第18話 生まれる者、死ぬ者。ただしユウシャだけは例外。

 その後、オレは本来の仕事の合間に何度かユウシャたちの実習につき合った。

 そちらの方に専念をするほどオレも暇ではなかったし、あくまで本来の魂回収業務の合間につき合う程度ではあったが。

 オレがベッデルを出ている間にもユウシャたちは各自で鍛錬を行っていたようで、顔を合わせるたびになんらかの秘蹟を新たに使えるようになっていたりと、成長しているようだった。

 ユウシャが秘蹟を使えるようになる、とは、要するにそのたびに死んでいるわけで、オレが留守にしている間、ユウシャたちはやつら本来の仕事である魔群との戦闘に駆り出されて死んでは復活しているはずだった。

 ユウシャという存在は、そうして死ぬたびに神々から秘蹟を授けられ、強くなっていく。


 そうして数ヶ月が過ぎた頃、ユウシャの一人であるミオが戦えなくなった。

 個人的な心情、厭戦感などが理由ではなく、もっと差し迫った健康上の理由からだ。

「できちゃったのは、しょうがない」

 ミオと同じく、オレが教えているユウシャの一人であるスワが、そういう。

「こんな場所では、避妊のしようもないし」

「ベッデルとしては、戦力よりもむしろそっちの方を歓迎するんじゃないかな」

 オレはそうコメントした。

「減る一方の人間の数を、どうにか増やしていかないと先がないし」

 つまりミオは、ハジメの子どもを妊娠したのだった。

 オレはその手のことに興味がないので気がつかなかったが、この二人は少し前からそういう関係になっていたらしい。

「ま、男女二人でいっしょにこっちに来て、それでともに行動する時間が長いとなれば、自然にそうなるよなあ」

 やはりユウシャの一人であるワカサがいった。

「吊り橋効果ってのもあるだろうし」

「そういうあんたとスワは、ベッデルに帰るたびにアイネ神殿に詣でているし」

 トダが、半眼で男たちを見ながらそういった。

 もちろん、神聖娼婦目当てに、であり、ユウシャか否かは関係がなく、ベッデルに帰還するたびにアイネ神殿に詣でる男は多い。

 というか、町の外に出て魔群の相手をする男たちのほとんどが、アイネ神殿詣を常習としているのではないか。

 オレにしても幼少時からそんな男たちの姿をいているので、男とはそういうもんだと思っている。

 これでもオレは、幼少期からある時期まで、オレはアイネ神殿で育っているのだ。

 タマキ神官長が苦手だから、そのままアイネ神の信徒になる道は選ばなかったが。

「しばらくばベッデルから出ずに、出産と育児に専念するべきだろうな」

 オレはミオにそういった。

「神殿の人たちも協力してくれるはずだから、そんなに大変なこともないはずだけど」

 ベッデルの人間たちにしてみても、次世代を担う人間の育成はかなり差し迫った問題なのである。

 どんな形であれ、これから生まれる人間を粗略に扱うわけがなかった。

 とにかくそんな事情によりユウシャのミオは、しばらく戦線から離れることになった。

「トダは誰かと子作りする予定はないの?」

「いっぺん死んでみる?」

 ワカサに訊かれたトダが、笑みを崩さずにそう訊き返していた。


 それからも、ミオが抜けた四人のユウシャを伴って、オレは何度か仕事をした。

 すでにユウシャたちは順調に仕上がっており、もうオレ抜きで魂回収の仕事をしても問題はないように思えた。

 ただそれは、オレのように単独で町の外に出るところまでは仕上がっておらず、数名でチームを組んで仕事をすることが前提になっているわけだが。

「というわけで、オレから教えることもそろそろなくりかけているんだが」

 オレは、仕事中、野営をしている時にそう告げた。

「この四人で組んで動く限りは、そんなに大きな問題にはならないと思う」

 なにか大きな問題が起こるとすれば、それは何人集まっていても生き残ることが難しいような局面だしな。

 と、オレは心の中でつけ加える。

「しばらくこの四人で仕事をして、慣れてきたらまた新人をパーティの中に入れて仕込んでいけばいい」

 オレは、そう続けた。

 そうしていけば、魂回収に関わる人数は、徐々に増えていくはずだった。

 カガ神官長からいわれた仕事は、ここに来てようやく完遂できたということになる。

「まあ、運が悪ければ死ぬときは死ぬ」

 オレはその後、そうもいった。

「それは、避けられない。

 でもお前たちはユウシャなんだから、仮に死んだとしても誰かが生き返らせるだろうから、そんなに心配をすることもない」

 普通の人間なら命取りになる失敗が、ユウシャの場合は致命的な失敗にはならない。

 何度でもやり直しが効く。

 普通の人間よりは多くの機会を与えられるのが、ユウシャが持つ一番の特権だった。

 オレ自身は、自分がユウシャではないただの人間であることを、あまり残念にも思わないのだが。

 オレは自分が死んだ経験こそまだないわけだが、他人の死に様はなんども目撃している。

「あんなことは、一度経験すれば十分だ」

 というのが、死に対するオレのスタンスだった。

「妊娠中に死んで復活した場合、お腹の子はどうなるの?」

 トダが、一見関係がない話題を唐突に切り出した。

「いなくなる」

 オレは端的に答える。

「復活の秘儀は、魂の形を再生するものだ。

 それも、この世界に召喚された時点での。

 こちらに来てからの記憶は継承されるが、肉体そのものは召喚された時点の物が再生される」

 それを利用して、何度も若返るユウシャも少なくはない。

 いや、ほとんどのユウシャがなんらかの形で、そうした若返りを日常的に繰り返している。

 そう、見るべきだろう。

 特に町の外に出て直接魔群と交戦しているユウシャは、多少の差こそあれ、頻繁に復活を繰り返している。

 それだけ、魔群との戦闘が熾烈であり、損耗が激しいからだ。

 ユウシャ以外の人間は死んでしまえばそれまでだが、ユウシャは時間が経てば誰かに復活させられる。

 何度でも復活して平然とした顔をしているから、少なくとも外から見たら悲壮感はないのだが、当のユウシャたちはなにを感じどう思っているのか、わかった物ではなかった。

「ある意味では地獄だよね、ここは」

 トダは、妙にしんみりとした口調でそういった。

「まともに死ぬこともできやしない」

「どうしても死にたくなった時は、狂ったふりでもすればいい」

 オレはそう助言した。

「周囲から使い物にならなくなったと判断されたら、使い捨てにされて復活されなくなるから」

 過去にそういうユウシャがまるでいなかったわけでもなかった。

 ベッデルの人々がユウシャを厚遇しているのは、あくまでユウシャに利用価値があるからだ。

 その利用価値さえなくなったら、余計な手間をかけて魂を回収して復活の秘儀を行うわけもなかった。

 オレたちベッデルの民は、滅亡を回避するためにユウシャたちを召喚している。

 その時点でかなり逼迫した状況にあるのだから、仮に世話が焼けるユウシャが存在したとしても、死んだらそのままにしておく。

「いざとなったら、そうするわ」

 トダではなく、ワカサがそういった。

「今のところ、不満はないがな。

 戦闘は激しいけど、何度でも生き返ることができるし。

 なにより、女は抱き放題だし」

「不満があるとすれば」

 スワがいった。

「コッチニハ、ネットトカップヤキソバガナイコトダナ」

 無意識に、だろうか。

 途中からニホンゴになっていた。

 ユウシャたちの言語にもそれなりに通じているオレは、その意味はなんとなくわかるのだが。

 でも、カップヤキソバなる単語に関しては初耳だった。

 当然、それがなんなのかもわからない。

 ハジメだけが、このやり取りに加わらずに、ぼんやりと焚き火を眺めていた。

 おそらく、ベッデルに残してきたミオのことでも考えて、感傷にでも浸っているのだろう。


 ミオが産休を取っている間にも、オレが教えたユウシャたちはそれなりの活躍をしているようだった。

 オレはもう彼らに直接なにかを教授することはなくなっていたのだが、オレが予想をした通りに新人のユウシャ数名を引き連れて、魂回収の仕事を行っているらしい。

 らしい、というのは、オレはオレで自分の仕事をこなしていたので彼らと直接接触をする機会がほとんどなく、風の噂としてそんな様子を耳にしただけだったからだ。

 オレはといえば、面倒な仕事から解放されて本来の自分の仕事に取り組んでいた。

 回収役が多少増えたといっても、ユウシャの死亡率は以前よりも増えている。

 オレの仕事がなくなるとすれば、それは魔群が完全に駆逐されて、人間の生活圏からいなくなった時だろう。

 そんな時が、オレが生きている間に来るのかどうか。

 いや、その前に。

 と、オレは思った。

 魔群の重圧に押しきられる形で、ベッデルの町が壊滅状態になる方が早いんだろうな。

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