第16話 教えるべきことは教えるけど、それを活用できるかどうかは本人次第。教育って、そういうもんだよね。
オレは五人のユウシャたちに様々なことを教えた。
魔群の種別とそれぞれへの対処法、つまり、戦い方や逃げ方、やり過ごし方からはじまって、飲み水や食料を入った先で確保する方法、目的地である玄室までへの道順、迷ったときの対処法など。
とにかく、細かな知識までを含めて、オレが知っているすべてのことをユウシャたちに教える。
ユウシャたちにしてみれば一度に膨大な知識に晒されるわけで、とてもではないがそのすべてを一度におぼえきれるものではないのだが、それはそれでいい。
この五人といっしょに旅に出るのもこれが最初で最後といけではなく、つまりは何度でも、それこそユウシャたちが自分の知識として身につけるまで、同じことを教えるつもりだった。
それくらいにしないと、生きた知識にはならないのだ。
「そういったコツ全部、ユイヒちゃんが自分で見つけたんすか?」
ある時、ユウシャのトダがそんなことを訊いてきた。
「そんなわけがない」
オレは即答をする。
「途中までは戦士を生業にしていて、そこで外でやっていく技を身につけたんだ」
オレのような仕事でなくても、ユウシャたちとともに、あるいは普通の人間だけで魔群討伐のためにベッデルの外に出ることはあった。
定期的に周辺部の魔群を減らして生きないと、ベッデルでさえも安泰とはいえないのだ。
魔群の圧力を弱めるためには積極的にその数を減らすしかなく、その作業は危険が多い物であったのでユウシャ召喚の秘蹟が考案された、といってもいい。
なにしろユウシャではない普通の人間は、死んだらそれで終わり。
技も知識も受け継ぐことはできない。
さらにいえば、魔群が闊歩するこの世界で必要な食糧を継続的に生産することも難しく、ベッデルのような安全地帯を少しでも広げることは町の人々の悲願であるともいえる。
先日のロノワ砦の奪還について、ベッデルの上層部が積極的だったことも、あの土地を魔群に占拠されたままにしておくわけにはいかないと考えていたからだ。
あのロノワ砦は、ベッデルを除けば貴重な人類の拠点になるのである。
もしも余裕があれば、上層部としてはもっとそうした拠点を増やしたいと思っているはずだった。
が、そうするためには魔群が容易に這い込むことができない要害とそれに安全に子どもを産み育てるだけの環境と物資が必要だ。
住む場所だけならばどうにかなるかも知れないが、環境と物資はすぐに用意できるものでもない。
特に人口を増加に追いつけるだけ、食糧を増産する方法は、これまで見つかっていなかった。
シュウシャの女性を神聖娼婦に勧誘しているのも、どちらかというとじわじわと減り続ける人間の数を、少しでも緩和しようとする流れからに過ぎない。
子どもを作って産むまでは、時間こそかかるもののそんなに難しくはないのだが、その子どもを一人前にまで育てるためにはかなり厳しい条件をクリアしなければならなかった。
その点からいっても、オレたち人類は目下衰退中であると、そう断言することができる。
「景気が悪いことだな」
ハジメが感想をいった。
「なにもしないと絶滅する。
抵抗をしようにも、実際にできることは限られている」
「そんな状況にでもならなければ、それこそユウシャ召喚をしようなんて考えないんじゃないか?」
オレはいった。
「最初にユウシャを召喚しようなんて考えて、それを成功させたのが誰かはわからない。
でも、どこともわからない場所から赤の他人を連れてきてこの危機を脱しようとする発想が、かなりヤケクソっぽい気がする」
「まあ、そうだわな」
ワカサがいった。
「そもそも、どんなやつを召喚できるのものか、事前にはわからないっていうし」
「今まで、悪いユウシャとかいなかったの?」
ミオが、オレに訊ねた。
「ベッデルを牛耳ってどうにかしようとしたユウシャとか」
「オレの知る範囲では、聞いたことがないな」
オレは答えた。
「ただ、害悪なユウシャはすぐに殺されて、そのまま復活されることもないって聞いている。
多分、性格的に凶暴なやつとかは、召喚された場合でもすぐに始末をされたんじゃないか?」
さらにいえば、七柱の神に仕える神官長が事実上の最高権力者になるベッデルは、独裁制が成立しにくいという事情も関係しているのだろう。
ユウシャに限らず特定の個人に権力が集中しにくい仕組みになっているので、仮にそうした悪質なユウシャが出て来た場合でも、即応して排除しやすいのではないか。
「そう、それ。
その、権力の分散構造」
オレがそんな説明をすると、すぐにワカサが意見をいう。
「あれ、不思議なんですよね。
よくあれで、ベッデルがうまく運営できているなあと」
「慢性的に戦時下にあるからじゃない?」
トダがいった。
「外からの脅威に常時晒されているから、ベッデルの中で仲違いをしている余裕もないとか。
権力争いとか、そういう政治ごっこもある程度社会全体に余裕がないとできないことっすから」
一度死亡して復活をしたユウシャたちには、その時にこちたの言葉を強制的に刷り込む。
だから、こうしている今も、ユウシャたちが元から使っているニホンゴではなく、オレたちの世界の言葉でやり取りをしている。
だから、その言葉自体の意味は理解できるのだが、オレには彼らがなにをいっているのか、その内容がよく理解できなかった。
ユウシャ同士の会話を聞いていると、ときおりあることなのでオレは別に気にもしなかったが。
「ここが、玄室だ」
オレは、ユウシャたちに告げた。
「とはいっても、ここからだと普通の山にしか見えないだろうけど」
そんなやり取りをしながら、ついにオレたちは目的地である玄室へと到着する。
ここまでの道程で、ユウシャたちはベッデルを出た時とは比較にならないほどに成長をしていた。
いや、能力的にはベッデルを発った時とそう変わらないはずだったが、その能力の効果的な使い方を実地に学ぶ機会を何度も得ていたので、現場での使いどころその他の知恵を身につけていた。
オレがユウシャたちにいった通り、いにしえの遺跡であるとかいう玄室は、外から見るとうっそうと木々が生い茂る山にしか見えない。
「ここが、か」
ハジメがいった。
「前の時は夜だったから、周囲の様子なんか見えなかったけど」
「でも、林みたいなところを抜けていったのはおぼえている」
ミオはそういってから、オレの方に顔をむけて問いかけてきた。
「それで、入り口はどこ?」
「こっちだ」
オレはユシャたちを先導する。
「道順をよくおぼえておいてくれ」
いずれ、このユウシャたちも自分たちだけで、あるいは単独でここまで来るようになるはずなのだ。
「木の幹とかに目印つけといた方がよくないか?」
「古墳みたいなもんかなあ?」
「墳墓、でしょうね。
大昔の偉い人のお墓」
ユウシャたちは、そんなことをいい合いながらオレの後に着いてくる。
今は昼間であり、魔群が出てくる可能性も低かったので、オレとしてもユウシャたちのおしゃべりを止めるつもりはなかった。
「なぜか、召喚されたユウシャはこの玄室の中に出現することが多い」
歩きながらオレは、ユウシャたちに説明をする。
「他の場所に現れる場合もあるが、数からいえばそれは百回に一度、あるかないかだ。
それに、この玄室以外の場所に召喚されたら、オレたちとしてもそのユウシャの居場所を探す方法がない」
「ってことは」
トダがいった。
「その例外のユウシャは、そのまま無駄に死んじゃうってこと?」
「多分」
オレはその問いに答える。
「どこかでひっそりと生き伸びているのかも知れないが」
召喚されたばかりのユウシャたちは、ほとんどの場合不用意で無防備だった。
ハジメのように、敵から奪った武器を振るって、オレが到着するまで生き延びていることはかなり珍しい。
運悪く玄室以外の場所に召喚されたユウシャたちは、そのまま魔群に襲われて死亡しているもの考える方が自然だった。
「って、ことは」
ワカサがいう。
「どうにか復活させて貰ったおれたちは、ラッキーってこと?」
「ラッキーなもんか」
すかさず、スワがいった。
「こんな先のない場所でいつまでも戦わなけりゃならないんだぞ。
ユウシャなんて、死んでも働けといわれているようなもんだ」
まったくその通りだな、と、オレも思う。
こんな場所に召喚されたユウシャたちにしてみれば、いい迷惑以外のなにものでもないだろう。
玄室の中に入ると、かび臭い匂いが周囲に漂っていた。
物音も、しない。
ということは、魔群も活動していないということだよな。
と、オレは判断する。
オレたちがここまで移動している最中に召喚されたユウシャは、ハジメやミオの時のように自力で生き延びたりはせず、いつものように魔群に瞬殺されたらしい。
「ユウシャの死体を見つけるぞ」
オレは、連れてきたユウシャたちにいった。
「ユウシャの魂は、その近くにあるはずだ」
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