第19話 足掻き続けることに、根拠などいらない。
なぜオレたちベッデルの民の苦難が終わらないのか。
そいつはやはり、魔群が存在するから、なのだろう。
やつらを根絶する方法はまだ見つかっていない。
通常の生物ならば乱獲を続ければいずれは絶滅するはずなのだが、魔群がその数を減らす兆候はいまだにない。
魔群は、姿形や生態こそ多種多様であったが、どこからともなく沸いて来るという性質は共通している。
通所の生物とは違い、生殖という過程を経ることなく増えるわけで、こいつは退治をする側にしてみれば悪夢のようなものだ。
こちらが多大な犠牲を出してその場にいる魔群を全滅させたとしても、それはごく一時的な勝利に過ぎず、次の日にでもなればまた同じような数の魔群が襲ってくるからだ。
大勢のユウシャを召喚してもこの戦いがいつまでも続いているのは、根本的にこの戦いが負け戦でしかないからだった。
無限に増殖をする敵を相手にしていたら、いつかはこちらが押し切られる。
ガキにでも理解できる道理だ。
その最後の瞬間を少しでも引き延ばし、そうして猶予を作っている間に魔群を根本から駆除する方法を見つける。
それしか、オレたち人類が勝利をする道筋はなかった。
魔群の駆逐法も継続して研究されているのがだ、そちらはもう何十年も、オレが生まれるずっと以前から、ほとんどなんの成果もあげられていない。
魔群とは結局なんなのか。
そんな基本的なことさえも、オレたちは知らないままだった。
オレはといえば、オレが生まれる以前からそんな状態だったものだから、こんな状況をごく普通のものだと感じている。
ユウシャたちが時折口にする「平和な世界」つまり魔群などの敵と戦う必要がまったくない生活というのが、かえってどんなものなのか想像がつかない。
ガッコウとかカイシャとか、ユウシャたちからあちらのことをいろいろと聞く機会はあるのだが、表面的な説明はともかく、そんな場所に生活する感覚というのがオレにはまったく想像がつかなかった。
ユウシャたちが来た場所について、詳しく聞くたびにオレが思うのは、
「こいつらは、オレとは根本的に違う人種なんだな」
と、そんなことくらいだ。
ユウシャたちにしてみれば、生まれた時から魔群の脅威に晒され続ける、それが当然となったベッデルの民がなにを感じて生きているのか、あまり想像ができないのだろう。
オレ自身が接触する機会が多いのは、ユウシャの中でも魔群と戦闘することを選択した連中になるのだが、すべてのユウシャがそういう道を選ぶわけではない。
というか、数からいえば、ベッデルの町から一歩も外に出ることなく、元の場所から持ち込んだ知識を生かして便利な道具などを作り続けるユウシャも多かった。
それから、アイネ神殿に籠もって男の相手をして、ぽんぽん子どもを作り続ける女たち。
これも、多い。
戦うことを選んだユウシャたちよりも、そうした戦わないユウシャたちの方が数からいえば優勢だった。
そうしたユウシャたちは、滅多に死ぬことはないし、死んだとしても町の中でのことになるから、オレの出番はないわけだが。
そうした戦わない、町の中のユウシャたちも地道にベッデルの町を支えてくれるわけで、そうしたユウシャが存在しなかったとしたら、やはりベッデルはこれまで存続できなかっただろう。
いわばベッデルの町は召喚した多数のユウシャたちによってかろうじて持ちこたえている町なわけで、オレのようなユウシャ以外の、生身の人間たちは、元からこちらにいたのにも関わらず、見方によっては完全に脇役のようにも見えた。
神官長というベッデルを統べる要職にも半分くらいはユウシャが座っているわけで、ベッデルはもはやユウシャの存在なしには立ちゆかないところまで来ている。
ユウシャを召喚し続けないと存続することさえできない、というわけで、いい方を変えれば、ベッデルの町は「ユウシャ召喚」という仕組みに依存して、ようやく生きながらえているわけだった。
そう。
このベッデルの町の主役はオレたち元からいた連中ではなく、ユウシャたちの方なのだ。
客観的な事実として。
オレは、心の底からそう思っている。
それが不自然なことだとはわかっているんだが、だからといってどうにかできる方法を知っていた上でなにもせずに魔群の滅ぼされるという選択をすることも、別の意味で不自然だった。
何十年も前の、最初にユウシャの召喚をした祖先について、オレはその選択をなじる気にはなれない。
どんなに不自然であろうと、あるいは、召喚をしたユウシャから詰られようとも、死なないで済む方法を知っているのならそれを実行するのは極めて自然なことなのだ。
オレたちベッデルの民は召喚したユウシャたちの尊厳を最初から踏みにじっているわけだが、それを承知した上で自分たちが絶滅する命運に抗おうとしている。
そうしてなにがなんでも生きようとすることは、道徳や人道的な見地からは非難されてもしょうがないかも知れないが、生物としては、おそらく正しい。
「戻る手段はないってことだからなあ」
ある時、ベッデルでばったり出くわしたユウシャたちと宿屋で食事をする機会があった。
「だとすれば、ここの居心地をよくするように頑張るしないだおる」
その時にユウシャの気持ちについて訊ねると、スワはそんな風に答える。
スワの言葉に、二人の同行していたユウシャたち、トダとワカサもうんうんと頷いていた。
ハジメはそろそろ臨月に近いミオのつき添っているとかで、オレがこの三人と出会ったときにはすでに姿が見えなかった。
この三人のハジメを合わせた四人は、あれからも新人のユウシャたちに魂回収の仕事を教え続けているらしい。
というよりは、ベッデルの町でうまく過ごす方法、その具体的な手順の数々が大半になるわけだが。
「おれたちとしても、ここにはできるだけ長く持ちこたえて欲しいと思っているからな」
トダがいった。
「それに、死んでも生き返るとわかってれば、戦い続けるのもそんなに怖くないし」
そういったのは、この三人の中で唯一の女性ユウシャであるトダだ。
「まったく怖くないっていたら、それもまた嘘なんだけど。
でも、生き返ることができると知っていれば、その怖さにも耐えられる」
「他に逃げ場がないんじゃあ、自分にできることをし続けるしかないだろう」
ワカサは、そういった。
「町中に籠もっている連中のように、オレはなにかしら役に立つ知識を持っているわけではないしな」
「知識チートがチートにならないとは」
スワがため息混じりにそういった。
「材料が揃わなくて作れない物、材料は手に入れられても、製法が難しすぎて再現できない物が意外に多いっていうしな」
「それでも、これまでのユウシャたちが肥料とか改良して収穫量を増やしたから、どうにかベッデルの人口を支えられている」
トダは神妙な表情で、そういう。
「実際にできることが限られているっていっても、現代知識はここのために役に立っているよ」
「ま、なんだな」
スワがいった。
「ユウシャであるなしに関わらず、結局は自分にできることをしていくしかないんじゃないか?
働きがよければ、待遇だってそれだけ改善されるわけだし。
カップヤキソバみたいなジャンクな食い物が欲しいとか、そういう無理をいわなければここの生活もそんなに悪くはないさ」
「というより、そうとでも思い込まなければ、やってられない」
トダが、そう続ける。
「とてもではないけど。
元いたところと比べると、こっちはなんでも不潔で不便で、なにもかもが劣っている。
それでも、そんな中でどうにか生きようとしている人たちがいるし、わたしらだって今ではその一員なわけだし」
「帰りたいって気持ちがないといえば嘘になるけど、その気持ちに縋りすぎても、今度は自分の足下を掬われる」
ワカサは妙に達観をした表情でそういった。
「おれたちはユウシャとしてはまだ駆け出しもいいところだが、それでも何度も死線を潜り、それどころか何度か実際に死んでいるわけだからな。
意味のない希望を持つことが、場合によってはどれほど危険なのか、それなりにわきまえている。
気の持ちようってのは、意外に行動を左右するんだ。
特に、ヤバめの状況の時は」
「足がすくむ、手が動かない」
スワが、ワカサの言葉に続けた。
「いくら不死身のユウシャだって、そうなっちまえばおしまいだ。
戦場では使い物にならない。
だから、おれたちとしては、そうした余計なことは極力頭の中から追い出すようにしている。
それが、長生きするために当然の心得ってもんじゃないのか?」
オレもまったく同意見だった。
あるいは、ある日、唐突に魔群を駆逐する画期的な方法が見つかって、人類の脅威がまったくなくなる日が来るのかも知れない。
そんな日がいつか来る、という可能性はほとんどなかったが、だからといって悲観をするばかりで今ここでできることをしないでいいというわけではない。
結局のところオレたちは、足掻き続けるしかないのだった。
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