第21話 苦肉の策も使いよう。それでも無闇に多用するのは芸がない。

 ダムシュ爺さんという例外はあるにせよ、オレたちは孤立している。

 ベッデルのような人間の生息地は他にもあるのかも知れないが、遠く離れてほとんど連絡がない状況だった。

 魔群が出没するせいでそうした遠隔地との交通路を維持する余力もなく、何年もお互いの消息を確認できていない。

 気まぐれで移動をするダムシュ爺さんが、ようやく細々とした外部の状況を知らせてくれるような状況であり、その消息にしても、数ヶ月は前の古い情報、という有様。

 端的にいって、オレたち人間は滅びている過程にあるのだろうな。

 と、オレは以前からそう思っている。

 魔群を駆逐する方法をどうにかして思いつかない限り、オレたちはこのままゆっくりと滅んでいくしかない。

 ユウシャを何十人か召喚したところで、そんなものは所詮焼け石に水。

 根本的な事態の打開には、結びつかない。

 オレは別に悲観をしているわけではなく、「そういうもんだ」と割り切っているだけだ。

 なにしろ、物心ついた時からこんな状態だからな。

 未来に希望を持て、とか誰かにいわれたとしたら、かえって困る。

 オレには、希望の持ち方というのがわからない。

 大昔、まだ魔群が出ていない時代は、人間もそこそこ栄えていたようだ。

 ロノワ砦や玄室、ベッデルの町を作り、魔法を練りあげ、神々と契約をした秘蹟を使う術も得た。

 そのような時代ならば、未来に希望も持てたのかも知れないが、オレを取り巻く環境はそこまで優しくない。

「オレが生きている間は保って欲しいな」

 と、そんなことを考えるのせいぜいだ。

 オレを含めて、今生きている人間というのは、結局のところ過去の人間たちが築き上げてきた遺産を食い潰してどうにか生きながらえている。

 端的にいって、そんな状態なのだろう。

 人類の未来に思いを馳せるよりも、もっと身近な問題で手一杯である、ということもある。

 たとえば今、オレは例によってベッデルから遠く離れた場所で魔群、直立トカゲの集団から逃げているところだった。

 直立トカゲは、背の高さがオレの胸あたりまでしかない、その名前の通りにトカゲが直立したような魔群で、一体ずつだったらそんなに強くはない。

 力も弱いし、さほど素早いわけでもない。

 両手が空いているので、その手に武器を持って振り回せることと、それに、集団で動くことくらいしか脅威となる要因がないような、そんな魔群だった。

 いい換えると、そんな弱い魔群であっても、集団に遭遇すると十分な脅威になる。

 オレは、何十体という直立トカゲを背後に従えて荒野を疾走しているところだった。

 直立トカゲはオレよりほんの少し、足が遅い。

 だからすぐに追いつかれることはないのだが、それも時間の問題である。

 オレも別に無限のスタミナを誇る超人というわけでもないし、いつまでも全力疾走を続けるのは不可能だ。

 どうするかな、とオレは考える。

 息が切れる前に、この事態をどうにかしなければならない。

 もう少し直立トカゲたちとの距離が開いていれば、呪文を詠唱して転移魔法でこの場から逃れることも可能なのだが。

 今の段階ではなんらかの打開策を思いつくまで、全力疾走で逃げ続けるしかない。

 オレは生業を盗賊にして何年か経験を積んでいるので、これでも普通の人間よりは長く、速く走ることができる。

 今のところそれが幸いし、追いつかれる様子はない。

 しかし、まいったな。

 と、オレは思う。

 直立トカゲたちは、他の魔群と同様、一度設定した目的を飽きもせずに持続する性質を持っている。

 ロノワ砦を占拠したヒトモドキたちが、人間の真似をして砦を守ろうとしていたように。

 あるいは、玄室のスケルトンたちが何度でも繰り返してあの場所に発生するように。

 まるで誰かに設定された行動を繰り返すのが存在目的であるかのように振る舞うのが、魔群に共通する性質なのだった。

 この直立トカゲについていえば、今オレを追いかけているように、発見した標的が死ぬまでどこまで追いかける性質を持っていた。

 こいつに一度狙われたら、それこそユウシャでもなければやり過ごすことができない。

 と、一般にはいわれている。

 つまり、オレのような、ユウシャでもなんでもない一般人には、今の状況はかなり厳しいものなのだ。


「でも、ベッデルまで生きて帰って来ているってことは、どうにか切り抜けられたわけだろ?」

 ユウシャのトリイがいう。

 帰って来て早々、オレは宿屋で酒盛りをしていたユウシャたち捕まってしまったのだ。

「気をつけなよ、ユイヒ」

 ユウシャのシライがいった。

「あんたはこっちとは違って、死んだらそれまでなんだから」

「それでどうやって切り抜けたんだ」

 ユウシャのハジメが、オレの顔を見ながら訊いて来る。

「あつらはしつこいけど馬鹿だからなあ」

 オレはいった。

「闇霧を出して視界を悪くして、その上で穴を掘って地面の中に身を潜めた。

 適当に自分の上に土砂を撒いて地面に伏せていたら、それだけでオレの居場所がわからなくなった」

 もちろん、そんな真似を実行したオレの体は砂まみれになったわけだが。

 それでも、自分の命には代えられなかった。

「闇霧って?」

「盗賊だけが発生させることができる、ええと、煙幕?」

 ハジメが傍らのシライに問いかけ、シライが即答をする。

「ユウシャは戦士を生業に設定することが多いけど、盗賊はそういう逃げるための技を多くおぼえるから」

「秘蹟とは違うのか?」

「秘蹟っていうのは、あくまで神様から授けられる能力だから」

 トリイはハジメの問いかけに対して、律儀に答えていく。

「魔法とかそういう生業ごとにおぼえていく技は、あくまでその人個人が獲得する能力なわけで」

「こいつみたいな盗賊は、パラメータ的にいえば素早さ偏重、おぼえる技は逃げるとか姿をくらますとか、そういう関係が多い」

 トリイが、説明の続きを口にする。

「ま、ユウシャには向かない生業だな」

「オレはユウシャじゃねーし」

 オレはいった。

「それに、こんなご時世だ。

 強くなるよりは、逃げ切ることの方がずっと重要だよ。

 ユウシャ以外の普通の人間にしてみればな」

 ユウシャとそれ以外の普通の人間とでは、立場からして根本的に違っている。

 ユウシャは、多くの功績を立ててベッデルの上層部に認めさせ、自分の待遇を改善することを目的としている。

 これは、町の外に出て戦わない、戦士以外の生業を選んだユウシャたちも共通する傾向だった。

 対してオレたち普通の人間は、戦ったり功績を認めさせることよりも、自分が生き延びることを優先させている。

 当然のことだが。

 普通に暮らしたり生きたりするためには、別に町の上層部に自分の働きを認めさせる必要などなく、従って余計なリスクを被らないようにすることの方がよほど重要なんだ。

「でもユイヒは、そんなことをいう割には、たった一人で町の外に出ているじゃないか」

 ハジメは、赤い顔でそういった。

「そんな危ない真似、ユウシャだって滅多にやらない」

「町中は町中で、なにかと窮屈だからなあ」

 オレはいった。

「多少危険でも、他に人目がない場所にいた方がかえって気楽だっていうのはある」

「気楽ねえ」

 シライがそういってため息をついた。

「気を楽にするために、いつ魔群と遭遇するのかわからない町の外を何日もうろついているのは、あんたくらいなもんよ」

「そのおかげで、効率よく稼げるってこともあるしな」

 オレは、気楽な口調で返した。

「どんな仕事だって、商売敵は少ない方がいい」

「あ、じゃあ、おれたちが魂の回収をするようになったら、ユイヒは困るのか?」

 ハジメが、今になってそんなことを訊いて来る。

「別に困らないよ」

 オレは即答した。

「最近、ユウシャを召喚する回数がめっきり増えているからな。

 もう少し、回収作業に人数を割いてもいいくらいだ」

 実際、オレの仕事は減っていない。

 それどころか、以前よりも忙しくなったくらいだ。

 需要と供給、という言葉あるが、仕事をする人数が増えたとしても、それ以上に仕事が増えればオレ個人の価値が減ることはない。

 もっとも。

「こんなに頻繁にユウシャを召喚する必要があるって、上の連中が考えているこ事態が危ういがな」

 オレは、小声でそうつけ加える。

 ユウシャの召喚というのは、上層部の連中にしてみればそれこそ神頼みに近い。

 どんややつが召喚されるのか、事前にはわからないわけで。

 にも関わらず、そんな召喚に頼らなければならないということは、つまりはそれだけベッデルを取り巻く状況が厳しさを増しているとうことになる。

 少なくとも、上の連中はそう判断をしている、ってことだった。


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