第20話 孤立して生き残るのも、ひとつの選択ではあるんだろう。オレの趣味ではないけど

 ユウシャの魂回収要員の育成業務から完全に解放されたわけではなかったが、最初に教えた連中が連中だけでもどうにか仕事を回せるようになったので、少しの間オレは以前のように本来の仕事だけに専念するようになった。

 オレが最初に教えていたユウシャ連中は、ミオが抜けた穴を何人かの新人ユウシャで補充して、独自にオレと同じようなユウシャの魂回収業をしはじめている。

 連中も半人前ながらも今度は教える立場に回ったわけであり、これで今後オレの身になにかあっても連中か連中の教え子がこの仕事を引き継いでいくはずだった。

 オレとしては新人を教える仕事はこれ以上やりたくないという気持ちも強かったのだが、例にょってカガ神官長に強引に押し切られて今後も同じような仕事を続けることを承諾している。

 ロノワ砦を奪還したとはいってもオレたちベッデルの民は相変わらず劣勢であり、その劣勢を覆す手立てを思いつかないままに徐々に人数を減らしていた。

 魔群と直接交戦しない町中の者にしても、いずれは老衰や病死などの原因によって死んでいくわけで、何十年も前から過酷な環境のせいで出生数自体が大きく目減りしているベッデルの総人口はじりじりと減り続けているのだ。

 最近になって、以前よりもユウシャを召喚する頻度が多くなっているのは、減り続ける人口を補填するという意味合いもあったのだろう。

 オレにいわせれば、その手立てはそれこそ焼け石に水、つまりはあまり意味を持たない方策に思えたが。

 出生数が減っているのは、単純に食糧事情をはじめとするベッデルを取り巻く環境が厳しいからであり、それゆえに、出生数だけではなく、乳幼児期の死亡数も魔群が出現する前と比較すると数倍に増えていると、そう聞いたこともある。

 どうにかして魔群を殲滅し、それができないというのならもっと安全な地域を押し広げていくことしか、根本的な解決にはならないだろう。

 と、オレはそう思っている。

 人間なんて、最低限の安全と食糧さえ確保できれば、勝手に増えていくものなのだ。

 連日連夜鼻の下を伸ばしてアイネ神殿を訪ねる連中を見ていれば、人類がどれほど好色で繁殖力が強い動物なのか、アホでも理解できようというもんだ。


 そんな次第でオレは、ひさびさに単身でベッデルから離れた場所を移動していた。

 基本的に、大地はベッデルやロノワ砦から離れるほど本来の野生を露わにしている。

 数十年単位で人の手が入っていないわけだから、それはまあむしろ当然なのだが、その日はそんな荒野の様子がかなり違っていた。

 めぇめぇと鳴きながら、そこいらの草を食いながら移動する、生ける灰色の絨毯。

 その光景を認めた時、オレは、

「ああ。

 もうそんな時期なのか」

 と、そう思った。

 何百頭という羊の群れを導いているのはダムシュという爺さんで、もともとは先祖代々一族でこの羊飼いを家業としていたらしい。

 このダムシュ爺さんの子や孫は今では死ぬかベッデルの民になっているかで、その家業もどうやらこの爺さんの代で最後になる気配が濃厚だったが。

 ほぼ一年中、魔群がひしめくこの大地を巡回放牧してどうして爺さんと羊たちが無事でいられるのか、オレも他のベッデルの民も不思議に思っていたし何度も爺さんに聞いたのだが、爺さんと羊たちは特別に魔群を寄せ付けない方法を知っているわけではなく、魔群に襲われるたびに犠牲を出しながらどうにか生き延びているだけだと説明されていた。

 たとえ羊といえども、何百頭もまとまって動いていれば、それなりの攻撃力は持っているか。

 と、オレたちはなんとなくそんな風に納得をしている。

 いや、ひょっとしたらこのダムシュ爺さんが嘘をついて、なにか魔群に対抗するための有効な手段を知っているのかも知れないが、これまで数え切れないぐらい訊ねて来ても口を割る様子がない以上、下手に追求して爺さんがヘソを曲げるのも都合が悪いのだ。

 なんといっても爺さんの羊がもたらす羊毛と肉、乳はベッデルにとっても重要な食糧と繊維の供給源になっている。

 たいして、爺さんの方は別にベッデルとの交渉がなくなっても、困ることはない。

 一年のほとんどを放牧して生活している、ということは、旅中でも特に困ることはないということでもあるわけで、爺さんにとってベッデルは特に必要不可欠な存在、というわけでもないらしいのだ。

 そのダムシュ爺さんは年に何度かベッデルに立ち寄って、放牧する中で増えすぎた羊を何頭かベッデルに分け、そのかわりに細々とした日常用品を持ち出してまた放牧の旅に出る。

 ベッデルとダムシュ爺さんとは、オレの生まれる前からそんな関係を続けていた。

「なんじゃ、タマキんところの娘じゃないか!」

 オレの顔を見るなり、ダムシュの爺さんはそういった。

「お前さん、まだこんなところを一人でうろついておったのか。

 もういい年頃じゃろうに」

「アイネ神殿はとっくの昔に出ているよ!」

 オレは羊たちに守られながら立ち尽くしているように見える老人に怒鳴り返した。

「それに、爺さんだってずっと一人でうろついているじゃないか!」

「違いない!」

 オレの答えを耳にすると、ダムシュ爺さんは大きな声で笑い出した。

「お互い、町中には慣れぬ因果な性格よの!

 ユイヒ!

 羊の乳とチーズを持って行くか!」

「貰う、貰う!」

 オレは即答した。

「ただで貰えるならなんでも貰うよ!」

「どうせ余っているもんだ、持ってけ!」

 そういいながら、ダムシュ爺さんはオレの方に羊皮の水筒と、羊皮に包まれた塊を放ってよこす。

 その両方を腕で受け止めたオレは、そのまま鞄にしまった。

「また魂取りか?」

「ああ!」

 爺さんが訊いてきたので、オレは大きな声で答える。

「最近、ユウシャを召喚する回数がめっきり増えている!」

「そりゃあ」

 ダムシュ爺さんの表情が、はじめて曇った。

「いよいよ、ベッデルも危ういんじゃないか?

 少なくとも、いい兆候には思えんのだが」

「同感だ」

 オレは爺さんの意見に頷いた。

「ただ、もう長いこと駄目だ駄目だといわれながら、どうにかここまで持ちこたえているからなあ」

「ああ、だが」

 ダムシュ爺さんは少し思案顔をになった後、唐突に真剣な表情をしてオレの顔を見据えた。

「それも、そんなに長くはなかろう。

 時期に、潮時だ。

 お前はまだ若い。

 わしといっしょにベッデルを出て、祖先と同じように羊とともに大地の上で過ごすこともできるが?」

「考えておくよ!」

 オレは元気よく答えた。

「ただ、オレも今の生活はそれなりに気に入っているんでな!」

 実のところ、このダムシュ爺さんとオレとがこんなやり取りをするのは、これがはじめてってわけではない。

 というより、顔を合わすたびに同じような問答をしている。

 爺さんにしてみれば、町から離れてもどうにか生きていけるオレは有望な跡継ぎ候補なのだろう。

 だが、オレとしてもこの若さでベッデルと、つまりオレが知る限り唯一の人類社会から離れて世捨て人同然の暮らしをする決断をすることはなかなかできなかった。

「しっかりと、考えておくんだぞ!」

 ダムシュ爺さんはいった。

「手遅れにならんうちにな!」

「おう、わかっているって!」

 いつものようにそんなやり取りをしてから、オレたちはまた分かれる。

 ダムシュ爺さんはベッデルの方に、オレはその反対側へと進んだ。


 そのダムシュ爺さんのいうことには、他に細々と生き残っている人間は存在しているらしい。

 ベッデルの町ほど大勢の人間が集まっている場所はなく、せいぜい集落とか村とか、とにかく数百人程度の人間がかろうじて生き延びているような場所が、かなり遠くにいけば何カ所かあるらしかった。

 ただ、そうした人々も魔群の被害を受けて他の土地の連絡を絶たれ、孤立した状態で自給自足に近い状態でどうにか生き延びている感じだということだった。

 人間というのは、これでなかなかしぶといというわけだ。

 ただ、そうした生き残りたちの村なども、次第に数を減らしているのだそうだ。

「蓄えが乏しくなっているところに、魔群に農地を荒らされたらそれで終わりよ」

 ダムシュ爺さんがいうことには、そういうことらしい。

 かつかつで暮らしてきた人々にしても、魔群によって度重なる襲撃を受け続ければ、いずれは生存に必要な食糧にさえ事欠くようになる。

 そうなれば、逸散して別の土地に逃げるかそれともその場で餓死するしかない。

 仮に、別の人間が集まる土地にたどり着けたとしても、果たしてその土地の人間がよそ者にまで親切にする余裕を持っているかといったら、これはかなり怪しかった。

 よくて奴隷扱いだろうなあ、と、オレは想像する。

 いずれにせよ、人類という種全体が徐々に衰退する過程にあることは、こうしたダムシュ爺さんの証言からも確かなようだった。


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