第17話 ベッデルに帰るまでが実習です。そして人はそんなにいきなり育つものではない。
たいまつに火をつけて、しばらく玄室の中を捜索する。
玄室の中はひんやりとした湿った空気にが漂っていて、あまり長い時間その場に居続けると健康に悪そうだった。
「ここで魔群と遭遇する可能性は?」
スワが、オレに訊ねた。
「あるよ」
オレは即答する。
「夜ほどには、大きくないけど。
でも、くれぐれも油断はしないように」
この玄室の中は、魔群が発生しやすい場所ではあるのだが、内部に誰もいない場合、かなり静かだ。
経験上、そう断言することができる。
どうも魔群は、人間がそばにいない場所では活発に動かない性質があるようなのだ。
ただ、ロノワ砦を占拠していたヒトモドキのような例があるから、その経験則もどこかまであてにできるものか、定かではない。
今この瞬間は、とにかく気を抜かないようにと、ユウシャたちにそういっておくのが正解だろう。
そうして、全員でぞろぞろと玄室の中を進み続けていると、意外にすぐ床に横たわっていたユウシャの残骸を発見することができた。
この玄室の中にはユウシャの死体もかなりたくさん放置されているはずだったが、この乾きっていない鮮血にまみれていることから、この死骸がごく最近に召喚されたばかりのユウシャの物であると判断できる。
オレがその死骸の様子をよく観察しようとたいまつをかざすと、うしろに着いてきていたユウシャたちが「げっ!」とか「ひぇ!」みたいなうめき声をあげる。
ユウシャたちはまだ、こうした死骸に慣れていないようだ。
「服装から見ても、最近召喚されたユウシャで間違いがないようだな」
じっくりとその死骸を検分してから、オレはそう結論した。
「で、この死骸の近くにまだユウシャの魂が残っているはずだから、この吸魂管の蓋を開けてしばらく待つ」
そう説明しながらオレは持っていたたいまつをハジメに渡し、自分の鞄の中から吸魂管をひとつ取り出し、その蓋を開けた。
「この吸魂管の作動原理とかついては、オレも詳しく聞いていない」
オレは、ユウシャたちに説明を続ける。
「興味があるやつは、ベッデルに戻ってから神官たちに聞いておいてくれ」
どういう原理で動くのか理解していなくても、使うのには問題がない。
蓋を開けたまま百秒ほどゆっくりと数えてから、蓋を閉める。
それだけで、ユウシャの魂が吸魂管の中に収納される。
と、オレは説明されていた。
また、これまでにオレがこの吸魂管を使ってユウシャの復活に失敗したことがないことからいっても、その使用法で問題はないらしい。
そうした内容をユウシャたちに説明し、オレは吸魂管の蓋を閉めて鞄の中に入れる。
「この吸魂管はガラスでできている」
ユウシャたちを見渡して、オレはいった。
「つまり、割物だ。
持ち運ぶ時は、割らないように注意をして運ぶように。
それから、予備の吸魂管も、普段から余分に持ち歩くようにしておくこと。
その方が確実だ」
なにかの間違いで吸魂管を割ってしまった時。
あるいは、ハジメとミオの時のように、なにかの拍子に想定外のユウシャが召喚されていた場合。
そんな時にも、予備の吸魂管を持ち歩いていれば、対処することが可能だった。
「別のユウシャが召喚されている可能性は?」
ハジメが、オレに訊いてくる。
「その、オレとミオの時のように」
「まあ、そういうこともあるのかも知れないが」
オレは、しぶしぶ認めないわけにはいかなかった。
「ほとんど、無視していいくらいの可能性なんだけどな。
一応、しばらく玄室の中を探してみるか」
なにしろ、この場には生き証人であるハジメとミオがいる。
この二人の前で、予定外のユウシャが召喚されている可能性を否定しきることは、できなかった。
それに、今回は別に急ぐ旅でもない。
ユウシャたちに玄室に慣れて貰うためにも、余分な時間を使ってしばらくここで過ごすことは、悪い考えではなかった。
結局、ハジメが指摘したような「余分なユウシャ」は、今回も存在しなかった。
玄室の中に残っていたのは、干からびたり骨だけになったりする歴代ユウシャたちの死体だけで、おそらくは今回だけでユウシャたちはそれまでの生涯で見てきた数よりも多くの死体と対面したのではないか。
そのほとんどが死体としての生々しさを残していなかったのが、まだしもの幸いだったかも知れない。
ユウシャたちの中では、変わり果てた死体の中から、服装などから自分自身の死体を断定した者さえいた。
自分自身の死体と対面する時の気持ちって、どんなもんなんだろうな。
と、オレは思う。
オレ自身は、ユウシャのように復活はできないはずだから、そういう経験はできないはずだった。
「これから帰るのか」
玄室を出た途端、ハジメがいった。
「ベッデルに」
「そうだな」
オレは頷く。
「あそこ以外に、人間がまともに生活できる場所をオレは知らない」
人間の生存にはこれで多くの物が必要だ。
食糧や水はいうに及ばず、家屋や衣服、それに医薬品なども。
そうしたあれこれは、結局、ある程度の人数が集まっている場所でしか用意できない。
その意味で人間は、動物としてはかなり特殊な存在なのだろう。
ユウシャの世界でも、そうした事情はさして変わらないはずだが。
「いや、また何日も歩くのかと思ってな」
ハジメは、ため息混じりにそういう。
「道らしい道もない場所を、何日も歩き続けるのにもだんだん慣れてきたけど。
それでも、まだまだきついよ」
「それには」
オレはいった。
「もっと慣れて貰うしかないな。
あるいは、戦士であることをやめて、ベッデルの中から一歩も出ず、にかを考案したり作ったりして暮らすか」
なんらかの専門的な知識を持つユウシャの中には、完全に生産職として活動している者もいる。
もっとも、そんな知識を身につけた状態で召喚される者はそんなに多くはないので、人数自体は少なかったが。
それと、女性ならば神聖娼婦として生殖にいそしむか、だ。
ここにいる五人は、そうすることを選ばなかった、あるいは選べなかったから、この場にいるわけで。
「わかっているよ。
おれのわがままだってことは」
ハジメは、そういいながら首を左右に振る。
「せめて、ウマとかバシャくらいあればなあ」
「そのウマという名前は、ユウシャの口からよく出るのだが」
オレは指摘をした。
「人を乗せて走ることができる、四本足の大型獣はこちらにはいない。
仮にそんな獣がいたとしても、そんな大きな獣が不自由することなく行き来できる道を整備することは、今のベッデルの状況だと現実的ではない」
ユウシャたちの世界とこちらとは、相違点がいくつもあるわけだが、そのウマとやらの有無も相違点のひとつだった。
オレは五人のユウシャたちを引き連れて、来た道をそのまま戻る形で、ベッデルへと目指す。
帰りのユウシャたちの足取りは、疲れていることもあって、軽やかとはいえなかった。
「ということで、帰還しました」
数日後、無事ベッデルに着いたオレは、その足でカガ神官長に経過を報告しに行く。
「ベッデルを出たユウシャたちは、魂になることなく帰還できました。
一応、成功といってもいいんじゃないですかね」
一応、とつけたのは、ユウシャたちが今回の旅でどれほどの学びを得たのか、オレには判断できなかったからだ。
「上出来、とみるべきだろうな」
カガ神官長は、もっともらしい表情で頷く。
「それで、ユウシャたちは?」
「それぞれ、所属する神殿にいって、帰還報告をしていますよ」
オレは答える。
「アイネ神殿に吸魂管を渡した後、オレはすぐに次の仕事に発つつもりですが」
「休む間もなく、か?」
カガ神官長は、目を見開いた。
「それでいいのか、お前は?」
「とはいっても、仕事の方が溜まっているはずですからね」
オレはそういって、肩を竦める。
「オレがベッデルを留守にしている間、どれほどのユウシャが死亡したことか」
仕事の方は、オレたちの都合を待ってはくれない。
それに。
と、オレは思う。
オレとしても、ド素人のユウシャたちを引率しているよりは、自分一人だけで行動をしている方が、遙かに気が楽だった。
「まあ、お前がいいのなら、無理に引き留めはしないが」
カガ神官長は、そういう。
「それで、ユウシャたちは、物になりそうかね?」
「さあ」
オレは首を捻った。
「今回だけでは、なんともいえませんよ。
やつらが教えたことをどこまで吸収できているのか。
それに、やつらが生業の技をどこまで昇華できるかで、結果は大きく違ってくるはずです。
オレが仕事にいっている間にも、あの五人は各自で修練を積むようにいっておいてください」
「もっともだな」
カガ神官長はオレの言葉に頷く。
「一回や二回、お前に同行しても、すぐに仕事ができるようにはならんか」
「それは、無理でしょう」
オレは即答をする。
「今の段階でやつらだけでベッデルの外に出すのは、無駄に被害を増やすだけです。
実際に仕事をさせるのは、もう少し様子を見て、着実に力をつけたと確認できてからの方がいい」
慎重論、というより、オレにいわせればこれは、かなり現実的な判断なのだが。
「そうなのだろうなあ」
カガ神官長は、しぶしぶ、といった感じでオレの意見を認めた。
「こちらとしては、一刻も早く、使えるところまで育って欲しいのだが」
「焦ったって、人はすぐに育つものではないですよ」
オレはいった。
「やつらの魂を見失うことを恐れないのなら、無理をさせてもいいかも知れませんが」
「そうか」
カガ神官長は、渋い表情で頷いた。
「そうなのだろうな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます