからな」

「それよりも、ユイヒ」

 シライがオレの方に顔を向けて訊ねてくる。

「あんたと入れ違いになったけど、例の羊飼いの爺さんがこの間まで来ていたんだけど」

「ああ」

 オレは頷いた。

「オレも町の外で会った」

「で、あのお爺さん」

 シライは、オレの顔を見つめてそういう。

「外の様子をどこまで把握しているの?」

「行動範囲はかなり広いみたいだけどね」

 オレは知っている限りのことを答えた。

「ただ、生き残っているところもこのベッデルほどには人が残っていなくて、どこでもカツカツの様子だとは聞いている」

「どこもベッデル以下、か」

 トリイはげんなりとした表情でいった。

「ここ以上に景気のいい場所があれば、そこに移ってもいいんだがな」

「爺さんが嘘をいっているとも思えないな」

 オレはいった。

「大昔に、アイネの信徒が数名で爺さんについていったことがあるけど、それからまるで音沙汰がないし」

 その時の目的は、外の土地にユウシャ召喚のシステムを定着させることだったはずだ。

 ただ、それが成功したのか、それともなんらかの理由で頓挫したのか、それすれもオレは知らない。

 いや、正直にいえば、続報を全く耳にしたおぼえがないから、おそらくは駄目だったのだろう。

 少なくとも、そうして移住していった連中と現在のベッデルとは、完全に交通や交流がない。

 そちらでなにがしかの成果を出していたとしても、オレたちにはそれを知る術はなかった。

「似たような試みを、その後、まったくやる様子がないってことは」

 オレの返答からなにかを察したトリイが、そういった。

「ベッデルの人間には有益な結果にはならなかった。

 まあ、そういうことなのだろうな」

「やっぱり、どこもかしこも生きていくだけで精一杯なんだよ」

 シライは、そういう。

「他の土地と連携をしようとする、余裕すらなく」

「そうなんだろうな」

 オレはそういった後、思いついた続きを飲み込む。

 あるいは、すでに全滅しているかだ。


 ユウシャたちから解放された後、オレはようやく宿屋の、いつも借りている部屋へと移動する。

 宿屋、といってもこんな町ではそもそも旅人が頻繁に立ち寄るはずもなく、ほとんどユウシャ相手に酒や酒肴を売ることを営業の柱にしているような店で、オレが宿泊を断られた経験はこれまでになかった。

 カガ神官長から、どこかに家を借りないかと勧められたこともあるのだが、どの道オレはこのベッデルを留守にすることが多いし、その間、誰かしらに家の管理をする者を雇う必要がある。

 それくらいの収入はあるのだが、自分のために人を雇うというのもなかなか億劫なので、オレはこの宿屋をベッデルで止まる時に使い続けていた。

 きちんとした寝床で、誰からも襲われる心配もせずに眠れるのはありがたいのだが、正直にいえば、オレとしては町の外で魔群を警戒しながら浅い眠りにつく方が、なにかと気が楽にも思っている。

 ベッデルに戻ったとしてもオレが交渉をする人間など極めて限られた、狭い範囲にとどまっているわけだが、それでもそうした人づき合いはオレの精神をすり減らした。


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